第25話 きらなとれいれ

『れいれ、今話したルールは、決して誰にも言ってはならないよ?』


 どうしてですか? とは、質問しなくとも分からされた。


 きらなに限らず小さな子供たちと同様、大人にさえも明かせない最大の秘密。

 知られてしまえば今の世界が変わってしまう。


 いいや、変わることを止められなくなってしまう。


 魔法少女は怪人から世界を守る防衛組織であるが、守るべき対象を暴徒にさせない役目も含んでいる。


 出た杭を打つのではなく、芽が出る前に摘んでしまう。


『だが、いくら隠しても気づいてしまう子供は少なくないわけだが』

『それは自分を言ってるの?』


 森下が言うように、高原はその秘密とやらの全貌とまではいかないが、違和感に気づいていた。

 だからこそ幼少の頃から魔法少女に志願し、最年少と呼ばれた年齢で魔法少女デビューを果たしている。


 彼女の場合はきらなとは違い書類選考を通過しているが、面接時に芳しくない反応を得られている。

 ただ、彼女自身、抱いた違和感について知りたかっただけで、魔法少女への合格か否かはどうでも良かったりしたのだが……結果、高原は合格している。


 面接官が最後に聞いた、

「なにかありますか?」

 という質問に、高原は抱いていた違和感を全てぶつけたのだ。


 それが決定打となり、合格は満場一致で決まったと言う――。



「教えないことに罪悪感はあるけど……さすがに言えないよね……」


 組織とかルールとか、大人の縛り関係なく近しい友達に言うとしても、躊躇うものだ。

 魔法少女に憧れていればいるほど、知った時の衝撃は途轍もない。


 拠り所である柱が崩れたようなショックであるのだから。

 きらなと似た感性を持っていた森下が知った後にああなったのだから、言うべきでないのは誰の目にも明らかだった。


 憧れが薄い者ほど、そういうものかと納得できる傾向にあったりする。

 森下はまだ良い方で、憧れが強い魔法少女は脱落しやすいデータが取られている。


 当然、脱落者から情報が流出する心配はない。

 対策を取らないはずもないのだ。


 魔法少女の中には、記憶を操る者もいるらしい――。



 れいれの魔法少女活動の手助けをすることになったきらな。

 しかし、戦闘面において彼女は圧倒的なセンスを持っていた。


 彼女の魔法は、ステッキの先端部分に溜め込んだ魔力の弾を発射する――。

 コントロールはやや甘く、数打てば当たるような精度だが、運動神経が良く空中での回避や肉弾戦を主体に戦っているので欠点を覆い隠すほどのアドバンテージがある。


 きらなどころか他の魔法少女の手助けもいらないくらいの完封試合だ。

 当初、れいれを手助けしようと息巻いていた自分が恥ずかしく感じてくる。


 ……わたし、いる?


