第12話 コンビ

「…………なにが? というか、みんなは?」


「今日の担当はあたしだけ。つーか話を逸らすな。聞いてるのはあたしだ。しかもどうしてこの場にいるのか、じゃないからな? おまえがいつもいつも怪人の現れる場所の近くにいるのは知ってるし、異常なファンだからで納得できる。でもさ……怪人と喧嘩しようとしてなかったか?」


 退治、ではなく、喧嘩と表現するのは彼女らしい。


 答えないきらなに苛立ったのか、おい、と小首を傾げる。


 薄緑色をしたショートヘアの左右に付けられている大きなリボン。

 見た目は可愛らしくお人形のようと形容されても違和感がない容姿だが、その目が墨汁で塗り潰したように感情が見えない。


 いや、多分ブチ切れ寸前、というのは分かるのだが。


「魔法少女でもないのに怪人に勝てると思ったのか?」

「…………それは――」


 隠す意味はなかった。


「思ってる」

「面白いこと言うなおまえ。いや負けてんじゃん」


 彼女の助けがなければきらなは怪人にやられていただろう。

 そもそも助けた……? のだろうか。


「みにぃの助けがなくてもわたしは逃げられた」

「……どういう意味で言ってんだ、それは」


 海浜崎は窺うような視線へ切り替えた。

 気にはなったが、きらなにその本意は分からない。


「どういう意味も、そのままだよ……手助けなんてなくても、なんとかしてた」


 苦しい意見だった。それを聞けば海浜崎は呆れるものだと思っていたが、意外にもほっとしたような表情を浮かべていた。

 だがそれも一瞬で、すぐに予想通りの呆れ顔を浮かべ、


「あぁ、そう。もういいや。おまえの指導は他の面子に任せてるし、あたしは知ーらない」


 ただし、ときらなの頭の上から、海浜崎が手の平をぐっと押し込んだ。

 きらなの視線が下がり、自分よりも小柄な海浜崎を見上げる体勢になる。


「あたしを見下ろすな。まったく、何度言ったら分かるんだ?」


 フンっ、と息を吐いて現場を後にする海浜崎の背を目で追う。


 子供たちの黄色い声援にはきちんと笑顔を向け、手を振り返していて妥協をしない。

 利害が絡むと途端に猫を被り出す。……子供たちは彼女にいいように騙されているが、それを言うことこそ、野暮のような気がした。


『魔法少女でもないのに怪人に勝てると思ったのか?』

『いや負けてんじゃん』


 海浜崎の言葉を思い出す。

 確かに、今日は失敗した。きらな一人の限界がここなのだ。


 しかし、やり方としては悪くないだろう。進化の余地もある。

 大きく間違っているわけではない。


 決定打に欠けているだけで、怪人の隙を突けたのは事実だ。


「……うん、悪くない」


 それから、きらなが現場から離れようと振り向いた時だ。

 かっ、と聞き慣れた足音がした。


「やっぱりいた、きらな……!」

「う……、れいれ……」


 きらなの顔が引きつった。

 学校で会ってはいるものの、こうして言葉を交わすのは久しぶりだった。


 互いにごめんは言わない。

 だって、それぞれに譲れない想いがあったのだから――。


 少々、時間を遡るとしよう。

 きらなには魔法少女の才能がないと断定されたその日から、さらに翌日のことだ。



「いってきまーす」


 と家を出たきらなの前に、丁度タイミング良く隣の家から出てきた姉がいた。

 高原たかはらという表札がかけられている。

 彼女は鉄の門戸を閉めて、眉をひそめていた。


「……なんだか、気分が良さそうだね」

「そう? いつも通りだけど」


 昨日のことを思えば、いつも通りなのがおかしいのだが、彼女は指摘しなかった。


「なにか……、良いことでもあったのかい? 話し相手くらいにはなるけど――」

「うーん、いいや! 急いでるしっ、じゃあねお姉ちゃん!」

「あっ、きら」


 最後まで聞かずに、きらなは走って姉を振り切った。



 な、の口のまま、置いていかれた銀髪の少女の口元が、少しだけ尖っていた。


「元気なのは良いけど……なにを企んでいるのだかね」


 すると、家の前に一台のリムジンが停まった。高級住宅街と言われる地区だが、さすがにリムジンは見慣れていないようで、通りかかる人の目を引きつけていた。


 扉が開くと、金色の髪をおさげの形で結んだお嬢様が顔を出した。


 彼女の名は森下もりしたまさきと言う。

 魔法少女新沼小隊の中で実質、司令塔の役目を担っている高校一年生の少女だ。

 いつもはパラソルだが、今日は黒い日傘である。


「おはようございます、高原先輩」

「……おはよう、まさき」


「そろそろご自分で登校なさったらどうです? ……というか、一年前まではどうしていたんですか」

「りりなに送ってもらっていたのさ」

「あの……偉そうに先輩にもタメ口ですけど、あなた学校までの道順が分からないから人に頼っていると自覚ありますか?」

「嫌なら置いて構わないさ。自分で行けないことはないからね」


 そう言って出発した高原がすぐに道を右に曲がった。

 向かうべき学校とはまったくの反対である。


「……はぁ、まったく、世話が焼ける先輩です」


 お嬢様の指示に従い、リムジンが彼女の後を追う。

 毎朝、こんなやり取りをしていることを、きらなは知る由もない。



 登校している生徒の中に紛れているれいれを一目で見つけた。


「れいれー!」

「きらな……っ!」


 手を振りながら近づいてくるきらなを見て、彼女は安堵の息を吐いた。


「……元気そうで良かった。連絡の一つくらいしてよ、心配したんだから」


 あ、と思い出す。そう言えば、忘れていた。


「ごめんごめん」

「後回しになるのは仕方ないとは思うけど……」

「それは違うよ、そもそも、誰にも連絡してないし」


 もしもするなら、やはりれいれに一番にしていたと思う。

 だって、彼女のメッセージが、元気が出るきっかけになったのだから。


『待ってるから』


 連絡を、ではないだろう。きらなはそうは思わなかった。


 才能がないというだけで魔法少女になる夢を諦めるきらなではないと、れいれは見抜いていたから出た言葉なのだろうと解釈したのだ。


 実際がどうあれ、きらなはこの言葉で再起したのだ、やはり一番に報告するのはれいれであるべきだし、これから先、行動を共にするとしたられいれにするだろう。


 親しい姉にも、今日の朝、偶然出会わなければ今日は連絡をしなかっただろうから。


「後回しになんかしないよ、れいれが一番だから」

「そう言ってもらえるのは嬉しいけど……なに? 今度はなにを企んでるの?」

「企むとは言い方が悪いね」


 れいれもきらなを分かってきたのか、周囲が向けるきらなへの視線と性質が似てきていた。

 それでも彼女と周囲の違いは、真っ向から否定せずに最後まで聞くことだ。


「参謀役……? ええと、つまり……?」

「わたしが、れいれの活動の手伝いをするの! たとえ魔法少女になれなくても、これで魔法少女に関わることができる。自分の手柄にならなかったとしても、魔法少女と同じことをしてるなら、もう魔法少女と言ってもいいんじゃないかって!」


 それは、どうだろうか……とれいれは顎に指を添えてうーんと悩むが、きらなにしては飛び抜けた発想というわけでもない。

 どちらかと言えば現実的な案に思える。


「でも、まあ……良い、と思うよ」

「だよね!? やっぱり、れいれなら賛成してくれると思ったんだ!」


 全面的に賛成というわけでもない表情を浮かべていたが、きらなは気づきもしない。

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