第4話 魔法少女になる方法

 中身が飲み干され、空になったティーカップがテーブルに置かれる。


「さて、怪人も捕縛したし、これで仕事は完了よね。……ふぅ、魔法少女特権で授業をいくつかパスできるのは助かるわ。良い気分転換ね、学び舎でずっと閉じこもっていても息苦しくなるだけだもの。……私はのんびり学校に戻るけど、あなたは?」

「私も戻ろう」


 椅子を引いて立ち上がる二人の魔法少女。

 きらなはこのままではいけないと返す言葉を探したが、なにを言おうと彼女たちには響かない気がする。

 実際、魔法少女になって彼女たちは裏方の事情を知っている。きらなのように輝かしい場面だけを見ているわけではないのだ。

 なにも知らない子供の言葉を聞いて意見を改めるほど、彼女たちも自分の言葉が軽いものだとは思っていないはずだ。


「きらなも戻りなさい。今日は始業式なのだろう?」


 怪人警報に乗じて抜け出し、ここまで来たのだ。怪人が倒された今、授業が通常通り始まっているはずだ。

 早く戻らないと教師が勘違いし、きらなを探しに外に出て、最悪、大きな騒ぎになってしまう可能性もある。


「……うん、戻るよ。戻るから、さ……」

「ダメだ」


「まだなにも言ってないんだけど……」

「分かるさ。毎回、会う度に言われているんだ、答えはいつもと変わらないよ」

「……紹介くらい、してくれたって……」


「きらなは憧れの魔法少女になるためにコネを使うのかい?」


 言われてまたもや、きらなはなにも言えなくなった。

 通常、魔法少女になるためには個人プロフィールを送って書類審査を通らなければならない。

 だがきらなは今のところその書類選考すら通れない状態だ。


 魔法少女からの紹介、推薦であれば書類選考はパスすることができる。

 身近な存在に魔法少女がいるきらながそれに縋るのは自然の流れと言えた。


「ズル、とまでは言わないさ。魔法少女の才能があれば、その方法を使う者はいる。ただしそういう場合はスカウトする側の選択だけどね」


 そもそも才能があるのなら書類選考で落ちていないのだ。

 暗に、きらなには才能がないと言っているのと変わらなかった。


「良かったわね、理想を捨てなくて済むじゃない。それが幸せかどうかはともかく」


 お嬢様の少女がパラソルを畳み終え、着信があったスマホを取り出した。


「今引き上げるとこ。え、被害の請求? なら新沼隊長の口座から引き落としてくださいな。あの人の派手な攻撃のせいだから」


 電話の先は彼女たち魔法少女に仕事を依頼する事務所へ繋がっている。

 だから電話一本できらなを推薦することはそう難しくない。


 魔法少女はなにも怪人と戦うことだけが仕事ではなく、ステッキの力を使えば個々で向いている仕事がある。魔法少女が多くて困ることはないはずなのだが……。


「色々とあるのよ……あなたには分からないだけで」


 そう言って、二人の魔法少女が空を飛んでこの場から去っていった。

 残されていたもう二人の魔法少女も、去った仲間に気づいて帰る支度を始める。


 と、四人の魔法少女の中でも最年長でかつ隊長を務める少女がきらなに近づいた。


「きらな、アタシが推薦してあげようか? あの二人も心配してるだけで、本当にきらなを魔法少女にすることに反対しているわけじゃないんだよ」

「そう、なのかな……」

「もうちょっと大きくなってからだな。だから、実際に事務所に所属するのは先でも、適性だけでも受けてみてもいいんじゃないかなって思うけど――」


「やめな」


 と、口を挟んだのは小柄な魔法少女だ。


 怪人を袋に詰めて、ロープで繋いで引きずっている。まるで死体処理に見え、幼稚園児も行進しているこの時間帯に公道を歩いてほしくない姿だ。


「あいつに言われてるだろ、肩入れするなって」


 恐らく、きらなが慕う姉から、予め忠告がされていたのだろう。


「でも、あんなにお預けされるのもきらなが可哀想だと思わない!?」

「金銭のやり取りを終えてるからあたしは約束を守るだけ。勝手なことをするならあんたでも殴るけど」


「きらな、ごめん。アタシじゃ役不足みたいだ……」


 どうやら彼女も報酬を受け取っていたらしい。こうしてお金を受け取るようなタイプには見えなかったが、常時金欠である彼女なら、切羽詰まって飛びついてもおかしくはなかった。


