第26話 青い魔法少女

 きらなの声が町中に響いた。


 一度叫んでしまえば、吹っ切れてしまった。

 人の目など気にならない。

 れいれのこちらを見つめる視線とばっちり目が合って、きらなが自然と笑みをこぼしていた。


「うわ、すげ……」


 子供の一人が思わずそう呟き、


「なんか、痛い中学生がいるぞ」

「さっ、みんなも!」


 振り向いたきらなを見て、は? と子供たちがぽかんとして口を開ける。


「応援しないと、魔法少女が負けちゃうよ!?」

「いや、おれたちの応援なんて関係な――」


「……がんばれ」


 男子と女子に間には魔法少女への憧れに隔たりがある。

 比べてしまえば、やはり女の子の方が魔法少女が好きな気持ちが強いのだ。


 小さいながらも意を決して言った応援が、次第に子供たちに伝播していく。

 最初は小さかった声も、やがて重なり合って、がんばれのコールが作り出された。


「な、なんだよ、これ……」


 未だ参加できていない男の子の隣へ立ち、


「応援しようよ」

「誰がするか……照れくさい」


「ふーん。なにが恥ずかしいの?」

「もう子供じゃないんだから、戦隊ヒーローものとかは卒業したんだよ」


 大人になりたい年頃のようだ。

 小学生のくせにちょっとオシャレして、生意気にもチェーンなどをくっつけていたりするが……、


「いや、まだ子供だよ」

「おれは、あんな幼稚な子供じゃないんだよ!」

「戦隊ヒーローは創作だよ、あんなの実在しないフィクションだから」


 子供に言ってもいいものか、言ってから気づいたがまあいいかと納得した。

 子供じゃないならそれくらい知っているだろうと思ったのだ。


「……まあ、いないよな、そうだよな……」

「でも、魔法少女はいるの。戦隊ものと同じような作品に思えるけど、今、目の前で、君たちを守ってくれてる。レスキュー隊と同じだよ」


 魔法少女だって、レスキュー隊だって、人間だ。

 命があるし時には疲れたりもう嫌だと諦めたい時もある。

 力が出ずに救える人を救えない時だって、あるかもしれない。


 そんな時に、誰もなにも言ってくれないより、応援してくれた方が元気が出るはずだ。


 恥ずかしがってて応援できずに、結果救えませんでした……もしもそれが自分の身内だったらどう思う?


「応援していたら、救えていたかもしれないのに……やって損がないなら試してみる価値はあると思わない?」

「……思う、けど」


「一人だったら、躊躇うよね。でも今はみんながいるし、勇気が出ないならわたしが大声で一緒に叫んであげる。あのね、たかがこれくらいのことで子供だ大人だなんて決まらないから。こんなので決まってたらどれだけ大人のハードル低いの? って話でしょ」


 それに、ときらなが倒れていたれいれを指差した。


 彼女は声に応じて立ち上がろうとしていた。

 折り畳まれていた足が動き、ゆっくりと地面から手が離された。

 ふらふらとしながらも、二本の足でしっかりと全体重を支える。


「……立っ、た……?」

「ほら、一緒に」


 彼の背中を叩いて、――ね? ときらなが誘った。


 後は男の子次第だ。

 きらなは彼から視線をはずして、れいれへの応援を再開させる。


 気づけば、誰よりも声を張って応援している男の子が、隣にいた。


「……みんな、ありがとう――」


 ステッキの先端に溜まっていた魔力の塊が、れいれよりも巨大になるまで膨らんでいた。


 警戒区域に張られているテープぎりぎりまで子供たちが前のめりに押し寄せている。


 手を伸ばせば、れいれに触れられそうだと錯覚するような距離だ。


 本当に、戦隊もののヒーローショーの舞台と最前列の関係性のようである。


「勝って、れいれ」


 子供たちに混ざって、きらなも最前列まで迫っていた。

 れいれが、くすっと吹き出した。

 呆れもあったがおかしさが勝ったらしい。


「最初は迷っていたのに、一番ノリノリじゃん、きらな」


 れいれがステッキを構えたら、男の子がいち早く反応した。

 魔法少女とは思えないその構え方が、男の子のハートをがっしり掴んだらしい。


「あれは……」

 野球……? いや、女子だから、ソフトボール……?