 れいれには、警戒区域の外で待機していてほしいと言われて、次の指示があるまでおとなしく待っているが、これから先にするべきことがあるとは思えない。


 周りには魔法少女を見たいと集まる子供たち。

 立ち入り禁止のテープ前に陣取っている警官が数人構えており、いざ警戒区域に入ってと指示されてもさすがに無理だろう。


 今までは警備の万全の体勢が整う前に侵入していたからこそできた無茶だった。


「というかれいれ、どこにいるんだろう……?」


 建物に取り付けられた監視カメラの映像がリアルタイムでテレビ中継されている。

 きらなもスマホを取り出して覗いてみると、粉塵によって視界が遮られてしまっているが、青い衣装を身に纏う少女がちらりと見え、間違いなくれいれだった。


 相手は人型である鳥の怪人だ。

 両腕の翼を左右に広げたら、成人女性同等の体には似合わない巨大さだった。

 羽ばたきの風圧でれいれをまったく近づけさせていない。


 ステッキによる魔法で撃ち出した魔力弾も風圧によって軌道を逸らされてしまう。

 逸れた弾が建物に当たり瓦礫を地面に落下させていた。

 げっ、という表情がカメラ越しでも分かった。


 困ってそうなれいれの加勢にいきたいが、指示はまだこない。

 通信障害かもしれないとメールを問い合わせてみても新たなメッセージは届いていなかった。

 もしかしたら助けを呼ぶ暇さえないのかも……。


 動きかけたその時だ、スマホが通知を知らせた。

 スマホはメッセージを表示しているので、街中にある巨大モニターでれいれ側の状況を把握しながら確認をする。


 あらかじめ打っておいたのだろうメッセージを交戦中に隙を見て送信したようだ。


 やがて戦いが過激になり始め、目では分かりにくいが、突風がれいれの動きを妨げているらしく、動きに精密さが失われていた。


 大胆な動きが怪人にとっては読みやすい動きになってしまっているらしい。


 きらなはれいれから届いた指示を見て、


「……うえ、それって――」


 周囲を見回すと、子供たちだけではなく大人もいるし、今も続々と野次馬が増えていっている。

 れいれからきた指示は無理難題というわけではないが、正直、制服を着ている今のきらなにとっては精神的に少し躊躇ってしまうものだった。


 制服を脱げば、周囲の子供たちに紛れてしまえるが……小柄な体躯はこういうところで役に立つ。

 しかし制服を脱ぐ暇がない。

 もっと言えば心の準備を整える猶予もなかった。


 この後すぐにれいれがここからよく見える範囲に姿を現す――その時こそが、きらなの出番なのだ。


「……昔はよくやってたけどさあ……」


 あれは純粋な気持ちからくる行動であって、いざ人にお願いされてやるとなると気恥ずかしさが勝る。

 そもそも自分がしたからと言って周りが乗ってくれるとも限らないのだ。


 最悪、きらなのワンマンショーになる。


 たとえきらな一人だとしても、れいれの助けにはなるみたいだが……恥ずかしさからその場から逃げ出せないのはつらかった。


 失敗しても尚、その場にいることに意味がある、と。

 ……れいれは簡単に言ってくれる。


 ――きらなだからこそ、できること。


 それは見た目が小さくて子供みたいだから、最悪失敗しても小さな子供の可愛い行動で誤魔化せるとでも思っているからだろうか。

 ……なら制服をあらかじめ着替えさせてほしかった。


 中学生が人前で叫ぶには勇気がいるのに……。


 逡巡している間に、突風がきらなや周囲の野次馬を撫でて通り過ぎていく。


 浮き上がったりはしないが靴底が地面をやや滑るくらいの強さがあった。


 怪人が姿を現し、同時に魔法少女……れいれが落下する。

 きらなたちのすぐ近くに着地したれいれが、膝を着いて表情を歪めていた。


 ……あれ? れいれが、苦戦してる?


 相性が悪い相手ではあるが、肉弾戦で有利に戦いを運んでいるように見えて、実際は攻防激しいシーソーゲームだったのかもしれない。


 やはりカメラによる中継だけでは分からないことが多い。


「……がんばれ」


 隣にいた子供が呟いた。

 ……もっと大きな声で、直接言ってくれればれいれも元気を貰えるだろうに――、

 

 ああ、そうか。


 きらなが小さかった頃とは違い、今は子供の数が少ない。

 娯楽が増えたことによって魔法少女に心酔している子供は年々減少している。

 興味や熱量の低下も激しく、魔法少女と共に戦っている、という共同意識が薄れてきていた。


 大人の方が、実は熱狂的なファンが多かったりもするのだ。

 とは言え、大人もいつだって暇なわけではないし、いざ緊急事態に陥ればのんきに野次馬をしているわけにもいかない。

 本業の方での避難など、手が足りないくらいの仕事が回ってくる。


 現場にいって魔法少女を見れるのはすぐに仕事を抜け出してどこへでも素早く駆けつけられる手段を持つマニアくらいだろう。

 出現予測時間や場所を推測してネットで発表している自称専門家もいるくらいなのだ。


 子供はもっと無邪気に叫ぶのだと思っていたが、それも昔の話。

 きらなも今では気恥ずかしいが、昔はそんな照れなど思いもせずに一心不乱に叫んでいた。

 それは、好きだったからだろう――誰よりも魔法少女を想い、応援していた。


 周りの目なんて気にしていなかった。


 逆に、魔法少女に訴えていたのだ――わたしを見て! と。


 ……きらなだからこそ、できること。


 魔法少女が好きな気持ちなら、純粋な子供にも負けたりはしない。

 魔法少女以前に、今、目の前で戦っているのはれいれだ……友達なのだ。


 大舞台で戦っている友達を大声で応援できないなんて、友達失格だろう。


 だから、



「――がんばれぇえええええッッ!」

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