chapter4
第30話 向こう側
きらなはとあるテナントビルの前にいた。
魔法少女事務所が入っているビルの、すぐ隣のビルであった。
看板にはスナックと書かれていたが、こみどりちゃんが言うにはここがそうらしい。
階も同じく五階へ上がり……、薄暗い雰囲気のせいで見えた扉の前で躊躇ってしまう。
「きらな、入ろっ」
と、こみどりちゃんに手を引かれる。
部屋に入ると、薄暗い中でミラーボールが回転しており、室内を様々な色のライトが照らしていた。
まだ朝早いのでお客さんは一人もおらず、カウンターの内側で高そうなお酒をグラスに注いで飲んでいた女性がいた。
干支が二回り以上している年の差を感じさせる、強烈なファッションと見た目だ。
「こみどり、学校はどうしたんだい?」
「サボっちゃいました」
「はぁ? ……まあいい。で、その子は? あんたがいつも惚気てる例のきらなとかいう小娘なのかい?」
まるで取って喰うかのような視線を向けられ、全身が硬直した。
「ふーん。確かに、小さくて可愛いじゃないか」
冗談抜きで、本当に襲ってきそうな目だった。
繋いでいるこみどりちゃんの手をぎゅっと握り返す。
はうっ……と隣でこみどりちゃんが心臓を押さえて崩れ落ち、膝を地面につけたがそれどころではなかった。
「失礼な子だね。あたしを見てそこまで怯えなくてもいいだろうに……。取って喰ったりしないよ。まったく……人を化物みたいに……」
化物とは思っていないが、しかし彼女もまた、ここにいるとなると……怪人なのだろう。
「……用件はなんだい? あんたは魔法少女の大ファンと聞いたが、ここに来るのはお門違いってもんじゃないか? こみどりと一緒に遊びにきたって言うなら、隣の部屋でテキトーにくつろいでな。料理くらい作ってやるよ。お菓子がいいなら買ってこようか?」
意外と優しい対応に気づいて、きらなの警戒心も薄れてきた。
「近くにケーキ屋があったね。こみどりが初めて連れてきた友達だ。逃がしはしないよ」
「あ、あの!」
意を決してきらなが呼び止めると、女性が一人の時間から抜け出し、こちらを向いた。
「なんだい。おもてなしを考えるので忙しいんだ、後にしな」
いや、そのおもてなしの相手ってわたしなんじゃ……と思ったが、そんな手間をさせるためにここまで来たわけではないのだ。
目的が他にある。
放心状態のこみどりちゃんは使い物にならないとして、自分で言わないと伝わらないだろう。
「わ、わたしは――」
……時は、三〇分前に遡る。
学校に行きたくなかった。
仮病を使おうと思ったがそういう嘘は母親には通じないので、当然の如く叩き起こされた後に制服に着替えさせられ、元気に見送られた。
出てしまえば沈んだ気持ちも持ち直すかと思ったが、やはり依然変わりない。
通学ルートから逸れて見つけた公園に入り、ブランコに乗って漕ぎ始める。
すると、空を通過した魔法少女が見え、同時にきらなのスマホが着信を知らせた。
『きらな? 朝早くからごめん。一応出動してるんだけど……来れる?』
「ごめんれいれ……昨日から調子悪くて……、今日は休む」
調子が悪い事情を、昨日の内から知っていたれいれは、特に理由を追及することなく、
『分かった。ゆっくり休んでて』
と言ってくれた。
「あ……、こみどりちゃんにも休むって言わないと――」
だが、きらなはそこでまったく違う文章をメッセージで送った。
……誰かに言いたかったのかもしれない。
それがれいれでなかったのは、彼女が仕事中だったから、というのもあるかもしれないが、揺らいでしまった魔法少女への憧れ……そして姉との仲を話すのに、今が最も楽しいだろう魔法少女のれいれには言えない悩みだと判断したからだ。
魔法少女なんて目指さなければ良かった、なんて弱音――れいれには聞かれたくない。
それに、今は励ましてほしいわけではなく、共感してほしかっただけなのだ。
立ち直れとか甘えたことを言うなとか、説教じみた言葉は今のきらなには暴力でしかない。
正直、れいれからはそっち方面の言葉が多いと思えたから話したくなかった――のもある。
その点、こみどりちゃんは都合が良い。
きらなのために動いてくれるし、嫌だろうことはしてこない。
