第13話 厳しい意見

 ……発想は、普通。なら、きらなでなくとも思いつきそうなものだけど。


 れいれが抱いた違和感。なら、どうして誰も実行していないのか。


 そうまでして魔法少女に関わりたい熱意を持つ少女がいなかったのかもしれないが。


 サポートに徹するなら受付嬢や事務所職員へ就職する道を現実的に選んでいる、だけなのかもしれない。調べれば分かるかもしれないが、今のところは推測しか言えなかった。


 それとも知られていないだけで誰もがきらなの言うように魔法少女につく一般のパートナーがいたり……、と考え出したらきりがない。そのあたりは、今日会えるだろう魔法少女の先輩たちにこっそりと聞いてみればいいだろう。



 放課後、れいれが事務所に向かうと、新沼小隊の全員が集合していた。

 カウンター席にいる新沼と海浜崎、テーブル席にいる高原と森下、それぞれの視線がれいれに向かっている。ただ、テーブル席の二人は一瞥しただけで視線を逸らした。


「おはよう、れいれ」

「あ、おはようございます」


 一番に席を立って挨拶をしてきた新沼に、れいれが頭を下げる。


「そいつが例の新人?」と、海浜崎。


 彼女に限らず、魔法少女衣装以前の、真っ白な制服に身を包んでいる。

 彼女たちは全員が同じ高校に通っている。

 この地区では有名な、俗にお嬢様学校と言われていた。


「そうそう。きらなと同級生なんだよな?」

「はい。クラスも同じで……あ、じゃあ自己紹介を……雨谷れいれです、これからよろしくお願いします」


 強ばった表情を隠す意味でも、れいれが頭を下げた。

 昨日、一度会っている新沼が隣にいても、やはり先輩と話すのは緊張してしまう。


 先輩には先輩のルールがあり、そこへ後輩が踏み込むのはやはりいい顔はされないだろう。

 後輩側も勇気がいる。

 慣れるまでは仕方ないにしても、できるだけ地雷は避けて歩み寄っていきたい。


「れいれ、と言ったね」

「……はい」


 声をかけたのは高原だ。きらなの名が挙がったからだろう。

 同級生、そしてクラスメイトとなれば、きらなとも当然、繋がりがある。


「君が、きらなを推薦したのだね」

「…………すみません」


 声質は落ち着いているし、表情も変わっていない。怒られているわけでないのは、なんとなく分かったが……昨日の件について、結末は互いに把握しているだろう。

 言葉だけを見たら責められていると思ってしまう。


 早速、地雷を踏んでしまったようだ。

 大爆発したわけでなさそうのは唯一の救いだったが。


「あら、良いことをしたのね、あなた。私たちが言うよりも同い年のあなたに希望を砕いてもらった方があの子も納得はしやすそうよね」


 しやすそうであって、するだろうとは言っていない。

 れいれは知っているが、きらなは全然、納得どころかもはや悩んでもいなかった。


「きらなの様子はどうだった?」


 もちろん、今日のことを言っているのだろう。

 元気そうだった、と口を作ろうとした時だ。


「もう元気を取り戻していたのが少し不安でね。吹っ切れて別の道を探し当てたのなら姉としては喜ぶべきことかもしれないが……きらなだ、安定はしないだろうさ」


 それは姉でなくとも、昨日出会ったばかりのれいれでも分かった。


 きらなは魔法少女のこととなると見境どころか自分さえも見えなくなると出会ってすぐに彼女自身に分からされた。

 危なっかしいきらなを見てはらはらする、という意味では、新沼小隊の一員となるにはれいれは相応しいとも言える。


「きらなだからね、また危ないことでもするのではないか、って思うのだよ。警戒区域に平気で入り、怪人に捕らえられた人質を助けようとしたりね……そういう例が過去に何度もあったんだ。その度に怪我をしているからね、こっちは心配なんだ」


 きらながさっき提案してきたものだが、もう既に過去に実践されていた。

 魔法少女を目指していようが、なかろうが、行動は変わっていなかった。


 そうなると、きらなの今後の方針を教えるべきか迷った。きらなから口止めされているわけではないが、懲りもせず同じことをしているときらなの保護者同然の相手に言うのは心配させてしまうと思ったのだ。


