第6話 取引き
きらなは納得のいかない表情を浮かべながら点数表をめくっていた。
自分が出た試合は随分前に終わっており、結果は周囲の予想通りに黒星。事故はなかったがきらなを起点とした自爆点が多く、相手チームはほとんどなにもしていない。
きらなの一人相撲で試合が終わっていたようなものだった。
それを責めるチームメイトは一人もおらず、結果に不満を言う者もいなかった。それよりも無事故で終えられたことに安堵しており、結果の如何は気にしていない様子だ。
楽しむことが目的であって、勝負に勝つことを重要視しているわけではない。
一試合目で問題が起こってこの親睦会が流れてしまうことを最も恐れていたのだから、そうならないだけでも僥倖だった。
まあ、きらなだけは勝てた勝負に勝てなかったことで不機嫌さを隠そうともしないが。
「……点数、いじってやろうかな」
どうせ誰も注意深く見ていないだろうし、と小さな悪戯心が芽生えた。
「きーらな。一枚、多くめくってる」
と、コート上から注意をしてきたのはれいれだった。……よく見ている。
「あ、ごめーん、ついつい間違えちゃって」
「嘘だね。きらなって、言葉を伸ばす時は大概人を小馬鹿にしてるか、嘘吐く時だからすぐに分かるよ」
思い返せば確かに、と自覚があったのできらなも言い返せなくなる。
「ほらほら、めくり直して……この後もちゃんと見てるからいたずらしないように」
れいれが意識をコート上に戻し、ボールを受け取りサーブ位置に立つ。
試合を横で見ていて気づいたが、れいれは運動神経が良く、周りに打ちやすいトスを出してサポートしていた。魔法少女の活動のおかげなのかもしれないが、それ以前にスポーツでもやっていたのかもしれない。
「…………きらなの癖を、なんでそんなに早く見つけて……!」
「こみどりちゃん?」
片側の点数表をめくる役目のこみどりちゃんがれいれを睨み付けていた。
どんよりと黒いオーラが彼女の周りに漂っており、話しかけづらい。
周りも気づいて、こみどりちゃんから距離を取る。
きらなも今は触れないようにしようと、任された役目を果たすために点数を直した。
コートを見ると、れいれがサーブをしてボールを向こうのコートへ運んだところだ。
ボールの下から打ち上げる方法で、おかしくはないがれいれほどの運動神経があるならプロ選手がするような方法でサーブが打てるようにも思えた。
ボールが何度か上がって落ちてを繰り返し、ネットの上を行ったり来たりする。
長いラリーが続き、偶然、れいれにチャンスボールが巡ってきた。
「雨谷さんお願い!」
チームメイトの声にれいれの上履きが、きゅっ、と床と擦れて音を立てた。
ここで別の人にトスはできない。ルール上、それは違反になってしまう回数だ。
だかられいれがアタックを決めるしかない。体勢的にすぐに跳ばないと間に合わない。アタックの方向も手の振り方も絞られてしまい、無理に別のやり方を試そうとすれば点数が入らない可能性が高くなる。そして、ゲームは終盤、盛り上がっているシーソーゲームだ。きらなの試合のようにつまらない自爆で幕引きにはさせたくない。
れいれが跳んだ。振り上げた手の平がボールを捉えて相手のコートへ突き刺さる。
周囲が、わっ、と盛り上がり、れいれのチームがマッチポイントになる。
「最後、決めてよね、雨谷さん」
「…………え、う、うん。任せてよ」
ボールを渡される。アタックを決めたれいれが、変わらずサーブをする役目だった。
ボールを受け取り、定位置へ歩くれいれの表情に、影が差していた。
……やっぱり。
「こみどりちゃん、ちょっと行ってくる」
れいれがサーブフォームに入り、ボールを手から離す瞬間、
「れいれ」
と、彼女の背中から声をかけた。
「え、ちょっ、きらな!? なんでここに……いたずらはダメだって」
「腕……肘? 怪我してるでしょ? 痛いなら無理しない方がいいよ」
きらなの小柄な体がれいれの体に隠れてしまい、周りは気づいていない。
サーブをしないれいれを不審に思うが、声をかけて急かしたりはしなかった。
