第16話 戦闘準備
金のため。それも、魔法少女として活動する理由にはなるだろう。
「もしかして、あなたも魔法少女に理想を持っていたタイプかしら?」
森下の目が鋭くなり、向けられた視線も刺々しい。
高原にとっての地雷がきらなであるのなら、森下にとっては理想……なのだろうか。
「いえ……そもそも私、魔法少女に興味がなかったんです」
「それはまた、珍しいわね」
子供はほとんど……女の子ならば全員と言ってもいいほど、一度は憧れるものだが。
「他に熱中していることがあったので」
森下は、ふーん、と相槌を打つだけだった。
「こっちがあなたのことを信用していないのに、不用意に踏み込む話題ではなさそうね」
「すみません…………」
「いいわよ、別に。まあ、願わくば誰かさんから悪影響を受けないことね」
その時、待ちくたびれた二人に、一つの連絡が入った。
「……そう、じゃあ準備をしておくわ」
森下が腰に差していたステッキを握り締めた。
「れいれ、仕事よ」
小学校の正門ではなく、裏の金網から侵入する者がいた。
彼女の身長では、かつて通っていた時は四苦八苦したものだが、今は高身長の友達がいるので大分楽に乗り越えられた。位置的にも、体育館裏で好都合だった。
怪人の出現場所はリアルタイムでニュースサイトに公開されている。
魔法少女には遅れを取るが、情報の更新を待てばきらなでも現場に向かうことは難しくない。
問題は次だ。
具体的な現場の状況がまったく分からないため、暗闇を手探りで模索していくようなものだ。
「ぁ、う、きら、な、足、掴んで……っ」
金網を越えたはいいものの、足が地に着かないこみどりちゃんが泣きそうな顔できらなに助けを求めた。……つま先をちょっと伸ばせば地面に触れる距離なのだが、当人にとっては分からないらしく、よほど恐いのだろう。
早く早くっ、と急かされ、きらながこみどりちゃんの足を掴んだ。
そっと、地面に足を誘導する。
「きらな、ありが」
「しっ」
きらなに倣ってこみどりちゃんも唇に人差し指を当てた。
「……静かに中に入ろう」と小声だ。
かつて、きらなとこみどりちゃんが通っていた小学校だ、まだ卒業して一年しか経っていないため、大きく変化したところはない。
体育館内にあるマットやバスケットボールなどの用具が入っている倉庫へは、外からでも入ることができる。
忍び込むにはもってこいの場所であるのは、一年前と変わっていない。
「……なんだか、静かだね……」
本当に怪人が中にいるのか怪しいくらいだ。いないのならそれに越したことはない。子供たちが人質に取られている情報が誤りなら、その方がいいのだから。
用具倉庫へ入り、開けた扉を閉める。外の光を遮断したため真っ暗だ。
「きらな……」
「うん、わたしの服つまんでていいから」
音を立てないように屈んで、慎重に前へ進む。両手を前に出してゆっくり進んでいるので、まるでゾンビのようだ。
すると、指先が冷たく重い扉に当たった。
体育の授業が幸いし、鍵はかかっていない。窪みに指をかけて開けようとするが、きらなの力では開かなかった。
「こみどりちゃん、ちょっと」の声に反応し、きらなの手に自分の手を添え、こみどりちゃんの力も合わさってやっと扉が動いた。
一センチにも満たない隙間だが、これでじゅうぶんだ。
これ以上開いてしまうと、扉の先に怪人がいた場合、気づかれてしまう可能性がある。
隙間から先を覗いてみたが、しかし、暗い。
怪人がいるかどうか、分からなかった。
だが人の気配はする。
真っ暗闇だがまったく見えないわけではない。
目が慣れてくれば薄らとだが、見える部分もある。
人が並んでいる。
人質に取られている、生徒だ。
「ニュースサイトにはコウモリの怪人って出てた……、なるほど、だから暗闇なんだ」
コウモリと言えば夜行性だ。目ではなく超音波を発して空間を把握する。
人間にとって暗闇は大敵だが、怪人からすれば人間にとっての昼間と変わらない。
明るくしたからと言ってどうというわけでもないだろうが、少なくとも人間側の不利は消えてくれるだろう。
「こみどりちゃん、照明を点けにいこう。まだれいれたち、来てないみたいだし――」
瞬間、倉庫内に差し込む一筋の光があった。
そう、体育館内の照明が点き、現場を照らしたのだ。
「おや」と光に反応する者がいた。
怪人の姿が見えた。羽を折り畳んで体を覆う、人間大のコウモリである。
逆さまに吊されているイメージが強いが、まっすぐに立っていた。
顔の向きも上下反対ではない。それに、そこには瞳があった。
「……ん?」
と、なにやら引っかかったきらなの疑念をかき消す悲鳴が、体育館内に響き渡る。
粘液や触手など、気持ち悪い見た目をしているわけではないが、単純に生物として人間大のバケモノがいれば逃げ出したくもなる。
きらなも一瞬、うっ、と不快感を得てしまったくらいなのだから。
ただ意外にも、こみどりちゃんは平気そうだったが。
「きらな、行くの……?」
「待って」
照明が点いたのは偶然ではなさそうだ。もしも操作している誰かがいるのであれば、これは合図と取れる。
……つまり、
「みんな落ち着いて。もう大丈夫よ」
――黄金色の魔法少女が現れた。
パニックのあまりばらばらに散ってしまっていた生徒たちが、声の方を見上げる。
体育館の二階部分の窓を開き入ってきた、宙に浮かぶ魔法少女の可愛らしい格好に男の子は目を奪われ、女の子は羨望の眼差しを向ける。
安堵が恐怖を塗り潰し、全員の顔に余裕が生まれていた。
「さあ、みんなこっちだ」
照明担当だった高原が体育館横の出入口から現れ、生徒たちを誘導していた。
腰が抜けてしまった子にはれいれが傍に付き、抱き起こして連れていく。
子供たちを体育館の外に避難させ、戦闘の場を整えた。
「高原先輩、もっと遠くへこの子たちを避難させないと……」
「ここでいい。れいれは憧れの眼差しを向けるこの子たちを、外野へ追いやるのかい?」
仲間はずれにするな、とでも言いたいのだろうか。
しかし、危険と隣合わせの状態でそんな余裕を見せていてはいずれ足下をすくわれてしまう。
「まあ見ていなよ。終始見ていれば、分かるはずだ」
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