万一してしまっても、きらなの反応ですかさず対応を変えてくれる。
臨機応変にここまで変えてくれる友達も中々いないだろう。
だから、こみどりちゃんのことは、好きなのだ。
メッセージを送ってから五分も経っていない。
足音がやがて近づいてくる。
公園の入口に辿り着いて、肩で息をしている制服姿の少女がいた。
「はぁ、はぁ……き、きらな……っ、はっ、き、来たよっ!」
きらながブランコから下りて、一目散にこみどりちゃんの元へ。
まるでタックルするかのような勢いで、こみどりちゃんのお腹に抱きついた。
「ありがとう、こみどりちゃん……っ」
「もうっ、すぐに飛んでいくよ。だって、親友でしょ?」
学校はサボろう、と決めた後、二人でブランコに戻り、こみどりちゃんが座り、きらなが立ち、二人で一つのブランコをゆっくり漕ぎ始めた。
昨日の顛末を話し終え、聞き終えたこみどりちゃんがひとまず、
「きらなはどうしたいの?」
と聞いた。
「お姉ちゃんとあんな形で終わるのは嫌だ……! 会ってもう一回ちゃんと話し合いたい……勝手に決めて距離を取らないでって、文句を言うんだ!」
「なら、やっぱりもう一度連絡を取ってみるしかないのかもね……?」
ダメ元で連絡をしてみるが、何度かけても繋がらない。
コール音が鳴るだけ、まだマシだろう。
最悪、着信拒否をされている可能性だってあったのだから。
「繋がらない……っ」
「他の人からの経由じゃ無理なのかな……? 同じチームを組んでた人たちは?」
森下、もしくは新沼か海浜崎に連絡をしてそこから繋いでもらう、という話だが、新沼と海浜崎の連絡先は実は知らない。
事務所に行けば会えるのだから交換する機会がなかったのだ。
森下の連絡先なら知っているが、正直、高原より出ないと思えた。
それでも一応、連絡をしてみたが……案の定、着信拒否をされていた。
「ダメみたい……」
こうなったら直接隣の地区へ行って顔を向き合わせて話すしかないが、見つけるまでが大変だし、見つけても逃げられてしまえば、本音を話すどころか向き合うまでが難しい。
なんとか手早く見つけて尚且つ逃げられない状況を作り出したいが……、
そんな方法がそうそう都合良く浮かぶわけもない。
「……いや、違う……ある。お姉ちゃんにとって逃げられない状況にしたら――」
袋小路だ。
……とは言え、物理的な袋小路に追い詰めるというわけではない。
相手は魔法少女なのだから、やろうと思えば力尽くできらなを除けることもできるわけだ。
だから、精神的に追い詰める。
そう、たとえばの話だが、今にも崖の先から落ちそうになっているきらながいて、支えになっているのは彼女の片手のみである。
その場面を見て見捨てるという選択はできないはずだ。
周囲に野次馬がいる中で、魔法少女であれば、きらなの手を取って引っ張り上げなければならない。
しかし、魔法少女というよりもこれはレスキュー隊の仕事であるため、二分の一の確率で高原とは接触できない可能性もある(魔法少女の数を考えたら二分の一どころではないが)。
だから確実に、魔法少女に任される道程を作る必要があるが――、
答えは目の前にある。
……のだが、きらなからは決して出てこない答えだろう。
魔法少女に心酔していればいるほど、その考えには蓋をされている。
好きだからこそ、対になっている彼ら側に回るなどという発想がないのだから。
「……怪人になるのは?」
「え」
きらなから出ないのであれば、残すは一人だ――こみどりちゃんが答えを出した。
確実に魔法少女に仕事が回り、向き合うことが前提で、逃げ出せない状況となれば、
怪人として立ち塞がれば、目的は達成される――。
「きらな……ごめんね、私、秘密にしていたことがあったんだ……」
こみどりちゃんが立ち上がり、ブランコに乗って目線が高くなったきらなと、丁度同じくらいの身長になった。
不思議な感覚だった……普通に立っているのに、こみどりちゃんの顔が目の前にあるのだから。
きらなの両頬がこみどりちゃんの手の平で挟まれ、
「――私、怪人なんだ」
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