第19話 本音

 よろしくね、と言って颯爽と出かけていく母親の背中を見送り、居間でテレビのリモコンを乱暴に叩いている妹を見つけた。

 まだ一歳の赤ん坊だ。


 消してあったテレビの電源がつき、ボタンが乱打され、チャンネルが次々と変わっていく。


「あーもう、叩いちゃダメ」


 リモコンを取って離すと、妹が泣き出してしまった。

 仕方なくリモコンを返すと泣き止んでくれたが、相変わらずボタンの乱打は終わらない。


「……叩いたらダメだってば。……なんで言うことを聞いてくれないのかなこの子は。何度も言ってるでしょ!」


 高原や森下が聞いたら、お前が言うなと言いそうな発言だったが。


 すると、妹がリモコンを叩くのをやめた。

 諦めてふて寝していたきらなが目を開けると……懐かしい映像だった。

 どう操作したのか分からないが、見たこともないチャンネルで止まっていた。

 どうやら再放送らしい。きらなが昔見ていた、魔法少女のアニメだ。


 しかし映像が突然途切れてしまう。どうやら有料チャンネルだったらしく、これ以上は契約しないと見れないらしい。

 と、妹が再び泣き出した。

 消えてしまった画面内の魔法少女を出してと懇願してくるが、きらなにはどうしようもできない。


「……いや、確かお母さんにお願いして買ってもらったDVDがあったような……」


 妹を抱いて部屋に戻り、押し入れを探す。

 魔法少女が実在しているので、アイドルブロマイドのようなグッズはたくさん持っていたが、アニメの方は詳しくなかった。

 そのため小さい頃に買って貰った、少ないグッズしか手元にない。


 それらをまとめていた箱の中に、探していたDVDを見つけた。

 妹がそれを見て分かったらしく、短い手を伸ばしてねだってくる。


「ちゃんと見せるから、ちょっと待ってて」


 一階に戻ってディスクを再生させると、妹がおとなしくアニメを見だした。


 それきり、きらなはやることがなくなりぼーっと、妹と一緒にアニメを視聴していた。


 ……私も小さい頃は、あんな風に目を輝かせて見ていたんだろうなあ。


 さすが妹、着実にきらなと同じ方向へ進んでいる。

 願わくば、今日みたいな大惨事を未来で巻き起こさないようにと望みたいところだ。


 母親が帰り、夕飯の支度をしている時も、アニメの視聴は続いていた。一話を見終わった妹が、魔法少女の真似事をしてステッキを持ったつもりの腕を、きらなに向かって振るった。


「なに? わたしに怪人役をやれって?」


 目を輝かせる妹を落胆させたくはないと、怪人役となってやられたふりをした。

 屍役になったきらなのお腹の上を、妹が四つん這いで乗り上げてくる。


「うげっ」

「そう言えばきらな、今日はやけに早いけど、お姉ちゃんたちの事務所に行かなかったのね」


 どう答えるか迷ったが、曖昧に、まあね、と言っておいた。


「とうとう卒業したの? でもアニメ見てたし、さすがに違うわよね」

「……した方がいいのかな」

「あら、珍しい。明日は嵐かもしれないわね」


 母親は片手間だった。

 きらなとしては、人生をかけるほど真剣だと言うのに。


「好きにしたら? 飽たなら離れればいいし、また興味が出たら戻ってくればいい。そういうものじゃないの? 好きなものって」

「そう、だけど……」


「小さな子が憧れるもの、ってわけでもないし。お母さんたちが子供の頃は、小さな女の子だけが夢見るものだったけど、今では老若男女が憧れるヒーローだものね。世間体を気にして卒業しなくちゃいけないなんて風潮はないんだから」


 ……きらなだって、本当に卒業したいなんて思っていなかった。でも、一人の女の子の人生を奪っておいて、のうのうとこれまで通りに過ごしていいものか分からなかった。


 責任を取るというのなら、魔法少女には一切関わらない。

 卒業するべきではないのか、と、足りない頭で考えたのだ。


「なにで悩んでいるのか知らないけど」


 気づけば、妹がきらなの足をぺたぺたと触っていた。

 ……励ましてくれている?


