第5話 親睦会
結局、一時間目の授業の終盤で学校に辿り着き、チャイムが鳴り終えたところで教室に入ったが、待機していた教師に捕まった。そのまま職員室へ連行である。
「なんで私まで……」
と、れいれが口を尖らせた。
「雨谷さん、今日は魔法少女の仕事は入っていないって聞いているけど?」
「新しくチームに入るので、その挨拶に、と。……丁度怪人も出ましたし……」
「その挨拶は授業時間でないといけないのですか?」
若く、普段は温厚な教師だが、怒る時はきちんと怒る。
口調や喋り方、表情はそう変わらないが、気持ち的には鬼の面を被っているらしい。
「……スケジュールが、合うタイミングが、ないとかあるとか……」
はっきりしない答えでれいれも視線を逸らす。
そんな曖昧な返事に教師も溜息を吐いて、
「まあ、雨谷さんは初犯ですからそう厳しくは怒りませんけど……事情が事情ですしね。次からは出動の可能性がある場合は予め授業の免除の申請をしておいてくださいね。そういう説明は以前の学校で……あ、そう言えばなりたてなんでしたっけ?」
れいれは魔法少女としての活動は長くないようだ。知っていて当たり前のことを彼女は知らなかったり……、その点、きらなの方が詳しい部分が多かった。
「で」
と、教師の視線がれいれの隣に立つきらなに向いた。
「事情が事情ですからね」
「あなたにやむを得ない事情なんかないでしょう。毎回、毎回……怪人が出たら学校を抜け出して現場に向かうのをやめなさい。危ないでしょう!?」
「はーい、気をつけまーす」
斜め上を見ながらテキトーに返事をする。
「もういいですか? 二時間目が始まっちゃうので」
「あ、あなたねえ……!」
「遅刻したら先生のせいにします」
入学してから一年、きらなは問題児で有名だった。素行や成績は悪くはなく、かと言って良くもないのだが……彼女の問題は魔法少女のこととなると、とにかく見境がなくなる。
授業中でも堂々と抜け出し、危険地帯へ平然と足を踏み入れる。避難指示を完全に無視し、たった一言魔法少女をバカにした生徒を不登校になるほど精神的に追い詰めた……。
「……魔法少女の素晴らしさを説いていただけなんだけど……」と、彼女は言うが。
その手口が嫌がらせの域に入っていたので過激な宗教勧誘にしか思えない。
彼女自身が善意でやっていると言うのだから、教師陣も扱いに困っていた。
が、繰り返される問題行動にそろそろ担任教師も我慢の限界だった。
きらなの問題は、制御できていない担任へ責任が追及される。そうなると職場での彼女の立場が圧迫され、上司へのフォローや根回しなど、日々ストレスが溜まっていく一方だった。
まだ小学校から上がったばかりだし……と、なんとか耐えてきたがもう限界だ。
来年は受験になる。その時もまだ魔法少女とか言っていたら目も当てられない。
だから去年とは違うと担任教師が面だけではなく心も鬼にする。
「反省文、二〇枚」
「にじゅ……ッ!?」
「今日までに提出しなさい。……逃がさないからね……?」
ひっ……、ときらながれいれの背中に隠れる。
鬼のような形相で赤く燃える担任教師と顔面蒼白にして怯えるきらなの板挟み。
れいれは指で頬を掻いて、ぽつりと呟く。
「…………え、それ私も書くの……?」
新学期初日なので教科書を広げるような授業はなく、昼過ぎまでのスケジュールをこなして一日が終わる。同じ『あ』から始まる名字なので、れいれとは席が前後だった。
なので朝から通してこれまでずっと一緒にいたことになる。
魔法少女という共通点があるので話もしやすく、気づけば自然と打ち解けていた。
中でも親睦会としておこなわれたバレーボール大会で距離がぐっと近づいた気がする。
きらなはあの約束を取り付けることにも成功したし……。
更衣室で着替え終えたきらなの背後に気配があった。ぴったりと体をくっつけてくる。
