第17話 挑戦の結末

 羽ばたき、宙に浮かぶ魔法少女と目線を合わせる怪人コウモリ。

 両者、臨戦態勢に入ったようだ。


「がんばれ、まほうしょうじょー!」

「やっつけろー!」


 そんな黄色い声援を受けて手を振る森下が、緩めていた表情を、ぐっと引き締める。

 被害最小では目標が低い。被害なしで、怪人を制圧する。


 今回は暴れる海浜崎と責任を押しつけられる新沼がいないため、被害請求の全てが森下へ降りかかる。ギャラと比べて弁償代は安くないので、被害はゼロに抑えたい。


「わ、わたしもたたかう、かいじんを、やっつけるの!」

「あ、ちょっ、入ってきたらダメでしょう!?」


 一人の女の子が良かれと思って戦場に踏み込んできた。

 一人に釣られて、さらに子供たちが魔法少女を助けるため、怪人に立ち向かおうと体育館の中へ入ってくる。


 一人目は意表を突かれただけなので二人目ならば止められた……はずだが、それが三人も四人も同時に増えてしまえば高原もれいれも止められなかった。


「……憧れは子供をここまで勇敢にできるものなのだね」

「分かった風に呟いてないでその子たちを引き戻しなさいよッ!」


 動かない高原に業を煮やした森下が怒声をぶつける。


「れいれッ!」

「は、はいッ!」


 興奮して人の話を聞いてくれない子供たちを連れ戻そうと、一人目を抱えたその時だった。


 ――再び、体育館内の照明が落ちた。


 一か所の入口が開いているため、まったくの暗闇というわけではないが、それでも急に真っ暗になったことで光よりも上にいる森下は周囲を視認できなかった。


 そしてそれは――、怪人も同じだった。

 そう、コウモリはコウモリでも、超音波を出すタイプではなく、視力に頼るコウモリ型の怪人であれば……、暗闇も人間と等しく、怪人にとっては不利になる。


「こみどりちゃんが詳しくて助かったよ」


 瞳があるコウモリに違和感を抱いたきらながこみどりちゃんに聞いてみたところ、コウモリにも複数種類がいると言い、その生態を教えてくれた。

 この怪人がコウモリの『そういう部分』を反映しているとは限らなかったが、作戦が事実、成功しているのだから想定していた通りに事態が運んだと思っていいだろう。


「捕まえたっ」


 二階の窓から飛んだきらなが、怪人の背中に抱きついた。


「うぉっ、な、なんだ!?」


 怪人の首から下げられているなにかを見つけて手に取ってみれば、暗視ゴーグルであった。

 さっきまでの暗闇の中、普通に動けていたのは道具のおかげだったらしい。


 となると、本当に暗闇の中では自由に動けないのだ。


「……あははっ、そーなんだー」


 きらなの手には綱引きで使われるロープがあった。

 ただ、とても短く、競技に使えば数人しか握れないだろう。

 もっと小さな、幼稚園児用のものかもしれない。


 用具倉庫にあったものを一時的に拝借させてもらったのだ。

 そのロープが、怪人の首に食い込んだ。


「がァ!?」


 きらなの力では絞めても意識を落とすことはできないが、……体重を利用したら?


 怪人の背中から離れて重力に従い、落下の勢いを利用して怪人の首に、さらにロープを食い込ませる。

 ただそれでも、意識を落とすことは叶わないだろう。


 最初からきらなの目的は、手助けであり、怪人の撃退ではないのだ。


 宙吊り状態だったきらなの体が、急にがくんと地面に落ちた。

 それは羽ばたいてなんとか持ちこたえていた怪人が、力を抜いたためだった。


 背中から床に落ちたきらなは一瞬だけ呼吸が止まって顔をしかめる。

 瞬間、自分の上に覆い被さるように落ちてくる怪人に気づいて、咳き込む衝動も忘れて横に転がった。


 成人男性ほどの大きさだが、横はもう少し太い。

 人間とは、体の中に詰まっているものが違うのだ、体重は成人男性よりもさらに重いだろう。

 それが小柄なきらなの体の上に落ちれば、どうなるかなど考えなくとも結果が分かる。


 体育館の床が怪人の重さによって凹み、亀裂が周囲に走っていた。


 ……もしも、巻き込まれていたらと思うとゾッとする。全身の骨が砕かれていただろう。


 仰向けに倒れる怪人は、目をばってんにして気を失っていた。


 きらなが仕掛けたロープが、一寸の狂いもなく、上手い具合に首を絞めていた。

 一〇回おこなって一回成功するかどうか。その奇跡の一回を今、引き出せたのだった。


「や、やった……倒せた、倒せたんだ!」


 まさか撃退できるとは思っていなかったので、きらなが思わず握り拳を真上に突き出しガッツポーズをした。

 興奮が冷めずにハイになっているきらなが、うずうずと勝利を誰かに自慢したいと、口元を波線のようにさせていた。


 すると、森下がゆっくりと空中から降りてきて、床に足をつけた。

 早くも遅くもない速度で、きらなの下へ近寄ってくる。


 暗闇なので彼女の表情は見えなかったが、きらなはハイのまま、彼女に話しかけた。


「見た!? 今、わたし怪人を――」




 パァァンッ!! 


