第10話 魔法少女、誕生
「だから言ったじゃないか、何度も何度も……きらなにはまだ早いと」
窓の外、向かい合うようにあるもう一つの窓の先には、一人の少女がいた。
彼女は視線を手元の文庫本に下ろしながら、窓を少しだけ開いている。
「聞いたよ。魔法少女の適性、なかったそうだね」
「お姉ちゃん……」
ページをめくる小さな音が、よく聞こえた。
事務所でステッキを握ったきらな。しかし、ステッキはなんの変化も示さなかった。つまりそれは、魔力がステッキに流れ込んでいないことを証明している。
魔法少女になるための最低限の条件が、魔力を持っていることだ。でなければステッキを扱えないし、魔法少女の衣装を着てもその恩恵に頼れない。
そもそも魔法少女になる資格がないのだ。適性がない――才能がない。
きらなの夢は、もう二度と叶わない。
「書類選考の時点できらなが弾かれているのは、応募者の数をぐっと減らすだけのものだと思っていたのかい? きちんと理由があるのさ。ステッキを握れば魔力が流れるようにごく普通のペンを握っても才能があれば魔力が流れる。ペンから文字へ、魔力が宿り、分かる人が見れば、書類一枚で魔力の有無が分かってしまうんだ。……きらなが書類選考で落ちているのは、文字に魔力が宿っていないからさ」
つまり、最初から分かっていたのだ。
それでも、きらなにステッキを握らせ、才能の有無を分からせたかったのは。
「あの人、あれで厳しいところがあるみたいだからね。きらなももう大人だから、現実を突きつけたのか……私はまだ早いと思っていたんだけどね。少なくとも高校に上がるまでは――」
「……高校に上がっても、どうせわたしは、魔法少女には、なれないんでしょ」
「そうだね、その事実は変わらない。後天的に魔力が生まれるということはない」
彼女は正確な言葉では言い表さなかった。……前例がない、と言葉を抜いている。
「でも、ショックを受け止める土台は作れると思った」
「なに、それ……」
「きらなは今、とてもショックを受けているだろう? それはきらながまだ幼く、子供だからだ。でも年が一つ、二つ違うだけで人間は落ち着くものだよ。だから高校生になれば魔法少女になる夢も、今よりも希薄になっていると思った。書類選考を落ち続けていれば自分で気づいてくれると思ったんだ。その頃になれば、今日と同じことをされてもきらなはきっと、ここまでショックは受けていないはずだよ」
未来がどうなっているかは分からない。
だけど、姉の言い分も理解できた。
「だから、きらなにはまだ早いと言ったんだ」
「…………うるさいな」
はぁ、と姉が文庫本をぱたんと閉じて、
「窓、即席でもいいからちゃんと塞いでおきなよ。あと、ショックだからって人に当たらないように。夕飯もきちんと食べるように。……分かったかい?」
「うるさいって言ってるじゃん!」
「……きらなのためだよ。才能がないなら素直に諦めることだね。無駄な努力は人生を意味なく消費するだけだよ。ま、自称魔法少女を名乗るのは自由だから好きにすればいいけどね」
最後に、おやすみ、と言い残して姉が窓の隙間を閉めて、カーテンをしゃっと閉じる。
再び一人になったきらなは、しかし暗い部屋の中で電球が点いたように目を光らせた。
死んだ魚のような目から一変している。
「え……」
――姉の言葉を思い出す。
……そうだ、まだ、まだ終わりではない。
才能がないことで諦めなければならないのは、魔法少女の決まった型である。
時代と共に継承されてきた伝統に則らないのであれば、きらなの夢が完全に途絶えたわけではなかった。
「自称、魔法少女……」
衣装もステッキもない。
……だけど、きらなは今から、魔法少女である。
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