第3話 新沼小隊

 相変わらず荒い戦い方だった。

 他の地区の魔法少女は周辺に被害を出さないように気を遣って戦闘をしているのだが、きらながよく知るこの新沼にいぬま小隊は怪人しか見ていないかのように周りへの対処がなおざりだった。


 倒壊した一軒家……幸い家主はいなかったようで、積まれた瓦礫の隣には魔法少女とロープで縛られている怪人の姿があった。


「…………うぇ」


 怪人の姿はどの個体も禍々しく、見ていて不快になる容姿をしている。

 今回現れたのは、緑色の粘液が全身から汗のように出て滴り落ちている怪人だ。


「汚ったねえもんあたしの頬につけやがって、このっ、このっ!」


 怪人を足蹴にしている魔法少女がいた。

 とても小さな子供には見せられないが、これでも正式な魔法少女の一人だ。


「……あれ? きらなだ」


 ステッキから変化した巨大なハンマーを片手に持つ別の魔法少女がきらなに気づいた。 

 すると、きらなという名前に反応した、後ろにいた二人の魔法少女も気づいて視線をこちらへ向ける。……なぜか日除けのパラソルの下で、優雅にティータイムを楽しんでいた。


「どうしたの? もしかして、また迷い込んだのか?」

「んなわけないだろ、こいつ、分かっててここに来たに決まってんだ、バカなのか?」

「でも、危ないって分かってて近づいてこないでしょ? バカなのはそっちじゃーん」

「あ・の・なぁ」


 チビとバカの恒例のやり取りを横目で見て通り過ぎ、パラソルの下へ。


「ちょっと待てっ! あたしのこと内心でチビって言っただろ!?」

「言ってないよー」


 実際、きらなよりも身長が低い。高校生なのに。

 きらなとこみどりちゃんでも身長差が大きいのに、彼女と比べたら、さらに凄そうだ。


 そんなチビ先輩はバカ先輩に絡まれて四苦八苦していた。

 バカとは言い過ぎだが、実際は理解が遅いだけで時間をかければ理解してくれる。

 答えを出すのが遅いだけで最終的な知識の蓄積はみんなとさほど変わらない。


「何度言えば分かるのかな」


 パラソルの下にいる銀髪の魔法少女から出たのは、冷たい声だった。


「ごめんなさい、お姉ちゃん……」

「謝るということは理解はしているんだね? なのに、この場に来たのかい?」


「……わたしも、一緒に戦いたくて……」

「きらなは魔法少女ではないよね? なら、ここにいるのはおかしいと思うが」


 言い返せなかった。だが、論点を変えれば、きらなにも言いたいことがあった。


「なんで、優雅にティータイムなんかしてるの?」


 戦いがライブ配信されていないとは言え、手を抜き過ぎているにも程がある。

 怪人を前にして戦わずにパラソルを広げて休んでいる魔法少女など、子供たちが見たらどう思うだろう。

 その間、戦っている魔法少女の二人はらしくない乱暴な戦い方だ。


 子供たちの夢が台無しだ。こんなんじゃあ、誰も憧れてくれないだろう。


「いいんじゃない? 別に。どうせすぐに気づくわよ、このくだらない現実に」


 パラソルの下にいるもう一人の魔法少女が紅茶を飲みながら。


「配信がないんだから、気を遣ってそれらしく演じる必要もないわ。魔法少女だって人間なのよ、たまにはサボりたい時だってあるでしょう」

「いつもそんな感じだけど……」


 彼女に関してはパラソルの下で紅茶、レジャーシートの上でサンドイッチなど、よく見る光景である。怪人退治をピクニックと混同しているのだろうか。


「私たちはチームで動いているの。報酬も個別ではなく分配方式。あの二人がやりたいと志願しているのだから、無理に四人で怪人を相手にすることもないでしょうし、こちらが正義だからって四対一は卑怯でしょう。特撮作品で疑問なのだけど、複数人で一体の敵を袋叩きにするのはいいのかしら? 悪を倒すためだからってリンチを正当化するのもおかしな話よね」


 彼女、そこそこのお金持ちのお嬢様なのだが、まさかその口からリンチが出るとは。

 魔法少女をしていて覚えた言葉なら皮肉なものだった。


「ねえ、きらな。部外者は口を出さないものなのよ」

「で、でも……! 魔法少女ファンの意見はきちんと聞いてほしいというか、わたしだって魔法少女に憧れる小さな子供なんだし、失望させないでほしいって言うか……」

「いや、あなたもう中二でしょう……卒業しなさいよ」


 それに、と彼女が指を差す。

 きらなが視線を向けると、小学校にまだ上がっていない子供たちがこちらを見て大はしゃぎをしていた。幼稚園の行進だろうか。


 足を止めた子供たちの表情は全員が笑顔で、きらなは見覚えがあった。まるで過去、魔法少女を見て憧れた自分を見ているようだった。


 子供たちのその表情が、彼女たち魔法少女の人気の高さを証明している。


「怪人が出る、魔法少女がそれを倒す……ようはそれだけでいいのよ。高級ホテルのウェイターじゃないのよ、一字一句一挙一動徹底的にマナーをマスターして実行しなければならないわけじゃない。隙間を見つけてサボっていようが子供たちは分からないわ」


 笑顔で手を振り返す。子供たちが去っていくと、彼女は表情から笑みを消した。


「笑顔なんて、疲れるだけよ」


「…………どう、して。だって昔は、わたしの前でもきちんと魔法少女らしく――」

「まだ私たちも子供だったから。大人になれば分かるわ。現実を知れば、ね」


 彼女は言う。その言葉には、大きな感情がこもっていた。


「理想なんて、現実の前では脆く、すぐに崩れてしまうハリボテなんだから」

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