第9話 試験
「「え」」
と、二人の言葉が重なった。中でも、一番驚いているのがきらなだった。
カウンターに両手をばんっ、と叩きつけ、
「ちょ、なんっ、ええ!? いいの、ほんとに!?」
きらながいくら頼んでも、たったの一度も、冗談でさえもいいと言わなかったくせに。しかも平然とお姉ちゃんとの約束を破っているが、それはいいのだろうか。
「さらちゃんとの約束はきらなに甘えられても絶対に許可しないでってことだからねえ。きらな主導で、友達を使った推薦なら断ったけど……れいちゃんは違うみたい」
「私?」
「れいちゃん、本当に心の底からきらなを認めてるみたいだから。この推薦を別の誰かの我儘で蹴るなんてことはしたくなかったわけ。良かったわね、きらな。やっと魔法少女への第一歩が踏み出せるじゃない」
……嬉しいが、しかし、いざチャンスが手元にあると、実感が湧かない。
遠くの方にあると思っていた目的が急に目の前に飛び込んできたようなもので、嬉しさよりも戸惑いの方が大きかった。そして面倒なことに、警戒心が膨らんでくる。
「…………なるほど、ドッキリか」
「信じないならチャンスを棒に振ったってことで処理しておくけど」
「うわぁあごめんごめんなさいしますやります見捨てないでぇ!」
カウンターから身を乗り出して泣きつくきらなの額に、こつんと当たったものがある。
ステッキ、だ。
魔法少女であれば全員が持っている、基礎中の基礎アイテム。
「はい、これに魔力を込めてみて」
「魔力……」
「魔法少女に詳しいきらななら言わずとも分かっているんじゃないの?」
魔法少女は例外なく魔力を体内に持つ。その魔力をステッキに流し込むことで、ステッキを媒介として魔法を行使できるのだ。
魔力は体内を血液のように巡っているためステッキを握れば自然と魔力が流れ込むようになっている。後は感覚の話だ。ステッキを握り込む拳の強弱によって魔法の出力が変わる……という一例がある。
個々によって魔法が違うので、当然出力の強弱の方法も本人のやり方によって様々だ。
こればかりはきらなが独自で考案していくしかないものだ。
とにかく、一旦魔力を流し込まなければ話にならない。今のままだと電化製品に電気が流れていないようなもので、電源プラグをコンセントに差す必要がある。
つまり、きらながただステッキを握れば結果はすぐにでも分かる。
「あれ? でもなんでステッキだけがここにあるの?」
ステッキは所有者である決まった魔法少女専用のアイテムだ。
たとえきらなが魔力を込めたところで、魔法は発動されないだろう。
「ほんとに詳しいわね。……このステッキ、引退した子の置き土産なのよ。その子はもう魔法少女の活動はしないって言うし、かと言って、壊すほど吹っ切れたわけでもないらしくてね。未練があるとステッキは残ってしまうの。心残りがなくなるか、彼女が――」
カウンターの女性は、その先を言わなかった。
「だから遠慮しないで。このステッキも、使われた方が幸せでしょう? それに、確かに魔法は発動されないけど、魔力が込められたかどうかは分かるわ。発動しようとする魔法がステッキに弾かれるけど、魔力が流れたって証拠は目に見える。それで充分よ」
魔力の有無。それをまずは、確かめる。
「……じゃあ、うん。やってみる」
視線を回し、れいれ、新沼……のところで、ん?
「そう言えば、止めないんだ」
「きらなが自分で掴んだチャンスをなんでアタシが止めるんだ? アタシが止める時は、きらながアタシに縋り付いた時だけ。目の届かないところで好きにされてもアタシは止めようがないからね。さらんからは怒られないよ……多分。大丈夫、だよね?」
なぜびびる。彼女は小隊の隊長のはずなのに。
「さ、さらんとまさきは恐いんだよ……あの冷たい視線が、見捨てられたみたいで……」
「チビ先輩は?」
「みにぃは全然」
冷や汗だらだらな反応とは打って変わってけろっとしている。基本、言葉で責めてくる二人とは違って、チビ先輩は物理的な攻撃が多いため、新沼とは相性が良いのだろう。
なんだかんだとしょっちゅう喧嘩をしながら馬が合うのかもしれない。
チビ先輩は否定するだろうが、実際、傍から見れば仲良くじゃれているようにしか見えないのだから。
「でも、怒られてもいいかな。止めてきらなに嫌われるよりは、マシだし」
「にーぬま……」
彼女の目が、どうどう? 先輩っぽいでしょ? と訴えていた。
そういう犬が構ってほしいと足下にすり寄ってくるような態度がなければ、先輩みたいだけど。もうっ、ときらなが苦笑するが、呆れよりも嬉しさの方が大きかった。
そして、視線をステッキへ戻した。
「魔法少女の世界へ、ようこそ、きらな」
きらながステッキを、ぎゅっと握り締めた。
暗い自室に入り、電気も点けずベッドに倒れ込む。
制服のままだ。親に一つの連絡もしないまま、帰りが遅くなってしまった。
とっくのとうに、家族で囲む食卓の上に夕食はなく、片付けられていた。
玄関で母親にこっぴどく叱られる……と思って覚悟はしていたのだが、帰ってきた自分の姿を見てまずはお風呂に入りなさいと勧められた。
だが、そんな気分ではなく、きらなはこうしてベッドの上にいる。
制服にしわができるかもしれないと知っていながらも、体が動かなかった。
「………………なんで」
もちろん、そういうこともあるのだと考えていなかったわけではない。
ただ、認めたくなかっただけなのだ。
スマホを取り出し、電源を入れると、れいれから何度も着信があったことを知らせる通知が溜まっていた。メッセージも届いている。
『待ってるから』
……なにが。
待ってくれていても、きらなはその場には、もう行けないのに――。
きらなが握り締めていたスマホをベッドの上に叩きつける。バウンドしたスマホが窓へ飛んでいき、ガラスを割いて闇夜の中へ紛れて消えた。
風が吹き込み、きらなの頬を撫でる。
冷静さを取り戻すには、まだ足りない冷たさだった。
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