 かと言ってこのままずっと言わないわけにもいかない。


「きらなからなにか聞いていないかい? なにを始めるにしてもまずは君に言うだろうと思ったのだが……」


 もしくは共謀とかね。

 ……付け足された言葉にゾッとした。

 れいれは背中に冷や汗をかきながらも、今はまだ、明け透けに喋るのは自重しておいた。


「きらなから聞いたのは、サポートに回る、としか。事務所職員や受付嬢などを目指すつもりなのかもしれません」

「できそうにもない役割ばかりね」


 今すぐに、という話でもないだろうが、森下の全面否定にれいれも少しむっとした。


「でも、理想を追い求めてばかりいたあの子が現実を見出したのは、良いことよね」

「どうだろうね」


 高原の視線がれいれを射貫いた。

 疑惑を向けられていると知り、動揺するまいと体に力を入れる。

 だが逆に、それがそわそわと落ち着きのないように見えてしまっていた。


「どうだろうねって、どういう意味?」

「一度、希望を打ち砕かれたくらいできらなが足掻くのをやめるとは思わなかっただけさ」

「正式に才能がないと言われたのよ? 足掻くもなにも手の打ちようがないでしょう」

「普通なら諦めるけど、きらななら……どうするだろうね。君なら知っていそうだと思っていたけど、どうやら違うみたいだし、もう少し様子を見てみようか」


 視線がはずれ、れいれも力を抜いた。

 心中を覗かれたような、嫌な感覚だった。

 数秒の出来事がまるで数時間に及ぶ尋問に膨らませられた気分だ。


「ねえ、さらん……あんた、自分の中で答えが出ているみたいだけど、いつもみたいに私たちには教えてはくれないのね」

「教えられるものがないからね、答えなんて持ち合わせていないのさ」


「嘘ね」

「嘘なものか」


 飄々としている高原と、疑惑を隠さない森下の険悪な雰囲気が場を支配する中、


「どうでもいい」


 と、切り捨てた海浜崎の言葉によって場の緊張感が弛緩した。


 隊長の新沼がまんまと場に飲まれていたので本当に助かった一言である。


「あいつももう子供じゃないんだし、好きにさせればいいんだ。傷つかないように箱にしまっておいて満足するタイプじゃないだろ。自分で蓋を開けて出ていく性格だ」


 開かなければ壊してでも外へいく。

 結局、これまでだってそうだったのだから。


「そろそろ妹離れをしたらどうだ?」

「あなたも、身長に執着するのはどうかと思うけど」


 森下を前にするテーブル席に、海浜崎が行儀悪く飛び乗った。

 現在、部屋の中で最も高い場所にいるのがこれで海浜崎となる。

 自然と、れいれも見上げる形になった。


「身長は別に関係ないな。単純に、誰だろうと見下されるのが嫌なだけだから」


 小柄な体格、もちろん体重も軽く、飛び乗ったテーブルが悲鳴を上げたりもしない。

 それでも危なっかしいのは見ていて思うので、れいれが無意識に手を構えてしまう。

 もしも彼女が足を踏み外した時にきちんと受け止められるように――。


「ふっ、あなた、新入りに心配されてるわよ?」

「ッ、笑うな!」


 体重を片方に寄せたのが間違いだった。テーブルは固定されていない。片方に重さが偏ればいくら安定しているテーブルでも倒れてしまう。

 バランスを崩した海浜崎の体がふわりと落ちてれいれの腕の中に収まった。


 人間一人の体重は、いくら痩せていようが重たいものだが、それでも軽い。


「心配されてて良かったわね」

「これくらい自分で受け身取れたからな!」


 れいれの腕を弾いて海浜崎が脱出する。

 そんな彼女の頭をとんと叩いた者がいた。


「みにぃ、ありがとうは?」

「誰が! 別に頼んでないし!」


「……隊長として、教育係もアタシ担当なの。ほら、一言だから頑張れ」

「こ、子供扱いしやがってぇ~~~~ッ!」


 海浜崎が噴火寸前くらいに顔を真っ赤にして周囲を見回し、一人一人を睨み付けていた。


「どいつもこいつも志願組が……ッ、偉そうにあたしに指図をするな! スカウトされたあたしの方が、才能では上なんだからなッ!?」

「才能に上下はないよ、有るか無いかだけさ」


 才能が有る者は全員が同じラインに立っている。

 上下があるなら、その先の実力だろう。

 なにもかもを才能に依存している海浜崎は、どうせ先は短い。


「あなたは才能離れをした方が良さそうね」

「森下……、あんたねえッ!」


 森下と海浜崎、小隊の中で唯一、同学年の二人の衝突を止めたのが新沼だった。


「喧嘩はストップ! 魔法少女の姿じゃないとただの取っ組み合いになるじゃん!」


 まるで魔法少女姿でなら良いと言っているようにも聞こえたが、当然ダメである。


「落ち着きなって、みにぃ」

「あたしを羽交い締めにすんなっ」


 最も簡単に海浜崎を制圧できる方法なので手が出しやすい。

 ともあれ、暴れる海浜崎もこれで無力化できる。


「ほら、新人にかっこ悪いところ見られちゃってるぞ」

「だから……ッ、子供を諭すような言い方をするじゃねえって――」

「まあ、それにれいれはスカウト組だろう? となるとみにぃにとっては対等な相手になるのではないかい?」


 高原の言葉に海浜崎の動きが止まった。

 久しぶりに、高原に視線を向けられ、そうだろう? と。れいれが慌てて答える。


「一応……、スカウトと言うか、声をかけられて誘われたというか……」

「それをスカウトと言うのでしょう?」


 もっともなことを言われてれいれは頷くしかない。

 しかし、魔法少女の才能が自分にあるとは今になっても思えなかった。

 運動神経は確かに良いが、それだけの気がする。


 魔法少女への憧れも、興味も、これからの向上心も、特にない。

 ぽっかり開いた心の穴を埋める手助けになればと思って誘いを受けたのだ。


 だから、心のどこかできらなには申し訳ない気持ちがあった。

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