 きらなも苦笑しながら、


「いいよ、それは仕方ないよ……」

「あんたもさっさと諦めることだね」


 死体を踏んづけ、僅かにきらなより高くなった身長で、彼女が上から言う。


「スカウトされない時点で、魔法少女にもしも運良くなれたとしても、すぐに逃げるか消えるかする。憧れだけでこの業界で食べていけると思わないことを覚えておいた方がいい」

「ちょッ、それは言い過ぎ……ッ」


「怪人、重い。隊長が持つべきじゃないの?」

「え、あ、ごめん――じゃなくてッ! まだ中学生のきらなにあんな言い方しなくても」

「はぁ? ――もう、中学生だ」


 二人が去ったことで、倒壊した一軒家の中できらなが一人取り残される。

 ……才能がない。だけど、努力をすればきっと願いは叶うときらなは信じている。


「……がんばらないと」


 ぐっと、握り拳を作った。


 まずは書類選考を通るように、書き方や、アピールポイントなど変えてみたり、宣材写真の見映えを良くするために髪型を変えてイメージチェンジをしてみようか……などと考えながら振り向いたことで……虚を突かれた。


「うわっ!?」


 背後に人がいて思わず声を出して驚いてしまった。

 足を引くと瓦礫に躓いて尻餅を着いてしまう。幸い、欠けた木材で怪我はしなかった。


「あ、ごめん、まさかそんなに驚くとは思わなくて……」


 手を伸ばされる。

 その少女は青色の衣装を身につけ、片手にはステッキを持っていた。

 大胆にお腹と肩を出しており、見覚えのない魔法少女――あっ、ときらなが声を出す。


 ……忘れてた。そもそも、きらなは彼女を追いかけて、ここまで来たのだった。


 伸ばされた手を掴んで、引っ張って起こしてもらった。


「はじめまして、私、雨谷れいれです。新しくこの地区の担当魔法少女になりました、これからよろしくお願いします」


「え、と……」


 定型句の挨拶をしてくれたところ悪いが、きらなは部外者である。

 怪人が出た現場のど真ん中にいるから勘違いしたのかもしれないが……。

 きらなは申し訳なくて頬を掻き、


「……わたし、魔法少女じゃ、ないんだよね……」


 ――本当に、このセリフは言いたくなかった。


「え? でも……」

「魔法少女は、さっきまでここにいた四人だよ」


 と教えてあげたが、少女はうんともすんとも言わず、戸惑いの笑みを浮かべた。


「……もしかして、見てなかった?」


 きらなよりも先に飛んでいったのに、きらなが追い抜いたどころか、その後もかなりの時間差ができていた。道に迷っていたとしても空を飛べるのなら関係ないはずだが……。

 倒壊した一軒家という派手な目印があるにもかかわらず、だ。


「いや、遠くから確認はしていたんだけど……挨拶の言葉を考えている内に、気づいたらいなくなってて……」


 焦って、その場に残っていたきらなに慌てて話しかけた、らしい。


「……転校生、だよね」

「あれ、よく分かったね。って、あ、同じ学校の制服……」


 今頃気づいたらしい。視野が狭いのか、見えなくなるほど焦っていたのか……。

 挨拶くらいささっと済ましてしまえばいいものを、彼女はなぜか大きく捉えている。


「そりゃそうだよ、新しいチームに加わるんだし、相手は先輩だしね」


 最初が肝心なのだと言う。そのあたり、チームに属したことがなくずっと一人で魔法少女の追っかけをしていたきらなには分からない感覚だった。


「ところで、何年生?」

「二年生。というか同じでしょ……雨谷れいれ、ちゃん。さっき自己紹介してくれたから同じクラスだって分かってるよ」

「あ、そうなんだ。じゃあさっきの挨拶も無駄じゃなかったみたいで良かった」


 すると、彼女が小首を傾げてきらなを見つめた。青髪のサイドテールが揺れる。

 同じようにきらなも鏡映しみたいに首を傾げ、妙な間ができたところで彼女が笑う。


「名前、教えてよ」

「あ、そっか。……きらな。朝日宮きらな」

「じゃあ、よろしく、きらな。……そろそろ教室に戻ろうか」


 待っていても、去ってしまった四人の魔法少女は戻ってこないだろう。

 歩みを進めた彼女が、付いてこないきらなに気づいて振り向いた。


「どうしたの?」


 きらなは顎に手を添え、考え込んだ末に、


「……れいれの手伝いをしてたって言えば、きっと怒られないよね?」


 魔法少女活動による授業免除に乗じようとしたら、彼女が笑った……が、さっきまでとは違って咎めるような表情だった。


「だめだめ、小細工には荷担しないからね」

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