第28話 想定外の事態
きらなとれいれが顔を見合わせ、懐かしく感じた声に同時に立ち上がる。
外に剥き出しになっている非常階段から下の階へいき、フロアへ繋がる扉を開けた。
「でもこれくらい下げないと仕事を渡せないわよ――あら? れいれと……久しぶりね、きらなじゃない」
受付嬢の女性が言ったきらなの名に、事務所内にいた姉たちの視線が集まってくる。
最も気まずい森下と一番に目が合ってしまい、咄嗟にれいれの背中へ隠れてしまった。
きらなと森下の内情を把握しているのか、受付嬢は特に口を出すこともなく、
「最近は忙しいけど大丈夫? 言ってくれれば休みにしてもいいのよ?」
れいれの見た目からでは分からない疲れを案じて、彼女がそう切り出してくれた。
「いえ、疲れとかは全然……今、なんだか凄く楽しくて」
そう、と受付嬢が微笑んだ。
れいれの答えが強がりでないことはきらなもよく分かる。
怪人との戦いに向けての二人での打ち合わせ、子供と接している時のれいれの表情が、充実感に満ちていたのだから。
今だって、人前ではあまり見せないような無邪気な笑顔が垣間見えている。
「……きらなのおかげかしらね」
「こっちは人気も仕事もなくなって安定してた生活が崩れたけどな」
と、矛先を受付嬢ではなく、きらなとれいれに向けてきたのは海浜崎だった。
「みにぃ、二人は関係ないと思うよ」
「はぁ? 関係ないわけないだろ。こいつらに人気が集中しているからあたしらの人気がなくなったんだぞ? こいつらじゃなかったらじゃあ誰のせいだって言うんだよ!」
「それは、まあ……」
助け船を出したようだが、簡単に言いくるめられておずおずと引き下がる新沼。
でも、や、けどぉ、となんとか振り絞ろうとしているが、回転の早い方ではない彼女の頭ではきらなたちへの援護はできなかったようだ。
「まあ、誰のせいかと言われたら、自業自得の可能性もあるけど」
「あ?」
意外にも発言者は森下だった。
彼女の視線が再びきらなへ注がれる。
「何度も言われてきたものね、サボっていないで魔法少女らしく戦わないと、って。私とさらんは働かないことで人気が低迷し、みにぃにおいては暴力的行動が多いのが原因でしょう。魔法少女らしくないから――。隊長に至っては……」
「え、なんでアタシの時に言い淀むの!?」
「いえ、隊長は特に欠点がなさそう、と……単純にれいれの人気に食われたのかしら」
「迷いがあるからなのではないかい?」
高原がそう指摘した。
森下や海浜崎の共感は得られなかったが、新沼だけは胸の内でドキッとしたのだろう、肩を一瞬、震わせていた。
とは言え、彼女にとっての迷いとは、通らなければならない道なのだと自覚している。
だから、谷間なのだろう。
しかし子供は目ざとく気づくので、迷いのある魔法少女を好きにはなれないようだ。
「けど、それでもこれまでは不自由なく仕事が舞い込んできたんだ。こいつが加入してからだ……あたしらの仕事を、奪いやがって……ッ!」
「っ、れいれは、みんなの仕事を奪ってなんか――」
誤解を解こうとしたきらなだったが、目の前に出されたれいれの手に遮られる。
「やめた方がいい。実力の世界だから仕方のないことだよ。こういう衝突は、魔法少女に限らずあるんだから」
先輩を差し置いて下級生が部活でレギュラーを取るなど、よくある話だ。
先輩としての悔しさから、情けなくとも当たり散らさなくては気が済まない時もある。
ここで下手に言い返してしまっては、さらに先輩を追い詰めてしまうだろうとれいれは経験から判断したのだ。
しかし、理解ある対応もそれはそれで先輩側からすればカチンとくるものだ。
「へえ、実力、ねえ。きらなを使って自分の手柄にしておきながら実力と言うわけね」
報告はしていなかったが、隠しているわけでもなかった。
きらながれいれを手伝っていることは、ここにいるメンバー全員が知っている。
