第7話 脱出劇
「今日は逃がしませんと、言ったはずですけど……?」
れいれと親睦を深め、新学期一日目が滞りなく終わり――帰宅時間である。
浮き足立っているきらなが教室を出ると、廊下に仁王立ちしている担任教師がいた。
――反・省・文! ……すっかりと忘れていた。
……これから大事な用事があるのに……。
だから、原稿用紙と向き合っている暇などなかった。
きらなは背後を振り向き、別のルートから出口に向かおうとしたが、退路は既に絶たれていた。きらなの行動を先読みできない教師陣ではない。
担任教師が予め応援を呼び、思いつく限りの道に教師を配置していた。
目の前の教師を抜けたところで別の場所で別の教師に捕まるだろう。
「諦めてください。ささっと書いてしまえば終わりますから」
ささっと書いたところで難癖つけて認めないくせに……ときらなの経験が語る。
「本当にささっと書かれても、反省文ですからね。内容が則していなければもちろんダメ出しはしますよ」
きらなは、いくら書いても認められる気がしなかった。
だから素直に従うなんて発想はそもそもなかった。
いかにしてこの場から抜け、学校の外に出るか……そればかりが思考を埋める。
……………………、
という長考の末、やがて、
「れいれ」
「ん?」
「あとよろしく」
それは、反省文を含めた先生の相手を全て丸投げした――わけではない。
まあ、後先考えない突飛な発想だったことには変わりなかったが。
「え、ちょ――朝日宮さん!?」
きらなの上履きが廊下の窓枠にかけられ、
振り向いたきらなが、にぃ、と笑みを見せた。
「助けてね、魔法少女」
少女は躊躇わなかった。きらなの体が校舎の窓から外へ飛び出した。
重力には逆らえず、きらなの体が地面へ落下し始めた。
「ここ四階なんだけど!?」
「先生、すみません。明日必ず、反省文を提出します。きらなにも私が責任を持って書かせますので、どうか今日だけは見逃してください」
「雨谷さん!? そ、そんなことより朝日宮さんが!!」
「じゃあ、今日はもういいですよね?」
すぐに頷いたのを見届け、れいれがステッキを取り出し、魔法少女の衣装へ。
次にふわりと体が浮き上がり、窓の外へ飛び出し一気に地面に向けて加速した。
きらなの体が地面と接触する寸でのところで、猫のように制服の襟を掴んだ。
あと一瞬でも遅れていたら、冗談では済まない事件になっていたところだった。
地面を間近にして、きらなは背中に冷や汗が流れたことを感じ取る。
「お、遅いよ!」
「でも間に合ったよ?」
確かに間に合ったが……もっと余裕を持って助けてくれると思っていたのだ。
途中でもうダメかと思った。
「私に相談もなくああいうことするから、ちょっとは痛い目に遭うべきだって思って」
「う……」
「反省してね。じゃないと次は助けてあげないから」
きらなの体が首裏の襟を掴まれたまま、ふわりと浮き上がる。
「え、このまま向かうの?」
「注目されてるし、今下りても質問攻めに遭うだけだよ。面倒だからこのまま行こう」
校庭を歩く、下校している生徒たちがきらなとれいれを見上げて指差している。
「職権乱用じゃない?」
「きらながそれを言うの……?」
学校を抜け出すだけのために魔法少女をあてにしたきらなには言われたくないだろう。
きらなが住む町は正方形に地区が区切られ、原稿用紙のように敷き詰められている。
れいれが所属する新沼小隊はその中の一つの地区を担当していた。
主に高級住宅街をメインにしているが、一部駅前のビル群やショッピングモールがある地区である。
れいれが向かう所属事務所は駅前にあり、学校を出て高級住宅街からがらりと景色が変わる境界線を跨ぐことになる。
幸い、怪人が出現したりはせず、すぐに駅前へ向かうことができた。
今回は問題ないが、地区を越えようとする時に怪人が出た場合、非常時には外壁が地区を囲む仕様になっているため、関係者でも中々外には出られない。一般市民に擬態する怪人もいるためだ。
だが、それも最終防衛なのでそうそう出る幕もないだろう。
――目的地である、テナントが集まったビルに辿り着いたきらなとれいれ。
魔法少女事務所も色々あり、小さなものから大きいものまで。れいれが所属する事務所は大手には負けるがそれでもそこそこ大きな事務所だった。
きらなが慕う姉たちはそれなりの収入を得ている。やはり、事務所の力がなければ報酬も少なくなってしまう。
「ここだね……」
憧れの、魔法少女事務所。
さすがにきらなも緊張していた。普段と目的が違うとこうもドキドキするものか。
ぶるっと、体が身震いする。
「きらな、早く」
と、魔法少女衣装から制服に戻ったれいれが、立ち止まるきらなを手招いて呼ぶ。
丁度エレベーターがやってきたところだった。
ビル自体はそう大きくなく、小汚いは言い過ぎだが、建物は古くさい。ここはあちこちに点在する支店の一つであり、本部ではないためだ。本部は別の地区にあるオフィス街にあり、全面ガラス張りの大きなビルである。ここよりもずっとオシャレな風体だ。
それに比べるとスケールは何段階も落ちてしまうが、贅沢は言っていられない。
魔法少女になれば嫌でも本部には行くことになるのだから、それまでの我慢である。
「あー! 待って待って!」
扉が閉まる際、駆けてくる真っ白な制服姿の少女が扉の隙間から見えて、れいれが慌てて開くボタンを押す。
ぎりぎり、扉が閉まり切る前に反応し、扉が開いた。
制服姿の女子高生が息を切らしながらエレベーターに乗る。
「ふぅ、ありがとね。あ、アタシ五階だから」
「じゃあ一緒ですね」
え、と少女がれいれを見て、次にきらなを見つけた。
「あれ? きらなじゃん」
「げっ、にーぬまだ」
「げっ、ってなによ、げっ、て!」
エレベーターの扉が閉まる。
「いや……なんでもないよ……」
きらなが視線を逸らす。彼女を発信源として隣の家に住む姉に知らされるのではないかと危惧したが、自分から墓穴を掘ることもないだろうと口を閉じた。
「さらんを迎えにきたの?」
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