第18話 事件後

 連絡してからすぐに到着した救急車のサイレンが鳴り止み、駆けつけた救急隊員が怪我をした女の子をタンカに乗せて連れていく。

 その様子を遠巻きに見送る生徒たちは、遅れて集まった教師たちによって教室へと帰されていた。


 女の子を心配する声が、並んで離れていく子供たちから聞こえてくる。


 不安を抱かせてしまったのが既に失敗だったが、それだけならまだ良かった。

 中には魔法少女によって守られていながら、身近な人物が大怪我をし、魔法少女への強固な信頼が揺れ始めていた生徒もいた。


 魔法少女がいるからこの町は安全だ…………本当にそうか?


 やがて、女の子を乗せた救急車が発進した。れいれは車体が見えなくなるまで見送った後、作業に追われて後回しになっていたが、やっときらなを探すために視線を回した。


 とは言え、既に時間が経ってしまっている。きらなの姿は見つけられなかった。


「君は知っていただろう? きらながなにを企んでいたのか」


 背後を取られていたことに気づき、慌てて振り向いた。


「高原、先輩……」

「どうだった? 魔法少女活動の見学は。期待に添えられたかな」


 突然質問を変えられてしまい面食らったが、二つ目の返事は既に考えてあった。


「……期待は、特にしていないです。すみません、魔法少女に憧れていなかったもので……」

「そうか」

「せっかくスカウトしてもらったのに……、なりたくてもなれない人に失礼ですよね……」


 頭に浮かぶのは、知り合ったばかりの友人の顔だった。


「いいのではないかな。憧れて目指し始め、夢を叶えたことを悪いとは言えないさ。逆にまったく興味がなくても、誰かに必要とされたから飛び込んでみたって、悪いとは言えない。そうは思わない」


 憧れが邪魔になる場合もある。良い部分ばかりを見て憧れた者たちがまず躓くのは、見えなかった裏側だ。憧れが強ければ強いほど、想定していなかった黒い部分に落胆する。


 たったそれだけで魔法少女を嫌いになる者だって少なくないのだから。


「れいれは素質があるだろうね。この業界で長く居続けられる冷たさがある」


 褒められているのだろうが、まるで心がないと言われたようだった。


「君はそのままがいいよ」


 れいれは、はぁ、と曖昧な返事しかできなかった。


「今日の責任はまさきが取ってくれるそうだよ。一応、こういう事態になればチームでの連帯責任になるのだけどね、どういう風の吹き回しなのかまさきが全て背負い込んでくれたのさ」


 金銭的な請求は、いつもは隊長である新沼に押しつけているのだが、今回に限っては誰かではなく、自分だと言い張った。


 わざわざ彼女の意見に反対する高原ではないため、揉めることもなかったようだ。


「森下先輩は、どうなるんですか……?」

「数ヶ月の謹慎で済めばいいだろうね、想定外の怪我人なんてここ数年出ていなかったみたいだ。どういう責任を取らされるのかは、私もまだよく分からない」


「……じゃあ、きらなは」


「組織としては厳重注意、だろうね。ただ、まさきがもう警告しているはずだから、今後はもう踏み込んだりしないだろう。……私も甘いが、あの子だってきらなに甘いのさ。徹底的に現実を教えると言いながらも一度のチャンスを与えた。それを生かすも殺すもきらな次第なのだろうけどね」


 きらなはもうこれ以上、魔法少女に関われない。

 ……そうなると、


「れいれ、君がきらなに干渉することも、きらなが君に干渉することもできないわけだ」


 きらなの手伝いを期待していたわけではない。

 だが、れいれときらなの繋がりと言えば、これだけだったのだ。


 もちろん手伝えないからと言って友人関係が消えてなくなるわけではない。それでも会話の頻度はこれまでよりも少なくなるだろう。

 やがて住む世界が違うのだと、自然と話さなくなってしまうのかもしれない。

 ……そうなったら、仕方がない。


 環境が変われば人間関係も変わる。最初は寂しく思うかもしれないが、時間が解決してくれる。

 疎遠になったかつての大切な友人も、今では薄らと顔を思い出す程度にまで、れいれにとっては外側にいる。きらなもそこに含まれるだけなのだから。


「……きらなの方からアクションがなければ、私はなにもしないですよ」

「きらなの方から、ね。まあ、それでいいよ。とりあえず事務所に戻ろうか」


 今回の出来事が待機している新沼と海浜崎の耳にも届いている頃だろう。

 新沼は心配するだろうが、海浜崎は笑い飛ばすだろう事態だ。


 滅多に戦わない森下が戦線離脱したところで痛手ではないが、それでも今後の対応のため一度顔を合わせておく必要がある。

 遅くなると海浜崎が帰ってしまうため、念のため高原が急ぎ足で、と指示を出した。


「君はもう魔法少女だ。こうして一度、活動を見たのなら資格は充分。チームとしても認めている……なら、君に、知ってもらいたい裏側があるんだ――」


 空を飛ぶ高原を追い、れいれがごく自然に併走した。

 すると、おっ、と高原が声を上げた。


 初心者にしては速度が出ており、れいれから有望な将来性を感じ取って、高原が笑みを見せた。


 彼女が人差し指を唇に当て、


「――これから話す内容は他言無用で頼むよ。当然、きらなにも、だ」




 帰路の記憶がなく、気づけば家の扉を開け、ベッドに全身を沈めていた。


 照明の電源を任せていたこみどりちゃんとは、結局合流しないまま別れてしまった。


 連絡をしておかないと……、と思っていても体が重たかった。


 うつ伏せの状態から寝返りを打って仰向けになる。

 天井を眺めていた。


 女の子の、悲鳴、泣き声……自分が余計な真似をしなければ、あの子は大怪我をしなかったはずなのだ。きらなが関わらなければ、森下がスムーズに怪人を倒して解決していた……とは言い切れないが、少なくともこんな事態にはならなかったはずだ。


 じゃあ次はもっと事前に作戦会議をして望めば……こんな失敗はしないはず! と反省を踏まえて前向きになれるほど、きらなの神経は図太くなってはいなかった。


 余計な真似をしなければ。

 手助けをしようなんて思わなければ。

 魔法少女になりたいなんて思わなければ――、

 魔法少女に、憧れていなければ。


 人の命と人生、その責任は、重い。


「きらなー」


 母親の呼びかけに気づいていたが、知らんぷりをした。

 すると部屋の扉が開かれやかましく頭を叩かれる。


「お母さん、ご近所さんの家に行ってくるから、その間あの子をお願いね」


「えー」


 今はそういう気分ではなかったが、母親の命令には逆らえなかった。

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