 慣れた構えで、薄らと幻視したバッターボックスに立つれいれの表情を見たら、ゾクッとするような殺気を感じた。

 こちらに向けられたものではないと分かってはいても、獲物を狙う目が応援する側の動きさえも止めてしまっていた。


 向けられた側の怪人は、もっと強い緊張感を味わっているだろう。



「久しぶりだけど……壊れないでね、右肘……!」


 やや甘かったコントロールの時、ステッキを振る腕は左腕だった。

 れいれにとっては利き腕とは逆の方の腕だ。

 コントロールに難があるのは仕方ないだろう。


 逆に、利き腕でないにしては、コントロールは良い方だと評価できる。


 今回は両腕でステッキを握っているにしても、ベースは右腕となる。


 当然、コントロールには自信があった。


 れいれが振りかぶる――、

「っ」と電流が右肘から走り動きが一瞬鈍ったが、踏み込んだ左足の勢いは衰えていなかった。


 硬直が解けた子供たちの、がんばれっ、と声が聞こえたからだ。


 さらに痛みが激しくなるが、動作は既に終盤を迎えていた。


 そして、懐かしい感覚と共に振りかぶったステッキが地面にからんと落ちて、


 撃ち出された魔力弾が一直線に怪人の体に向かっていく。


 突風をものともせず、魔力弾が空気を切り裂いて怪人に直撃した。


 視界を埋める真っ白な閃光と共に魔力弾が八方に弾け、怪人を倒した際に起こる爆破に町が音と衝撃によって震えた。


 黒煙による軌跡を残して破片が周囲に散っていく。

 その内の一つが警戒区域外、子供たちの上へと落下していき、


「危ない!」

 と誰かが言った。


 しかし視認できても避けるという反応ができるまでは至らなかった。

 呆然と落下物を見上げる子供たちの中にはきらなの姿もあり――、


 きらなも同様に、え……、と理解が追いついていなかった。


「ほんとに、世話が焼けるね、きらな」

「――れいれ!」


 落下物を魔力弾で弾いて、なんとか子供たちを落下物から救う。


 怪人がやられた後に爆破するのは知っていたが、子供たちに近過ぎたようだ。

 目測を誤った……爆破の規模も個体差があるので予測した上で余裕を見ておくべきだったと反省する。


「あ、あの……」

 真下からかけられた声にれいれが反応する。


 女の子がこちらを見上げていた。

 口をぱくぱくとなにか言いたげな様子だったが、中々言葉が前に出てくれないらしい。

 控えめな子なのだろう、声をかけただけでほとんどの力を使ってしまったのかもしれない。


「ゆっくりで大丈夫よ?」


 れいれも一応、見られ方にもこだわったりする。

 たとえばこのように子供たちからしっかりとしたお姉さんに見られたいと思う願望くらいはあったりするのだ。


「お姉さんぶってるところ悪いけど……れいれはいいの?」

「……ん? なにが?」


 思わず返事をしてしまったけど、子供たちの憧れの存在である魔法少女が、一人の女の子をひいきして話しているのはどうだろうと思っている矢先だった。


「スカート!」


 指を差されて気づく。

 そう言えば注意をされていたはずだ。


 見せてもいいパンツを履くか見せないように気を遣って体勢を逐一変えるか。


 れいれはたとえ見せてもいいパンツだとしても見られたくないため、後者を選んで意識していたが、気づかない内にハイになっていたようだ……大胆にスカートの中を見せびらかしていた。


 気づいた途端に羞恥が喉元まで上がってきた。

 慌てて両手でスカートを押さえて隠すが既に存分に見せびらかした後なのだから遅い。


「う、うう……き、きらな……ッ!」

「え、わたしを睨む理由が分からない!」


 完全に八つ当たりだが、言わないで、見ていなかった、気づかなかったフリをするのもまた優しさなのではないだろうか。

 今この場で恥をかくよりは、後で気づいて羞恥で悶える方がまだいくらかマシだったのでは……、と今だからこそそう思う。


 これではお姉さんぶったのが尚更恥ずかしいし、作ったイメージが崩れてしまう。

 現にドジっ子を見るような優しい視線が多くなり、子供たちの笑い声で場が和んでいた。


 ……あ、もしかしてそういう――。


 さっき、声をかけてくれた女の子の表情も随分と柔らかくなっていた。


 きらなが女の子の背中をとんとんと指で叩いて、女の子が頷いた。


「……わたしたちを助けてくれて、ありがとう」


 言いたかった言葉を言えたことに満足した女の子が、スッキリした顔で元いたグループの輪の中に混ざっていく。

 その一言を皮切りにして、ありがとうのメッセージが次々とれいれに届けられた。


「……こちらこそ、応援してくれてありがとう」


 雨谷れいれ。

 魔法少女としての彼女の人気が、この日を境に爆発的に増えていくことになる。


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