魔法少女が嘘をつく世界
渡貫とゐち
第1話 プロローグ
血管が浮かび上がり、体は真っ赤で、右腕が異様に膨らむ二足歩行の生命体。
影に溶け込むほど黒く、巨大な
見る者の誰もが嫌悪感を示す、人間よりも大きな派手な色をしたムカデの大群。
――彼、彼女たちは地球で悪事を働く『怪人』と呼ばれている者たちだ。
生体反応をキャッチし、町中に響き渡る警報音とランプの赤光。
同時に、ランドセルを背負って慌てて校舎から逃げ出す子供たちの姿が見える。
防犯ブザーの紐を引っ張り音を鳴らしている子供がいたが、意味はないだろう。それ以上の音量で鳴り響く警報音にかき消されてしまっているし、もしも近くの大人に気づいてもらえても、ただの一般人に怪人を止められるとは思えない。
校舎の壁を這う巨大な人間大以上のムカデが、直角に繋がる壁と地面にぴったりとくっついて子供たちを追いかける。
複数の足が小刻みに動いて、距離を詰めてきている光景に恐怖と気持ち悪さがあった。
ぴくんぴくんと動く二本の触覚が子供たちに鳥肌を立たせる。
普段なら子供たちの方が残酷にムカデを蹂躙する。大量の土を被せて埋めてみたり、水責めをしては石で潰してみたり。足を毟ったこともあるだろう。
子供たちは理解していないが、突如現れて生活を壊していくという意味では同じ。
その命を奪うかどうかも、強者が選べるのだ。
加害者という自覚がある者ほど、表情が恐怖で歪んでいる。思い当たる節がある者は自分の元へ復讐のために来たのだろうと思ってしまっているからだ。
少年たちが互いに罪を擦り付け合い、挙げ句の果てには誰かを犠牲にして自分だけが生き残ろうと仲間割れを始めた。そんな少年たちの後ろに――怪人が追いつく。
悲鳴が聞こえた。
ムカデの怪人は少年たちを飲み込んで、さらに前方の子供たちを追いかける。
……身近な友達が怪人に飲み込まれた現実が、次は自分だと認識させる。
八方に散った子供たちを観察し、怪人が狙いを定めたのは、一人の少女だった。
ランドセルに付いている名札には『
黄色い帽子が走っている最中に脱げてしまい、思わず足を止めてしまって、気づいた。
――すぐそこに、もう怪人が追いついていた。
「…………ぁ、っ、ぁひぃ」
帽子へと伸びた手が止まる。指先が震え、歯がガチガチと音を立てる。
怪人の口の中で寝転がる、クラスメイトの少年たちが薄らと見えてしまい……、
彼女の中で、なんとか張り続けていた糸がぷつんと切れた。
「――ゃ、いやぁあああッッ!!!?」
その時、ムカデの体が餌に食いついた魚のように真上へ釣り上げられた。
吊され、複数の足が空中を掻くようにわさわさと動き、地面に触れている残りの体がじたばたと陸に上げられた魚のように跳ね回る。
……やがて、ムカデの動きが緩慢になっていき、少年たちを吐き出した後、体が硬直した。
吊されているため、倒れることもできないまま、その場で息絶えている。
ムカデの頭の上に着地する、一人の人物がいた――助けられた少女は知っていた。
月光の下で映えるだろう神秘的な銀髪、体を覆う真っ白な衣装……。
「ぁ、ぁぅ、……ぁ、――あ!」
「怪我はないかい? もう大丈夫だから」
「………………まほう、少女……?」
「そうだよ、だから安心し」
「ち、がう……だって、その声、は…………お姉、ちゃん……?」
銀髪の魔法少女はムカデから飛び降り、地面に落ちている黄色い帽子を拾って、尻餅を着いていた年下の少女の頭へ被せた。
「こうして目の前で会ったら、やっぱり隠し通せない、か――」
「ちょ、お姉、ちゃん……! 頭、がしがし撫でないで……っ」
「行ってくるね。怪人を倒すのが、魔法少女の役目だからさ」
ロングコートのような衣装と同じく真っ白なステッキを再度握り締め、魔法少女が飛び立った。
目深に被せられた帽子を取って、テレビや遠くからでしか見たことがなかった魔法少女。
……その正体がまさか隣の家に住んでいるお姉ちゃんだとは思わなかったけど……彼女の背中を見て、呟いた。
「……かっこいい……!」
こうしてまた一人、魔法少女に憧れる小さな少女が生まれたのだった。
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