第15話 怪人出現

 れいれを手伝う、と方針を決めたものの、事務所内に入って仕事の内容を聞くのは高原たちが許さないだろう。

 だからと言って泣き寝入りはごめんだった。

 なんとかして作戦内容を聞いて、その上でれいれへの手助けをしたかった。


 ビルの中から扉越しに聞いても防音性のせいで聞こえない。可能性があるなら窓だが、五階というのがネックだった。

 れいれにスマホを通話中にしてもらえば良かった、と悔やまれる。


「わっ!? スマホが……!」


 ビーッ、ビーッ! とスマホが音を吐き出し始めた。

 周囲にいる人間が持つスマホ、全てから同じような警告音が聞こえてくる。


 遅れて町全体に警報が鳴り響き、避難誘導の放送が流れ始めた。


「こみどりちゃん、下ろして!」


 屈んだこみどりちゃんのおかげできらなの足が地に着いた。


「ど、どうするの……?」

「うぅ……、さすがにれいれと話す時間はないだろうし……しょうがない。自分のやり方で手助けするしかないね」


 ようは町を怪人から守ればいいだけの話だ。倒せなくとも無効化できればいい。

 なら、選択肢は広がってくれる。


「こみどりちゃんは避難してて!」

「あ、まっ、きらなぁ!」


 人の波に逆らって消えてしまったきらなの背に、こみどりちゃんが手を伸ばす。


 倒すとなれば選択肢は限られる。倒さずに無力化となれば、限られた選択肢が膨らんで様々なアプローチができるようになる。

 もしかすると、魔法少女でないきらなでも百ある中の一つの手が、相手にはまるかもしれない。


 だが、選択肢が多いというだけで、それらが怪人に通用するとなればまた限られてしまうのだ。たとえ策がはまっても、怪人にとっては意にも介していなければまったくの徒労である。


 きらなの危険がさらにぐっと跳ね上がるだけだ。

 ……最悪の事態にはならないとしても。


「ま、待ってきらな! 私も行くぅ!」




 れいれを連れ、合わせて三人の魔法少女が出動していた。


 一人の怪人に対して四人も必要ないというのは事前に分かっている。いつもなら海浜崎と新沼が挙手して怪人退治に向かうのだが、今日は事情により消去法で残った二人になった。

 具体的なことを言えば、海浜崎は今月で周辺被害を出し過ぎだと出動自粛を促され、新沼はその被害の未記入書類……つまり始末書が溜まっているためそっちを優先させた。


 なので、今日ばかりは優雅にティータイムをしているわけにはいかなかったのだ。


「小学校の体育館に現れたみたいね。コウモリ型の怪人……目的は子供たちかしら」

「子供たちの被害はどうなんだい?」

「今のところ、人質として捕らえられているようだけど……」

「なら目的は生徒ではなく、教師の可能性が高いね」


 先輩二人の後ろを、魔法少女の姿で付いていくれいれ。


 高原の魔法少女衣装は、着替える以前に着ていた制服と似て、露出が少なめの白い衣装だ。

 森下はボリュームのある、ひらひらとした黄色い衣装を身に纏っている。


 ステッキの魔法とは別に、最初から使える飛行魔法で現場へ向かっていた。


 れいれが持つステッキの魔法は、聞かれたので教えていたが、先輩二人の魔法はまだ教えてもらっていなかった。いずれ、言うべき時がきたら教えると言っていたが、単にまだチームとして認められていないのだろう。