遊びとは思えない緊張があるので集中力を高めているのだろうと誤解してくれている。
「……なんともないよ。サーブを打つくらい」
「そうには見えないから来たんだけどね。わたしも手伝う。左手出して。わたしが後ろから補助してあげるから」
肘が悪そうな右手を使うのは控えた方がいいだろう、となると左手だ。
だがれいれは左手を使うことには自信がないと言う。だからきらながれいれの左手に自分の手を添えて、振る力を貸す。
ボールのどこを打つのか、そういう技術はれいれに丸投げしよう。
「きらな……ありがとう」
「ううん、いいよお礼なんて」
そして、二人の力が合わさったサーブが相手のコートに届き、ラリーが始まった。
結果を先に言ってしまうと、この試合、れいれチームの白星で幕を下ろすことになる。
「――だって、見返りはきちんと求めるからね」
れいれが新人の魔法少女であり、まだこの地区担当の四人の魔法少女たちと関係を持っていないと知った時点から考えてはいた。
充分に仲良くなるか、恩を売るか、とりあえず前者を目指して接してきたが、こうも早く後者を手に入れることができるとは、想定外だった。
嬉しい誤算、というやつだ。
試合後、点数表を片付けるきらなにれいれが近づいた。
「きらな、さっきも言ったけどありがとね。おかげでみんなをガッカリさせなくて済んだよ」
「ガッカリされれば良かったのに」
ぼそりと呟かれたこみどりちゃんの言葉はれいれには聞こえていないようだった。
「いいよいいよ、だってね」
「見返り、でしょ。さっきは聞きそびれたけど……なにを私に要求するつもり?」
れいれが警戒し、表情を引き締めた。
きらなのことは悪ではないと確信している……が、奇想天外な発想とおこないが自分にも降りかかるのではないか、という恐怖が彼女の体に緊張を走らせていた。
きらなも不敵な笑みを作る。……なにをしてもらおうかなぁ。
「――だ、ダメだよきらな! ……え、えっちなことは……ッ」
きらなを後ろから抱きしめ、こみどりちゃんがれいれからきらなを引き離す。
きらなは「??」と動転した状況に理解が追いつかなかった。
「わたしがいるんだからわたしでいいのに、なんでもするのに、どうしてその子なの!」
「こみどりちゃん、勘違いして」
「――きらなは絶対に渡さないからッ!」
れいれも同じく「??」と理解が追いついていなかったが、周囲のざわめきに酷い誤解をされていると気づいた。
痴情のもつれやら浮気やら憶測が飛び交っている。
女の子同士だけど……女子校だからそういうことも珍しくないのかもしれない。
だとしても、少なくともきらなとれいれはそういう関係ではない。
「いや、あの、違うからね?」
「うるさいこの泥棒猫!」
そんなセリフをまさか自分が言われるとは思っていなかったれいれが押し負ける。
「本当に違うからね? きらなを奪おうとか思ってないから」
「信じられないよっ、きらなに魔法少女っていう餌を与えて懐かせて、懐柔するつもりなのはばればれなんだから!」
「そ、そんなつもりは――もぅ、きらなぁ!!」
鍔迫り合いに我慢できなくなったれいれがきらなに縋り付く。
大声でぶつかり合っていたので体育館の中で注目の的だった。
視線を気にしていたれいれも今では舞台に上がっており、周囲の目も気になっていない。
客観的に状況を見られるのは、中心地にいる三人の中ではきらな一人だけである。
そんなきらなは、二人の会話を聞いていながらもドライにこの場を収めた。
フォローせず自分の願望を一方的に叩きつけるだけだったが、それでこそきらなであり、場が上手くまとまったのも事実だった。
「えっと、れいれにお願いしたいのは、わたしを事務所に紹介してってことなんだけど」
そう、彼女はいつだって、頭の中には魔法少女しかないのだ。
誰が好きで誰のものだとか、そんなことには興味がない。
「わたしも、魔法少女になりたい!」
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