第35話 集結する魔法少女

 ――そう、魔法少女のため。

 嘘は吐いていない。


 たとえ本質が、魔法少女に倒されたい、お姉ちゃんにもう一度会いたい、なんて自己満足なのだとしても、今になってみれば、もう一つの目的が増えていた。


 簡単に逃げ出す魔法少女たち――まあ、これまで命の危険がないと知りながら役を演じてきたのだから、最後まで戦えなんて義務はないにせよ……だけど子供たちが見ていると思われる自分を映すカメラがある限り、演技をやめないのがプロではないかと思うわけだ。


 不測の事態が起こっただけで命惜しさに持ち場を離れる魔法少女なんて、認めない。


 そういう意味なら、今もまだきらなの前に立つ新沼や、駆けつけてきた海浜崎の方がプロだと言える。

 たとえ実力が伴っていなくとも、きらなが自分たちの妹分だったからだとしても。


 生理的な嫌悪を押さえてこの場にいられるだけで素質はあるのだ。


「怪人って、本当はもっと恐いものだよね。いつ襲ってくるのか、魔法少女がきたからって本当に守れるのか、分からない。それを忘れてるんじゃないの?」


 だから魔法少女という立場に身を置きながら、簡単に逃げられるのだ。


「それは創作だから! アニメや特撮の見過ぎだよ!」

「でもさ、いないとも限らないよ?」


 未知のオーパーツと呼ばれる悪玉善玉は未だ解明されていない。

 つまり、現実的にあり得ないと思われる世界征服を企む怪人が、いないと言い切れることもあり得ないのだ。


 本当に現れたらどうするの? 


 みんな逃げるの? 

 じゃあ、誰が子供たちや、世界を守ってくれるの?


 魔法少女が使いものにならなければ、この世界が怪人に対抗できる術はない。


 ――それについて、もっと危機感を持つべきなのだ。


「止めてみせてよ、にーぬま。いいや、魔法少女」


 きらなはカメラに向け、未だ現れない二人の姉に伝えた。


「逃げてるだけじゃ、わたしが世界を征服しちゃうから」


 晴天を見上げてみれば、暗雲が侵攻し始めつつあった。



 中継映像を見ていた魔法少女たちは誰か行ってよと押し付け合いを始めた。

 なんとかしなければならないと意識はあれど、自分が行くという発想はないらしい。 

 

 ある地区の事務所内では、高成績者へ注目が集まっていたが、彼女の発した、

「だ、だって死にたくない!」

 という発言によって誰もが返す言葉を失った。


 それを言われてしまえば、無理やり出動させるわけにもいかない。

 緊急事態とは言え嫌がる女の子を強制的に戦場に出すとなると、後々の非難の火種になりかねないのだ。


 後々もなにも今なんとかしなければ世界が征服されてしまうのだが……誰もが救われた後の世界での悪者扱いに耐えられないと選択した。

 そこまでする覚悟がないのだ。


 もしくは映像に映る小さな怪人が本当に征服するとは思っていないという期待か。

 静まり返った事務所内で、なにかを殴るような、ドンッ、という音が響いた。


 カフェのような内装のカウンター席に座る彼女が、握り拳を金槌のように目の前のテーブルへ落としたのだ。


「も、森下さん……?」

「はぁ、見放したのが裏目に出たようね……まさかこんな馬鹿な真似をしでかすなんて――」


 ふっふっふっふ……、と森下が笑う。

 声をかけようと近づいた隣の魔法少女が躊躇うほど、表情が不気味に映ったのだ。


「あいつ、マジでお仕置きね」


 立ち上がる彼女を誰も制止できなかった。

 ただ、止められなくても聞くことはできる。


「も、森下さん……ッ、どこへ……?」

「妹を、迎えにいくだけですのでご安心を」



 ある地区の事務所でも同様に押し付け合いが始まっていた。


 本社から多額の報酬が出された依頼が殺到し(最初は無償の出動命令だったのだが、怯えて誰も出動しないため本社も報酬を出すようにした)ているのだが、いくらお金が積まれようとも出動しない者はしない。


 みな、本物の怪人に死のイメージを見せられてしまって腰が抜けてしまっているのだ。


「……え」

「お、おい! 高原ァ! お前何枚皿割ってんだよ手を止めろォ!」


「テレビに怪人が映っているようだが、誰も出動しないのかい?」

「おいポンコツ、魔法少女の活動云々よりまずはまともに皿洗いをできるようになってから物を言え。注文取り、皿運び、計算は早いようだがそれ以外ができなさ過ぎる!」


「できなくとも他の誰かがやるだろう」


 自分が完璧にこなす必要はない、と高原が開き直った。


「お前なぁ、できないよりもできてた方が良いだろうがよ」

「ああ、そうだね。でも向き不向きがあるのだから短所を補うよりも長所を活かした方がいいと思うのだよ、息子殿」


 高原にカフェ店員の仕事を教えているのがこの事務所を任されている受付嬢の一人息子だった。

 バイト代も出ないのに毎日熱心に物を教えてくれているので、嫌嫌と言いながらも根が優しいのは高原も分かっている。


「息子殿って言うな」

「いいかい、殿」


「半笑いで言うんじゃねえよ。……で、なんだよ、そわそわとお前にしては落ち着かない様子だな。まさか、あの怪人がいる場所に行きたいと言わないよな?」


「君だって記憶力はあまりないではないか」


 ……息子の方は無言で拳を握り締めたが、理性が手を上げることを拒む。


「できなくとも他の誰かがやるだろう……皿洗いができなくとも君がやるだろう、それと同じさ。魔法少女の誰もあの場に駆けつけないのなら、私が行く」

「あの怪人マジなんだろ? お前、死ぬかもしれないのに行くのかよ――恐くはねえのか?」


「ないね」


 まあ、映る怪人がきらなであると分かっているからこそ言えた一言だが。

 もしもきらなでなければ、高原も周りと同じように怖じ気づいていたかもしれない。


 ……なぜわざわざ自分が行かなくてはならないのか、命の危険を冒してまで人々を守る価値があるのか。

 そんなことを言いながらテレビの前で縮こまっていただろう。


 結局、魔法少女に憧れていなかった者は利害で動く。

 報酬の額や、リスクと比較して得られる対価を基本に考え、困っている子供たちの声には耳を傾けたりしない。


 魔法少女というよりは、役者なのだ。

 心は避難しているだろう人々と変わらない。


 それでも今回、高原が行くと決意したのはやはり、妹だから。

 ……お姉ちゃんは妹が、いつだって心配なのだ。


「皿洗い、終わらせたのだから行ってもいいだろう?」

「全部割ってるけどな」


 高原は聞かなかったことにして事務所の扉を開ける。

 彼女を見つめる同じチームメイトの魔法少女たちの心配する顔が見えた。


「大丈夫さ、すぐに終わらせてくる」


 そして、高原が飛び立った――が、事務所内に残された全員が口を揃えた。



『やっぱり! そっちの方向、逆方向だからッ!!』

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