「今のきらなを見てると不安になるから、いつも通りの方がいいわね」


 無茶ばかりするけど前向きで人々の心を照らす太陽のような存在の――きらなが。


「一人で抱え込んでいても解決はしないわよ。話してみれば? このお母さんに!」


 胸を張る母親の言葉のおかげで、きらなも決心がついた。

 とは言え、相談相手は母親ではない。

 ……そうなのだ、気になるなら、聞いてみればいいのだ。


 森下に全てを押しつけて逃げていてもわだかまりが残るだけ。

 なにも背負わないからと言って重荷がなくなるわけではないのだから。


「ねえ、お母さん」

「ん、なあに?」


 期待している母親には悪いが、相談ではなく、求めたのはアドバイスである。


「お見舞い品って、なにがいいのかなあ?」



 母親がなぜか張り切って買ってくれたフルーツの盛り合わせを持って病院に向かう。


 今日は事故から数日経った日曜日だった。

 面会謝絶というわけではなかったが、手術後すぐだとばたばたさせてしまうと思い、数日待ったのだ。


 急に行っても驚かせてしまうし、そもそも誰? と言われてしまうと思ったので頼れる姉である高原に聞いた。

 新沼小隊と少なくない溝ができてしまっているにもかかわらず、彼女はいつもと変わらず、きらなのお願いを聞いてくれた。


 きらなが向かうと既に連絡がいっているはずなので、時間通りに病室へ向かうだけだ。


「……ふぅ」


 病室の扉を前にして、一息吐く。

 ネームプレートを確認した、間違いない。


 手が止まり、躊躇ってしまったのは、どんな顔をして会えばいいのだろうと迷ったからだった。

 笑顔で、いいのだろうか……? 

 彼女に大怪我をさせた張本人なのだ、向こうは怒っていて当然だ。恨んでいるはずだ。どんな罵倒が浴びせられるか。その点は覚悟しているが……。


「――いこう」


 色々悩んでいても、何を言うべきかは分かっている。

 きらなはまず第一に、ごめんなさい、と言わなければならない。


 意を決して扉を二度ノックし、扉をスライドさせた。

 個室の真ん中に置かれたベッドに寝ている、パジャマ姿の女の子。


 怪人の下敷きになった術後の右足が、機材によって吊されていた。

 包帯で補強されて太く見える足は、今は真っ直ぐに見える。

 怪我をした直後は曲がってはならない方向へ曲がっていたのだ、ちゃんと治ったようで安心した。


 とは言え、怪我する前のように歩けて走れるかどうかは別の話だが。


「あ、お姉ちゃん!」


 寝転がっていた女の子が体を起こした。無邪気で人懐っこい彼女の笑顔に正直面食らってしまい、頭の中が真っ白になった。


 とにかくなにか喋らなくちゃと思い、探した結果、きらなの口からはこう出た。


「お見舞い品なんだけど……果物は、好き?」


 きらなの手にあるフルーツの盛り合わせを見て、女の子が目を輝かせた。


「大好き!」



 看護婦さんから借りたフルーツナイフで、定番のりんごの皮剥きをしたが、おぼつかない手で、きらなの方が病院のお世話になりそうな、危なっかしい作業が続いていた。


 安静にしていなければならないのに、女の子がうずうずと肩を上下に揺らす。


「どうしたの?」

「よそ見しないで!」


 年下に怒鳴られた……。

 せっかく剥いてあげてるのに、と若干ふて腐れたきらなの集中力が当然のように散漫し始め、挙げ句の果てにつるっと指が滑り、ナイフがきらなの片方の手を切りそうになった。


 かろうじて避けたのでなんともないが、一歩間違えていればさくっとナイフが刺さっていたはずだ……。


「ととっ、あっぶねー」

 思わず口調が変わるほど取り乱した。


「……あの、お姉ちゃん、調理実習とかやらないの?」

「授業でやったりするよ? え、上手く剥けてたでしょ?」


 皮を全て剥き終え、丸裸になったりんごを女の子に手渡す。


「うん、まあ、剥けてはいるけど……」


 最初に見た時よりもりんごが小さくなっているのが気になるらしい。

 皮を剥いているつもりだったが、身まで大きく抉ってしまっていたようだ。


「じゃ、もう一回やってみる」

「いい、これでいい! あとは自分でやるから、お姉ちゃんはそこで見てて!!」


 怪我人にナイフを持たせるのは反対だが、女の子がもう一個のりんごを剥き始めたら不安など一切なくなった。

 滑らかにりんごの皮が剥かれていき、最後には皮が一枚に繋がりとぐろを巻いていた。

 形の綺麗なりんごがきらなに手渡される。


「じょ、上手なんだね……」


 上手いから偉いというわけでもないが、負けた気分だった。


「だって、毎日家でお母さんのお手伝いしてるもん」


 裸のりんごを食べやすいように一口サイズに切り分ける作業も女の子がしてくれた。

 これくらいわたしが――っ、と志願したきらなだったが、覚えのある止められ方で役目を奪われてしまった。


 調理実習の時のこみどりちゃんも、きらなに包丁を握らせてはくれなかった……。

 どうやらなめられているようだが、りんごくらい剥ける。

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