 二人は手の内を晒したくないのだ。


 れいれに不満はなかった。当然だろう、と気持ちも分かる。


 逆に、信用されたら教えてくれるわけだ。分かりやすい指針ができたのは良い。


 やがて現場の小学校に辿り着き、まず屋上に降りた。


 耳にはめた通信機器の先にいる受付嬢の話によれば、体育館の照明の電源が落とされ、館内が真っ暗らしい。


「電源を入れるとしましょうか。いざ私たちが突入して、子供たちの目に映っていなかったら意味がない」


「自分が入れよう」

 と高原が志願した。


「あら、こういう雑用のために新人を連れてきたのに」

「かつて通っていた小学校だからね、電源の位置も分かっている。それに、新人には早く舞台に慣れてほしいからね」


 視線を向けられ、れいれが背筋を伸ばす。


「と言っても、あなたはまだ見学だけよ、余計な真似はしないように」

「……分かりました」


 役割分担を決め、各々が動き始める。



 その頃、照明の電源は落とされ、窓には遮光カーテン、体育館内は真っ暗闇だった。


 体育の授業をおこなっていた生徒は、怪人の姿が見えない中、隣にいるクラスメイトと手を繋いで一か所に固まっていた。

 怪人の床を叩く足音に体の震えが止まらず、遂には泣き出してしまう生徒もいた。

 入学したての一年生だ、恐いのも無理はない。


 生徒を守ろうと立ち上がった教師も、見えない暗闇の中、怪人にやられてしまったのだろう……、男性職員の悲鳴を聞いて頼れる人物が誰もいなくなってしまったのだ。


 大きな羽音、体育館の天井に見える剥き出しの鉄骨を掴むような金属音。

 暗闇でも難なく行動できる怪人に立ち向かう生徒は一人もいなかった。


「だ、だいじょうぶだよっ」


 しかし、一人の生徒が、震える隣の子を元気づけるように言った。

 立ち向かえなくとも、心折られない生徒が中にはいたのだ。


「まほうしょうじょが、きてくれるよ!」


「そうだろうか?」


 耳元で囁かれ、声を上げた男の子が、握っていた手にさらに力を込めた。


 ……天井に、向かったはずじゃ……。


 やろうと思えば音もなく接近することも容易だと言いたいらしい。


 体に緊張が走る。鼻につく獣臭が彼の顔をくしゃくしゃに歪めた。


 相手の姿が見えないため個人の想像力が悪い方向へ発揮されている。

 そのせいで恐怖が増しているが、とは言え、いざ姿がくっきり見えてしまうとそれはそれで恐いだろう。


 怪人の姿は二種類に分けられ、ある動物や昆虫をモチーフにした人型がいれば、動物や昆虫を、そのまま人間大まで大きくさせた獣型がいる。


 今回の怪人は、獣型だ。一般的に両手に収まる大きさのコウモリが、成人男性並に大きくなって隣にいると考えればいい。

 小学生よりはもちろん大きいのだから、姿を見れば恐くない、とも言えないのだ。


「魔法少女が、助けにきてくれるだろうか?」

「き、きてくれる!」

「なら、どうして君たちはこうして怯えているのかな?」


 魔法少女が助けにきてくれるのなら、既に助けにきているはずだ。

 怪人が出現してからかなりの時間が経っている。

 なのに一向に姿を現さない事実に、生徒たちも違和感に気づいたようだ。


「……もしかして、こないの……?」

「さあ? 怪人に聞かれても、分からないな」


 魔法少女が現れない、その不安が周囲に伝播し、あっという間に生徒たちがパニックになった。

 キーキーとうるさい高い声に、怪人が飛びぬけた高音の超音波を発し、体育館内をしーんと静まり返らせた。


「次に喋った奴ぁ、喰っちまうぞ」




 その頃、校舎の屋上でパラソルを広げている者がいた。


「あの、森下先輩……」

「なに?」

「ティータイムをしている場合では……」

「仕方ないでしょ、体育館内の明かりが点かないんだから」


 高原に一任したが、数十分経っても音沙汰がなかった。

 そのため体育館内に突入したくてもできないでいたのだ。


「暗いままでも、別に突入してしまえば……」

「なんのために魔法少女をしているの?」


 れいれにとってその質問の難易度はかなり高い。彼女自身、まだ分かっていないのだ。

 幸いにも、森下はれいれの答えを聞きたいわけではないらしい。


「私は金のため。金のためには人気がいるの。主に子供たちのね。恩を売る、ではないけど、私の姿を見せて助けないと、子供たちは私を支持しないでしょう? ボランティアじゃないのよ、ギャラが入らない救助活動など誰がするものですか」

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