第8話 推薦

「いや、お姉ちゃんじゃなくて……こっち。れいれの……付き添い?」


 目的を伏せて説明する。れいれも空気を読んだのか、はたまた緊張しているだけなのか、会話に入ってくることはなかった。やがてエレベーターが目的階へと到達する。


「その子の付き添いねー、……ん? その子は?」


 視線を向けられ、背筋をぴんと伸ばしたれいれが「あの!」と音量を間違えて大声で呼びかける。しんとする廊下に大きく響く声だった。


「す、すみません……」

「いいよいいよ、落ち着いてよ。……アタシ、恐そうに見える?」


 桃色の髪が左右で結ばれたツインテール。見た目だけなら、戦闘時に身に纏うピンクの衣装も含め、最も魔法少女に近いのではないかと思える容姿をしている。

 だが、扱うステッキの魔法は、最も魔法少女からかけ離れていると言えた……。


「わ、私、今日からこの地区を担当することになりました、雨谷れいれと言います! あ、あの先輩! ご指導の程、ご鞭撻お願いします!」


「難しそうな言葉使うね。うん、ご指導するよ。アタシはだって隊長だし!」


 彼女は魔法少女のチーム、新沼小隊の隊長を任されている。

 だから新人が入る予定も数日前には知らされてはいたのだが、彼女はそのことをすっぱりと忘れていた。


「……隊長と言うには頼りないけどね」

「こらきらな! 本当だけど言葉にしちゃダメだって! なんだか悪く聞こえるじゃんか!」


 実質、隊長の役目のほとんどが別の魔法少女が担っている状態だった。

 その少女もいざ怪人と戦う時になれば即座にパラソルを開くサボり魔だったりするが。


 チームとしては助け合って機能しているが、魔法少女としてはだらけ過ぎだ。

 自業自得だが、その影響が魔法少女の活動に悪く出てしまっている。


「あの、先輩……」

「あ、ごめんごめん、アタシがまだ名乗ってなかったね」


 口の悪いきらなの頬を引っ張って窘めていた手を止め、


「新沼りりな。今日からよろしく、れいれ」

 


 事務所内はまるで喫茶店のような内装だった。ウッド風の壁紙のせいかもしれないが、観葉植物が置かれていることでぐっとオシャレに見える。

 テーブルとチェアが等間隔に並べられ、ドリンクバーも完備。カウンター席で注文すればこだわりの飲み物も出てくるようになっている。


 至れり尽くせりだがもちろん事務所であり、本当の喫茶店ではない。

 あくまでも所属する魔法少女達の休憩兼打ち合わせ場所である。


「相変わらず凄い設備だね……」


 きらなが以前来た時よりもドリンクバーの種類が増えている。しかも四角形のケーキなどがお皿に乗っており、自分でトレイに乗せて、持っていって食べていいらしい。


「ちょ、ちょっときらな……っ」


 早速トレイを持ち出したきらなの肩にれいれが手を乗せた。


「大丈夫、わたし顔パスできるから」


 姉を訪ねて何度かここにも来ているし、もっと言えば用事がなくとも入り浸っているので確かに顔が利く。だからと言って自由に飲食をしてもいいと許可をもらっているわけではないが……そこはこそこそしているよりも堂々としていた方が咎められにくい。


 現にカウンターにいた女性はきらなの行動を見ても注意をしなかった。


「ね?」

「……顔パスできるくらい入り浸ってるのになんで魔法少女じゃないの……?」


 それはきらなが聞きたいくらいだった。


「そうだ、れいちゃん、みんなと顔合わせできた?」

「あ、おはようございます……いえ、まだ、新沼先輩だけで……」


 カウンターの女性が青色のドリンクをカウンターに置いた。呼ばれたれいれが椅子に座ってグラスを持つ。……グラスの中に、さくらんぼとマンゴーが浮かんでいる。


「あの、お酒じゃないですよね?」

「そんなもの出さないわよ。――じゃあ、りりちゃんも飲む?」


 と、呼ばれた新沼もカウンター席へ座った。


「うん、飲む」


 目元の泣きぼくろが特徴的な黒髪の女性が馴れた手つきで作業を進める。

 今度は桃色の飲み物が差し出され、グラスの中ではパイナップルが浮かんでいた。


「いつもお仕事頑張ってるから、私からのご褒美」

「あ、ずるい!」


 声を上げ、トレイに複数のケーキを乗せたきらながれいれの隣に腰を下ろした。


「どうしてわたしには聞いてくれないの!?」

「お仕事お疲れ様って言ったのだけど? きらなはただの無銭飲食じゃない」

「だったら魔法少女にしてよ!」


 何度聞いたか分からない言葉に、カウンターの女性は肩をすくめた。


「ごめんねえ、さらちゃんに止められてるから……個人的な判断ではできないの」

「……え、じゃあ、一応は認めてくれてるんだ!?」

「ううん、全然」


 きらなががくんと額をカウンターに打ち付けた。


「だって、きらなが魔法少女って……心配だもんねえ」


 れいれと新沼が、互いに見合って苦笑していた。

 確かにそれは分かる、と。


「ひ、人のことをバカにしてぇ~~!」

「いや、バカにはしてないけど……。あの、それできらなのことなんですけど――」


 れいれが言った。

 きらなが魔法少女になることを止められているのであれば、もしかしたら……たとえれいれが言ったところで、きらなには一つのチャンスも与えられないではないか、と思ったのだ。


「私がきらなを紹介する、のは……やっぱり断られるんですか……?」

「れいちゃんがきらなを? ……推薦ってことなら、そうね……」


 彼女が少し考え込んで、


「……どうして、きらなを推薦しようと思ったの?」


 え、とれいれが言葉に詰まる。それを見てきらなが視線を強くし、捏造でいいから必ず勝ち取れよ、と訴える。れいれから視線を返され、善処する、と意思疎通ができた。


 れいれが困った顔を浮かべているが、きらなが助け船を出すわけにもいかない。

 誘導尋問みたいになっても意味がないのだ。ここは、れいれの言葉で――。


「きらなは、誰よりも魔法少女が、大好きだから」

「それが、推薦理由?」

「……少なくとも、私よりも魔法少女のことをよく知ってるし、誇りに思ってます。私なんか話に流されてなっちゃったみたいな感覚ですし。だから、こんな私なんかよりも、きらなの方が相応しいと思うんです。――きらなの推薦、認めてくれますか?」


「うん、いいよ」

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