第20話 新たな決意

 さすが値段が高いだけあって、スーパーで買うようなりんごとは味や食感が違う。

 今更だがきらなが剥いた方のりんごは味が余分に抉った身と同様に、数段落ちてしまっているのではないか。

 確かに皮は剥き残しがなく剥かれているが、及第点を突破しているだけだ。

 味の質を落とさない剥き方は、女の子の方に軍配が上がる。


 きらなが剥いたりんごを女の子が食べ、おいしー、とほっぺたを手で押さえる。

 病院食に飽きていたようで、味の感想がオーバーリアクション気味だが嘘ではないようだ。


「…………ごめんね」


「え? いいよいいよ、形は悪いけど美味しいよ?」

「そうじゃなくて」


 りんごの話じゃない。こんなことでごめんと言うきらなではないのだから。


「足、の話」


 もしかしたら、女の子の方が気を遣ってこの話題を出さないように振る舞っていてくれたのかもしれない。

 だが、彼女のその優しさに甘えてはならない。

 彼女が怒りを露わにしないのならば、きらなから切り込むしかないし、そうしなければならなかった。


 いつまでも、逃げたままではいられない。


「わたしのせいで、痛い思いを、恐い思いをさせて……ごめんなさい」


 しっかりと頭を下げる。

 もちろん、これで許されるとは思っていない。

 たとえ、これから先どれだけ彼女に尽くしたところで取り返せない過ちかもしれないけど……、言葉にしなければならないと思った。


 罵声を浴びせられると、思っていた。許してはもらえないのだろうと。

 だが、女の子は首を左右に振った。


「ううん。それはもういいの。原因を言ったらお姉ちゃんなのかもしれないけど、わざとじゃないでしょ?」


 ここで嘘を言って、悪役を演じても意味はないだろうと思い、素直に頷いた。


「じゃあいいよ。それにね、それ以上に――お姉ちゃんからは勇気をもらったの」

「勇、気……?」


「うん! 魔法少女じゃないのに、怪人に立ち向かって、しかも退治しちゃうなんてお姉ちゃんは凄いね!」


 女の子が見せた笑顔には見覚えがあった。


 ずっと、きらな自身が違う誰かに向けていたのと同じ表情。


 ――憧れ。


「お姉ちゃんみたいになりたいの!」



 怪人を相手するのに、魔法少女でなくてはいけない理由はなんだ? 


 責任を取れるかどうか? 

 衣装? 

 ステッキ? 

 魔法? 


 目に訴える見た目をしていれば人を惹きつけやすくなるのは当然だ。

 足を止めさせ、ぐっとこちらの世界へ引きずり込む。

 その場合、立ち止まってくれた人が多ければ多いほど、引き込める人数も多大に変わってくる。


 結局、パーセンテージの増減でしかないのではないか?


 魔法少女は子供たちに夢を与える。

 魔法少女の真似事をした素人は被害が全方位に向かってしまう。

 魔法少女を困らせ、町にダメージを与え、子供を危険な目に遭わせてしまう。


 きらなの不用意な行動によって、挙げた三つの要素を引き起こしていた。


 不足しているものを言い出したらきりがない。

 素人が魔法少女と同じことをしようとしても上手くいくわけがないのだ。


 きらなもそれは身に染みて分かったはずだ……、――だが。


 彼女は一つだけ、本物にも劣らない、魔法少女にしかできない目的をやってのけた。


 たった一人……、それでも、魔法少女でない素人にしては、上出来以上だった。



 女の子に夢を与えた。


 魔法少女ですらない、きらなが。



「お姉ちゃんがあやまることなんかないよ。……ほんとはすぐに会って、言いたかったんだ。……ありがとうっ、みんなの町を守ってくれて」


 守れなかった、はずなのに。

 一人の女の子の夢や希望を奪ってしまったのに。

 彼女は、決して恨んではいなかったのだ。


 ……わたしは、間違っていなかった……?


 不安なら聞くべきだ。

 しかし小さな子供にそれを聞くべきではないというのは、迷いのあるきらなでも分かった。


 女の子にとって憧れの存在であるきらなが、不安に思っている質問をしてはならない。


 迷いがあっても、彼女に迷っていると悟られてはならない。


 どんな時だろうと、道を照らし続けなければならない。


 それが、憧れを抱かせた、きらなの責任だと思ったから。


「わたしは…………」


 もう、迷いはなかった。



「――これからも守るよ、みんなの町をね!」



 女の子が、うん! と笑顔を向けてくれた。それがなによりも嬉しかった。

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