会社の方から注意がないのであれば、禁則事項に触れているわけではないと言える。
魔法少女の領分外できらなが勝手に動いていると言い訳ができてしまうのだから、完全に禁止にさせることも難しい。
きらなを止めても別の誰かが後を継いでしまえば同じだ。
魔法少女ではなく対象が
そういう人気の取り方もあるのだと、少々卑怯に思えるが手法としては新しい。
そう簡単に人気が取れなくなってしまったこのご時世だからこその発想なのだろう。
「まさかあんた――」
と、きらなへ視線を移した海浜崎だったが、出しかけた言葉を飲み込んだ。
「いや、その様子はなさそうだな」
一触即発に思えた空間に耐えかねた受付嬢が、「はいはい」と口を挟もうとした瞬間、事務所の電話が鳴り響く。
一瞬だけだが空気が弛緩したのを感じ取り、受付嬢が電話を取るためバックヤードへ引っ込んだ。
和らいだ空気も、再び緊張を取り戻した。
「……きらなに手伝ってもらったら、平等ですよね?」
「今更……手伝ってもらおうにも仕事がないんだよ」
「でも、さっき……仕事の依頼はきていたはずです」
怪人に限らず警察やレスキュー隊などでは時間がかかってしまったり、危険だったりする案件もあるのだ。
さすがにそこまでカバーしていたら魔法少女の数も足らないからと小さな案件は任せてしまっている部分もあるが、中には魔法少女を必要としている場面も少なくない。
探せばどんなに小さかろうと仕事はある。
選り好みしなければいいだけなのだ。
担当地区以外でも、話を通せば活動もできるのだから人気がゼロだとしても仕事がゼロになる事態はあり得ない。
なのに、ないと文句を言っているのは、内容や報酬で選り好みをしているからだ。
「少ない報酬でも、依頼された仕事ですよ?」
「小遣い稼ぎとしか思ってないんだから安い賃金で大変な労力を伴う仕事なんてご免だ」
憧れで入ったわけではない高原、理想を捨てた森下は、同意見なのか小さな仕事には見向きもしなかった。
「アタシは……みんながやらないなら、一人で行っても足手まといになるだけだし……」
新沼は周囲に流されるままここにいた。
「そんなの……人気が下がるに決まってるじゃないですか!」
「お前が仕事を片っ端から受けなければ、あたしらにも回ってきたんだよ」
れいれの人気がまだ今ほどではない時点では、先方からの条件は、れいれを優先していたがもしも断られた場合は他の魔法少女にお願いしたいと言われていた。
その時に、先を見越して遠慮していれば、先輩たちにも適度に仕事が回っていたのだ。
だが、片っ端から依頼を受けていたおかげで(せいで)れいれの人気があっという間に上がり(頻繁に顔を出し、きらなの宣伝活動も加われば納得の成果だ)、いつの間にか先方からの依頼がれいれでないと依頼を取り下げる、とまで変化していたのだ。
これではれいれが今更断ろうと、先輩に仕事が回ることはない。
海浜崎が言うように、れいれがチームメイトを食ってしまった形になる。
「元々、うちは成果が良い小隊ではないからね、基本的に仕事もそう多くはないんだ」
れいれの人気のおかげで増えているが、その前は今の三分の一くらいの量だろう。
会社、事務所としては、れいれを手放したくないと判断するはずだ。
「もしかすると――」
高原が見越した推測を話す前に、受付嬢がバックヤードから出てきた。
大した距離ではないのに息を切らしている。
移動ではなく喋り過ぎただけのようだ。
「みんな……、今、電話があって……」
本社からだと言う。
そして、これは相談ではなく、命令だった――。
「やはり、ね」
「みんなの、担当地区替えが決まったって……」
………………え?
と、静寂の中できらなの声が浮き上がるように響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます