chapter3

第21話 事件直後

 ――時計の針が先へ進むためには明かしておくべき、塞がれた時間が存在していた。


 森下に強めの言葉で警告をされた、翌日である。


 怪我をさせてしまった女の子のお見舞いに行こうと思ったが、高原が言うには手術したばかりで病室もまともに整ってはおらず、女の子の身内や距離の近い友人などがひっきりなしにお見舞いに訪れているため、女の子の状態を考えて今日は見送ることにした。


 母親が妙に張り切ってお見舞い品を買いにいくと意気込んでいたが、予定の現物はまだ手元ない。

 そのため、どの道今日は行けなかった。


 登校すると下駄箱でばったりれいれと出会った。


「あ……」

 昨日の件で、魔法少女関係者にはびくっとしてしまう。


「おはよう、きらな」

「う、うん。おはよ」


 れいれの反応は普通だ。

 思えば連絡を取った高原も反応は普通だったので、当人以外はそう気にしているわけではないのかもしれない。


 そう言えば、れいれには質問があったのを思い出した。


「ねえ、れいれは昨日、なんか言われた……?」


 打ち合わせをしたわけではないが、きらなはれいれを手助けするために行動をした。


 口を滑らせてはいないので、ばれてはいないだろうが、もしかしたらきらなの行動の原因が最近急に仲良くなったれいれにあるのでは? と勘繰られたり、責め立てられたりと、彼女につらい思いをさせてしまっていないか、心配だったのだ。


 責任の全てを森下が取るとは言ったにせよ、れいれだって目を付けられているはずだ。


「大丈夫だよ。きらなになにか変わった様子はない? って聞かれたくらい? だから。きらなが悪く思われるようなことは答えてないよ」


「そっか……れいれが怒られてなくて良かったよ……」

「なにそれ。怒られても別にきらなのせいじゃないよ。ほら、教室行こうよ」


 上履きに履き替えてれいれの隣に並ぼうとしたら、


「あっ、きらな!」

 という、後ろからの声に気づいた。


 結局、昨日は連絡しないまま寝てしまったので、かなり心配をかけただろう。


「こみどりちゃ――」


 呼び終わる前に彼女が屈んで、きらなを抱きしめる。

 登校中の生徒が多い中でのこの行動だったので、視線を集めてしまっていた。


 通り過ぎるはずの足が止まり、人が詰まって列になっていく。

 こそこそと雑談が始まってしまい、きらなもさすがに恥ずかしい。


 普段は人目なんて気にしない方なのに、今は過剰に周りが気になる。


「あれ、れいれ……?」


 一緒に教室へ行こうと誘ってくれたれいれは、もう既にいなかった。

 周りに散ってしまっているきらなの意識を集中させるため、こみどりちゃんがきらなの両頬をぎゅっと、手の平で挟んで固定させた。


「昨日、心配した」


 こみどりちゃんの行動と言葉に、きらなの意識が自分の胸元へ引っ張られた。

 自分の胸に埋まるこみどりちゃんの顔が、上を向いて目が合った。


「勝手に帰るなんて酷い。連絡がないのも、寂しい……」


「ごめん」

「いいよ」


 一言欲しいだけだったみたいで、むすっと唇を尖らせていたこみどりちゃんが満面の笑みを見せた。

 ……ちょっとは落ち着けた気がした。


 今までずっと、緊迫感が続いていたので体が緊張してしまっていたが、こみどりちゃんに抱きしめられ、ふっと力が抜けたようだ。


 肩が軽い。

 こみどりちゃんは魔法少女関係者ではないから、いつものように接することができたのだろう。

 きらな自身、意識していなかったが、思わず笑みがこぼれた。


 こみどりちゃんと一緒に教室へ。

 先に着いていたれいれがクラスメイトと雑談中だった。


 席にカバンを置いたきらなは、れいれを横目で見ながらもこみどりちゃんの席へ向かった。

 ……ちょっとだけ、距離ができてしまったように感じる。

 れいれに、特に変わった様子は見られない。


 挨拶もされたし、こうしてクラスメイトと雑談しているのもおかしなことではない。

 転校生のれいれが注目されるのは当たり前だからだ。


 だから変わったとしたらきらなの方だ。自分自身が勝手に遠慮してしまっているだけ……。

 

