第29話 逆転する

「いってきまーす」


 と玄関から出て隣を見ても、お姉ちゃんは姿を見せない。


 出てくることはないと分かっていても期待してしまう自分がいた。


 担当替えが決まってから、もう一ヶ月近くが経っている。


 通う学校は同じだが、新沼小隊のメンバーはばらばらになり、別地区へ移っていた。

 各地区で寮生活をしており、休日でもないと元の地区に戻ってくる機会もないだろう。


 つまり、お姉ちゃんだけでなく、森下、新沼、海浜崎とも一ヶ月も会っていなかった。


 最初の頃はお姉ちゃんと連絡を取っていたが、次第に連絡を取らなくなった。

 移動した地区では魔法少女が人手不足だったので、仕事がなくなる事態がなかったのだ。

 そのため忙しいのか、連絡をしても何度もすれ違うことが多くなっていった。


 学校終わりに事務所に顔を出すと、昔のようにあの四人がいる光景はなく、新人の魔法少女がれいれの研修を受けていたりしている。

 まだ正式な魔法少女ではなく、研修生であり、週替わりで様々な魔法少女が顔を見せるので、毎回、行く度に違う人がいるのだ。


 どう説明しているのか知らないが、きらなのことが事前に知られていたので驚いた。

 れいれが最も信頼するパートナーだと言われて、少し照れくさかった思いもした。


 もちろん、嬉しくてにやけてしまう。


 以前と変わらずれいれの手伝いをし、事務所に顔を出す色々な魔法少女と顔見知りになって……と刺激的な日々が日常になりつつあった。


「――今日も楽しかったな! みんな、魔法少女のこと好きだから話しが合うんだよ!」

「良かったね、きらな。私はあまり盛り上がれないから……助かってるよ」


 憧れて入ったわけではないれいれと、憧れて入った新人の魔法少女には、どこか見えない壁のようなものが存在するのは仕方がない。

 だが、きらながいることで大概の新人ちゃんは満足して事務所を後にしてくれている。


 個人的に連絡先を交換して、たまに休日に遊んだりもしていた。


「れいれも今度一緒にいこうよ」

「私は、やめとく。あの子たち、私がいると緊張するみたいだから……」


 中には魔法少女ではなく、れいれに憧れて入った新人ちゃんもいる。

 その子にとってはれいれは先輩どころではないのだ。


 感極まって泣いてしまう子だっていたのだから、れいれとしては嬉しいけれど、やりづらいのが本音だった。


「そう言えばきらなは先輩たちと会ってる?」


「え? なにが?」


 そう答えてから一瞬で――はっとする。


 背筋に冷たい汗が流れて、ゾッとした。

 ……今、忘れていた?


 あの頃の思い出が、綺麗にすっぽりと抜けてしまっていた……!?


「……ううん、会ってない……。…………ごめんれいれ、今日はもう帰る」


「それは、もうそろそろ帰る時間だしいいけど……、どうしたの? そんなに顔面蒼白になって。体調が悪かったら休んだっていいんだからね? きらなは私たちと違って強制力はなにもないんだから」


 きらなは雇われているわけではない。

 今でもまだ、あくまで部外者なのだから。


 一応、会社側に認知はされているようだが、直接顔を合わせたり、という接点はない。

 れいれのように縛りが増えても困るので、現状に不満を持ってはいなかったが。


「……うん、また連絡するよ」


 事務所を出てから帰路の間に何度も電話をかけたが出てくれず、家に辿り着き、部屋に入ったところで着信音が鳴り響いた。


 ワンコールもしない内に電話に出て、


「もしも――」


『やあ、きらな。何度も電話があったけど、急用かい?』


 その声に安堵した。

 ああ、お姉ちゃんの声だ。

 この声を一瞬でも忘れていたことが、酷く悲しいことに感じたし、恐怖を感じた。


 まるで、たった一ヶ月前だと言うのに、毎日会って話していたあの思い出が否定されたように感じたからだ。


「…………ううん、用とかじゃないんだけど、声を聞きたくなって」


『そう』


 こっちは全然会っていなかったことに不安だったのに、お姉ちゃんの方は変わらない声色だった。

 会っていなかったことなどなんとも思っていなかったようだ。


 確かに、中学生と高校生では考え方が違う。

 たかが一ヶ月、と思っているのかもしれない。

 よく考えれば会う機会がないだけで、会おうと思えば会えない距離でもない。


 今の地区に面する上下左右の地区にそれぞれが振り分けられたのだ。

 電車で三駅も移動すれば着いてしまう距離である。


 なにはともあれ、良かった。

 また、五人で一緒に集まりたいね、と。


 しかし、きらなの願いを聞いて、姉である高原の反応は、芳しくなかった。


 自然ときらながれいれをはずした五人と限定していたから、ではないだろう。


 きらなが思い出しているのはもっと昔の記憶だと高原も分かっていたのだから。


『……そろそろ、姉離れをしたらどうだい?』


「え……」


『魔法少女にはなれなかったけど、真似事はできるようになったのだろう? 成果だって出している。きらなは着実に前へと進んでいるのに、どうして昔を振り返っては繰り返そうとするんだい?』


「む、昔を懐かしんで、昔みたいにみんなで集まって同じことをしたいって思うのは後ろ向きに考えているとは別の話だよ!」


『でも、昔に戻りたいと願っているのは、今に不満を感じているからではないのかな。思っていたほどではない、思っていたのと違う、戻りたい、あの楽しかった頃に――と。懐かしむのは勝手さ。ただ、私たちにだって新しい場所での生活がある。昔とは違う、自分の居場所がある。しばらくは、そうだね、きらなには会えない――』


「お姉ちゃん……」

『この電話ではっきりしたよ、きらなには、会わない方がいい』


「お姉ちゃん!! なんで!!」


『私たちのことは忘れなさい。私たちへの憧れなんて捨てなさい。君がなりたかったのは、子供たちに憧れられる、型にはまらない魔法少女なのだろう――?』


「…………やだよ、やだっ、嫌だ! お姉ちゃんに、会いたいッッ!」


『きらな、まさきを切り捨てた君なら一人も二人も変わらないだろう。覚悟はしていたはずだよ? その上で今の道を選んだんだ――私たち新沼小隊は、みな平等に……』


 その先を言わせてはならないと通話を切ろうとしたが、切ってしまえばもう二度と繋がらないと察して、指が止まった。

 聞きたくないのに、聞かないとならない状況で袋小路にはまってしまう。


 そして、最後の言葉が告げられた。


『……私も君も、魔法少女だよ――いずれ、機会があれば会えるさ』


 だから。



『きらなを、もう妹だとは思わない』



 夕日が落ちて、いつの間にか部屋が薄暗くなっていた。


 スマホの液晶の明かりがきらなの顔を照らしていたが、やがて、画面の明かりが消えて完全な暗闇になった。


 通話が切れる。

 リダイヤルしても繋がらないと分かってしまった。


 手からこぼれたスマホが床に落下した。


 かろうじて繋がっていた最後の糸がぷつんと切れた。


 ……切れてしまった。


 

 魔法少女になりたかった。お姉ちゃんの妹でいたかった。

 

 憧れた魔法少女は、他の誰でもなく、お姉ちゃんなのだから。


 どっちが大切だとか決められない。どっちも大切なのだ。


 ……こんな結末になるなら。



「魔法少女なんて、目指さなければ良かった――」


 お姉ちゃんと一緒に、隣に立って戦いたかった。


 だけど、お姉ちゃんを失うくらいだったら。


 ……魔法少女なんか、いらない。

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