 という、風船を割ったような音が響いた。



 

 きらなの意識が明滅し、左頬に広がる熱に遅れて気づいた。


 興奮し、狭まっていた視界がぐんっと広がり……見つけた。


 ……きらなは、目的を見失っていた。


 あくまでも手助けだと意識していたが、可能であれば撃退してもいい……。

 それが、魔法少女に憧れた自分の役目だと、勘違いしていた。


 怪人を倒す以前に、魔法少女には最優先させるべき目的がある。


「…………あ」


 ――子供たちを、守ることだ。


「い、たぁ、い……いたいよ……!」

「大丈夫だからね、すぐにお姉ちゃんが病院に連れていってあげるから……!」


 怪人の落下地点には、女の子が一人いたのだ。


 暗闇の中、しかも怪人を倒すことに躍起になっているきらなが気づけるはずもなく、


 女の子も咄嗟に避けようとしたが遅く、右足が巻き込まれてしまった。


 今は、右足だけが怪人の下敷きになってしまっている。


 女の子にれいれが付き、女の子の気を逸らしながら下敷きになっている右足を安全に抜き取る作業をしている。

 高原は残っている生徒たちへの指示や病院の手配、事務所へ連絡など忙しく動いている。


 そして、森下は。


「……私が甘かったようね、自分で気づくでしょうと放ったらかしにしていたのが裏目に出た……私のせいよ」


 きらなの目も暗闇に慣れ、彼女の表情を把握できるようになっていた。


「まさ姉……」


「どうして魔法少女として認められた者しか怪人と戦ってはいけないと思う? こういう事故が起こるからよ。怪人だけを見ているわけじゃない、地形や状況、守る人の数や状態を見て、訓練してきた私たちが無傷で解決できるようにしているのよ。一般人が勝手な真似をすれば想定外の事態が起こって当然じゃない!」


「で、でも、わたしは、手助けをしたくて……!」

「才能がないあなたの手助けを必要としている者は、この場にはいないのよッ!」


 森下が指を向け、きらながその方向へ視線を向ける。

 右足が変形してしまった女の子。

 もしかしたら、後遺症が残ってしまうかもしれない、もう二度と、両足で立つことはできなくなるかもしれない……。


 その苦痛に、女の子の表情が痛々しく崩れていく。

 その光景が、きらなの表情を女の子以上に歪めさせた。


「あれが結果よ。怪人を倒せたのは良かったわね、褒めたいくらいだわ。だけどあれは、あれだけは決してやってはならない結末なの。……こんな初歩的なことを一時的にせよ忘れている時点で、やっぱりあなたには、才能がないのよ」


 ステッキを扱えないことで下された自分には適性がない事実。その時はショックだったが、あくまでもステッキが使えないというだけで目的のために手段を選ばなければ適性も才能も関係ないと立ち直る余裕ができた。


 だけど、今回は重みが違う。


 慕っている姉から言われた本当の意味での才能がないという言葉は、


 きらなの軸を、揺さぶった。


 巻き込まれた女の子が、足だけだから良かった。もちろん足一本だろうが巻き込まれた時点で良いわけがない。

 それでも、最悪の事態になっていたかもしれないのだ。


「あの子が死んでいたかもしれない」


 その事実を容赦なくぶつけてくるのが、森下だった。

 巻き込んだ当人のきらなは、しっかりと現実を受け止めなければならない。


「あの子のこれからを、あなたは奪ったのよ。……責任を取れ、なんてまだ子供のあなたには言えないけど……それは私たちや親である大人の仕事だから。それでも、そろそろきらなも、理想ばかりを追い求めて現実を見て見ぬ振りをするのはやめた方がいいわね」


 すっ、と彼女の腕が伸び、思わず目を瞑ったきらなが感じ取ったのは、頭を撫でられている感触だった。


「帰りなさい、きらな」


 思ってもみなかった行動だが、もちろん、許されたわけではないと分かった。


「もう二度と、警戒区域には入らない、警報が鳴ったらおとなしく避難する……守りなさい。もしも守れないのなら……――私はあなたとの縁を切るわ」


「え…………」


「妹でもなんでもない、あなたと言葉を交わすこれからもないでしょうね」


 最後の警告を発し、森下がきらなに背中を向けて去っていく。


 ……とても遠くへ行ってしまったような気がした。


 きらなの足は動かない。

 かける言葉も見つからない。

 ただ、これだけは言わなければと、口が勝手に動いた。


 きらなは、一言だけ。


「…………はい」

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