 妙な距離ができてしまうと、席が前後というのは厄介だった。


 きらなの方が前なのが幸いと言うべきか……れいれが前にいないだけで、きらなの視線がちらちらとれいれを追ったりしないからだ。


 勉強は嫌いだ。

 だが、皮肉なことに悩みがある方が授業に身が入る。

 余計な考えをせず、板書を書き写していれば、授業はあっという間に終わっていた。


 担任教師がきらなを不気味そうに見ていたが、失礼な、とも文句を言えなかった。

 授業が終わり、短い休み時間になると、きらながすぐに席を立った。


「こみどりちゃん」

「きらな? どうしたの……?」


「どうしたもなにも、こみどりちゃんに会いにきたんだけど」

「え、だって、いつもは私の方から行くから、珍しいな、って……」

「そういう日もあるよ」


 こみどりちゃんの太ももの上に腰を乗せると、あわわっ!? と上の方から慌てた声が聞こえたが、全体重を預けるとこみどりちゃんの両手がきらなのお腹に回された。


「ふぅ……こみどりちゃんはわたしをダメにするクッションだね……」


 体勢に落ち着いてしまい、動く気力がなくなるほど居心地が良かった。


 人をクッション呼ばわりするのは褒めているようには聞こえないが、きらなはもちろん褒めている。

 こみどりちゃんも、たとえ真逆の含みがある言い方だったとしても、同じように答えただろう。


「えへへ、ずっとここにいていいんだよ?」


 ずっとは無理だが、短い休み時間中、このままでいたい気分だった。


 これまで以上に妙に仲が急接近しているきらなとこみどりちゃんの関係に、クラスメイトが色々と勘繰り始めていた。

 その噂は当然、れいれにも伝わるわけだが、きらなと接する彼女の態度はこれまでと変わらない。


「きらな、当番だし、頼まれた教科書を運びにいこっか」


 出席番号一番と二番である二人が選ばれた。

 次の授業で使う新しい教科書を教室に運ぶのだが、女性の教師では一度に運べないため、手伝いをしなければならない。


「うん、分かった」


 こみどりちゃんの太ももの上は名残惜しかったが、当番では仕方がない。

 きらなを見送る子犬のような目をするこみどりちゃんに手を振って、教室を後にする。


 休み時間なので教室も廊下も騒がしいが、二人の間に会話はなかった。


 ……やっぱり、なにかある……。


 そう思ったのは被害妄想かもしれないが、おかしいのは自分だけではない気がした。

 転校してから友達が増えたから、とは言っても、れいれの方からまったく話しかけてこないというのはおかしいのではないか? 


 きらなが避けるのは分かる、だって自分のことだから理由がはっきりしている。

 でも、れいれの方は分からない。


 昨日の件で怒っているなら分かりやすいが、本人がそれを否定している。

 

なら、れいれはどうしてきらなと距離を取り始めた? 

 きらなが距離を取っているからこっちの気持ちを汲んで合わせてくれている? 

 

 それにしては当たり障りのない会話は積極的にしてくれていた。

 ただ魔法少女の話題は徹底して出していなかったが……。


「…………ねえ、れい―――ッ!?」


 しばらくの沈黙に耐えかね、意を決して喋りかけたきらなが見つけたのは、窓の外に見える空に上がっていた黒煙だった。


 遅れて警報が鳴り響き、怪人が現れた一報を町に知らせる。

 れいれが持つスマホにも、出動要請の指令が届いていた。


「あ。……きらな、私、行くね」

「わ、わたし――」


 も行く、と反射的に言いそうになって慌てて口を塞いだ。

 しかし、れいれには隠す意味がなかったようだ。

 最初から一言も発していなかったとしても、彼女は見破っていただろう。


 黒煙を見た時から、きらなの表情は魔法少女のそれと同じだったのだから。


「羨ましいよ」

「え? れいれ……? 今なん――」

「まだ、魔法少女になりたいと思ってるんだ?」


 言葉も表情も優しかったが、きらなには責められているようにしか感じなかった。

 昨日、取り返しのつかない失敗をしたのに、まだ……、

 懲りもせずに魔法少女になりたいと望むのか、と。


 わたしも行く、とは言い切らずに言い淀んだきらなを見れば、れいれだって、本当に昨日の出来事をなかったことにしてこれまで通りに魔法少女になりたいと願うような、白状なきらなではないと分かっている。

 それでも、れいれには言わなければならなかった。


 昨日と違うのは、きらなだけではない。


「…………分かってる。わたしは、行けない」


 行かない、ではなく、行けない、と言ったところに未練が残されていた。


 昨日の件があって、罪悪感や責任の重さを背負い込んでもなお、きらなは諦めていなかったのだ。

 諦めようとしている、最中なのかもしれない。


 誰からも望まれていないのになろうと努力するきらなが、眩しかった。

 だからこそ、思わず出た言葉だったのだろう。

 れいれは思考を切り替える。


「――先生の手伝い、きらなに任せちゃうけど、ごめん」

「いいよ、これくらい。れいれも、怪人退治頑張ってきてよね」


 無理して作った笑顔だと、付き合いの短いれいれでも見破れた。


 小さく手を振るきらなの痛々しい姿に少し躊躇ったが、役目は全うしなければならない。

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