chapter1

第2話 転校生

 今日もまた、怪人が現れたという報道と共に朝食を取ることになった。

 この手の話題は朝昼夕晩、事欠かずに見ている。いつになっても怪人が悪事を働くことはやめないし、悪事を働く怪人がいなくなることもない。


 個体種は様々で、どこで繁殖しているか、潜んでいるかも分からない。

 敵の勢力は不明、そもそも一枚岩なのかどうかも曖昧だ。組織なのか、個々で活動しているのかさえ……。だから怪人と対をなす魔法少女は後手に回るしかなかった。


 ただ、戦力差は圧倒的に魔法少女に分がある。

 これまで建物の破壊を許してしまった状況はあれど、死傷者を出したことはない。

 怪人を逃がしたケースはあるが、遂に動向を見失った結果もないのだ。


 起きた事件は時間がかかっても必ず解決させる。怪人が多いながらも世間が恐怖に包まれていないのは、魔法少女の実力と実績が認められているからであった。


 加えて、魔法少女も数を増やしている。


「いってきまーす!」


 朝食のトーストを食べ終わり、制服に着替えてカバンを持ち、家を出た。


 朝日宮きらな、一三歳、中学二年生――新学期。


 ――夢は、魔法少女になること!



 クラス替えで親友のこみどりちゃんと一緒になれたことを貼り出されていた表で確認していると……、後ろからぬうっと、現れた気配に気づいて――振り返る前に抱きしめられた。


「……よかった、またきらなと、いっしょ」

「いつも思うけど、こみどりちゃんって体が大きいのによく気配を消せるよね」


 こみどりちゃんはきらなと同級生だが、ぎりぎり二メートルには届かない高身長でよく目立つ、はずなのだが……、影が薄く、そこにいるのに認識されないことが多かった。


 逆に、きらなは小学生に間違われるほど小柄な体格なのだが、身を屈めて隠れていてもすぐに見つかってしまう。こみどりちゃんとなにが違うのか……、と未だに分からなかった。


「きらなは世界一可愛いから……太陽みたいに明るいし」

「そう?」


 きらなは満更でもなかった。こみどりちゃんも、お世辞で言ったわけでもない。

 太陽と評するきらなにくっつくこみどりちゃんは、長く伸びた影のようだ。

 真っ黒なロングヘアが彼女にはよく似合っている。


「きらなも、似合ってる、よ」

「うん。肩のところまで短くしてみたんだ。良いでしょー」


 茶色い毛先を指先で弄んでいると、予鈴が鳴り響いた。


「そろそろ行こっか。……だから、その、離してくれると嬉しいけど」


 こみどりちゃんは未だきらなを抱きしめたままだった。


「やだ」

「子供みたいに、やだ、じゃなくて」

「いーやーだー」

「もう……っ、じゃあこのまま、教室行くよ」

「えへへ……」


 傍から見たらどちらが子守なのかは明確だったが、実際は反対のようだった。


 通りかかった職員室前の階段で、きらなが立ち止まる。

 どうしたの? と真上で首を傾げるこみどりちゃんには答えず、きらなは職員室の扉の隙間から中を観察する。見慣れない女生徒がいたので気になったのだ。


 ……転校生かな。可愛い子だったので思わず目を奪われた。

 すると、後ろから黒い気配を感じ取ったので、すぐに足を動かすことにした。


「ごめんごめん」



 クラス替えをしたが大半は知っているクラスメイトが多いので教室に緊張感はない。名前順なので席が離れてしまったこみどりちゃんが不安そうにこっちを見ていたが、さすがに対角線ほど離れた席へ移動するには遠過ぎる。


 他の人と仲良くなるチャンスだよー、と口パクをして応援していると前の扉が開いた。


 担任教師だ。結局、きらなの後ろの席は空席のままであった。遅刻でなければ、もしかしたら職員室で見た転校生らしき女の子がこの席に座るのかもしれない。

 担任教師は一年の時と変わらなかった。

 自己紹介を軽めに終えて、話題は一つだけある空席について、となった。


「今日から転校生がいますので、紹介しますね」


 教師が扉の外へ顔を出してその転校生を呼ぼうとするが、


「どうぞ……。あれ? 雨谷あまがいさん?」


 その時、クラス全員のスマホが緊急速報を伝えた。

 怪人が周辺に出現したらしい。

 スマホを見てみると、ここから近い場所だった。


「こらこら、落ち着いて! 指示に従って避難を――」


 騒ぐ生徒に意識を割いている教師の脇をすり抜けて、教室を出る。

 窓から騒ぎの方向を見ると、空中を飛んでいる複数の魔法少女が見えた。


 次に視線を下ろす、と、


「…………あ」


 校舎裏に転校生らしき青髪の少女がいた。カバンから取り出したステッキはよく見たことがある。ステッキを空に掲げると、制服が消えて、まったく別の衣装に変わった。

 肌の露出が多く、お腹や肩が大胆に出た青色の魔法少女衣装だった。

 窓ガラスに手の平をべったりつけて、きらなが呟いた。


「わたし、知らない……」


 あんな魔法少女は知らない。……だって、この地区の魔法少女は、四人だ。

 五人目なんて聞いてない!


「……譲らないから」


 きらなは、気づけば校舎を出て青色の魔法少女の後を追っていた。

 行き先は騒ぎの中心部、魔法少女と怪人が交戦している戦場である。

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