後ろにいる彼女の手が伸び、きらなのジャージのファスナーを上まで閉めた。
「ありがと……、いや、でもこれくらい自分でできるけど……」
「誰なの」
「え?」
上を向くとこみどりちゃんがこちらをじっと見つめて下唇を噛んでいた。
「……転校生と、楽しそうに、話してたから……昔の知り合いだったりするのかなって」
「そういうわけじゃないよ。……うーん、言っていいのか分からないし、まあいずれバレると思うけど……わたしと趣味が合うの」
「魔法少女……?」
即答で言い当てられた。きらなを語ろうとすればまずそれが出るのだから当然か。
「うん。それで楽しそうだったんだと思うよ」
「ダメだよ」
こみどりちゃんの手がきらなの顎に添えられ、ぐっと持ち上げられ、固定される。
力の差で、彼女の拘束を振り解くのは難しかった。
「そっちばっかり、で、私を見なくなっちゃうのは……」
こみどりちゃんの瞳が光で反射する。不安そうな表情をさせないためにも顎に添えられた彼女の手をぎゅっと握る。おかげで彼女の表情も少しは弛緩したようだ。
「見なくなるなんて絶対にないから大丈夫。ほらっ、体育館行こうよ」
「……うん」
こみどりちゃんの手を引いて体育館へ。
すると館内では既にチーム分けがおこなわれており、転校生のれいれが特に人気でどこのチームに入れるかで周りが揉めていた。
最終的にはジャンケンで決め、れいれが一つのチームに加わる。
きらなとこみどりちゃんは同じチームで、れいれとは別のチームだ。
バレー部やバレー経験者は偏らないようにチーム分けされているので一つのチームが有利になることはない。とは言え、経験者でなくとも、やはりこみどりちゃんの身長は対戦相手がまず気にする項目だった。
きらなのチームが試合をする際、
「ちょっとだけでいいからハンデがほしいんだけど!」
「背が大きくてもこみどりちゃんは虫も殺せないくらい貧弱なんだから見逃してよ!」
「いや、虫は私たちも殺せないけど……」
教室に蚊やハエ以上の虫が出た場合はきらなが特に頼りにされる。そのへん、間近で怪人を見慣れているきらなには大きな虫にも抵抗が無くなったのかもしれない。
「大丈夫! こみどりちゃんはそこにいるだけでなにもできないから!」
対戦相手は、まあそうだね……と認めて意見を取り下げた。コートの外からそれを見ていたれいれが一人、え、ええ!? と戸惑っていたが誰かが説明してくれるだろう。
「き、きらな……わ、私どうすれば……?」
「コート上のどこでもいいからいてくれれば、相手の目隠しになるよ」
彼女の存在感はコート上で圧倒的だ。アタックをする際、コントロールしようと思えば目の前に立ち塞がる大きな壁。自然、コースは絞られるし、こみどりちゃんも積極的なアタックはできないが、来るボールを上手ではないが上げるくらいはできる。
特になにをするでもなく、そこにいるだけでチームに貢献してくれるのだ。
だから、どちらかと言えば……、
「きらなはちょろちょろ動かないで」
「なに言ってるの! 今日こそは私がたくさん点を決めて」
「勝手にコート上を走り回られるとぶつかって事故になるし、危ないからやめて」
「というかきらな、ネット越えてアタックできないでしょ?」
……チームにとって邪魔なのはきらなだったりする。
が、まあ本気の試合ではなく親睦会なので楽しめたらそれでいい。
事故だけは起こさないでくれればチームメイトもきらなを無下にしたりはしない。
場を見て弁えてくれればいい、というだけの話なのだが……、
「あったまきた……ッ! 意地でもハットトリック決めてやるから!」
「それはサッカーね」
試合が始まる前から分かる空回りに、チームメイトがうんざりした表情を浮かべた。
こみどりちゃんだけが、キラキラと瞳を輝かせて、がんばれっ、と応援していた。
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