第21話  海の世界

 目覚めた僕は、窓から風をまとい、空へ飛んだ。

 自然に背中から翼が伸びて、いちどだけ、羽ばたくと、隣の国まで、一分かからなかった。


「さてと、これで準備は、終わった。海が傲慢でなかったら、この世界に侵入してくるだろうが、来ないだろうな。気の毒だが」 


 ごく普通に、小学校から帰ると母さんの得意料理のハンバーグを美味しく食べて、宿題を終えると、ベッドに入った。


 すでに、七白さん、ゴウライさん、ベクターは、揃っていて、僕は、いつも言っている言葉を口にした。


「ごめんなさい。待たせたね。さあ行こう」


 意思のある海の世界は、近いので、すぐに移動出来た。


 ベクターは、僕のそばで、僕の風に、包み込み、移動した。


「すごいな、はじめ。クーマは、壁を越えるために、8本の尾を引き替えにした。再生するまで、大きな力は、使えないはず」


「そうだね。壁を越える事は、元々あったから、あまりなんとも感じないけど、風の竜の力は、強大だね。使うたびに、怖くなるよ」


 ベクターは、風に目を細めている。今回の作戦は、ツキヨさんの救出が、最も大切だ。そして、ベクターは、その中心的な働きをしてもらわないといけない。


 ベクターが、いちばんたいへんなのだ。

 

 星の上空、大気圏の最も外側から意思のある海を見下ろした。


 すでに海の方は、僕たちに気付いていて、星全体に薄い水の膜を張っている。


「七白さん、ゴウライさん。出来るだけ派手な方がベクターには、都合が良いです」


「マツリから、神の雷撃のオリジナルを預かってきました。これを使いましょう」


 神様の強大な雷撃は、マツリさんの作ったものらしい。元々、彼が作ったものを、より使いやすく改良した物を神様に贈った物らしい。

 僕は、巨大な渦を巻いた風で、水の膜の1点を攻撃すると、ゴウライさんが、強力な雷撃で、同じ箇所を攻撃した。すでに穴の空いたその場所に、七白さんが、オリジナルの神の雷撃を投げつけると、海に深々と雷撃が突き刺さり、水の膜は、消し飛んだ。


 とんでもない威力の雷撃は、マツリさんが、神に渡した雷撃をはるかにしのぎ、海にダメージを与えたようだ。


 その隙に、まるで瞬間移動の様なすばやさで、ベクターが囚われの大陸へ降りていった。


 海の攻撃が、本格化した。惑星のいろいろな場所から、槍と化した水が、猛スピードで、襲いかかってきた。


 僕が、惑星の全てを包み込む様な風を起こす。


 襲いかかってきた水を止めると海から、引きちぎり、粉々にして宇宙にばら撒いた。


 復活出来ない部分は、回収出来ず、永遠に宇宙をさまよう事になる。


 身体中から雷撃と火球を撒き散らしたゴウライさんに乗った七白さんが、大陸から離れた場所に降下して、強力な雷撃を投げつける。


 半径10キロほどの大きな穴を、海底が見える程も深く穿ち、その海水を瞬時に蒸発させた。


 その間に僕は、ベクターと合流して、ツキヨさんを探した。


「はじめ、済まない。まだ、洞窟の入り口は、発見出来ていない」


 めずらしくベクターは、焦っていた。ベクターに限って見逃しは、考えられない。つまり洞窟では、無いという事だ。


(では、何処に隠したのだろう?)


 相変わらず雷撃が、海水とぶつかり合う爆発音が、聞こえている。

 どんなに強力な雷撃でも海を直接攻撃している限り、限界がある。


「ベクター、ツキヨさんを簡単に見つけられる地上に置いておくわけがない。何処だ?」


「しかし、周囲には、山しかない。何処かの山の山陰か?」


 それだと偶然発見される可能性がある。目の前には、高い山だけしかない。安全に隠すなら、山の中か。


「そうか。ベクター、噴火口だ。降りて来るときに、火山でもないのに、噴火口のある山が、ひとつあった。噴火口に似せた入り口だ」


 すぐに記憶を探ったベクターは、山を特定して、噴火口から、突入した。続いて入って行った僕の目には、大きな鳥カゴの様な部屋に囚われた、月の女神の姿が、飛び込んできた。


 姉妹だけあって、七白さんに似てはいるが、もっと大人の雰囲気だ。周囲が、ボウッと光っているが、鳥カゴに繋がっているパイプにその光を吸い込まれている。


「あれが、海のエネルギー源になっている様だ。七白さんが、雷撃を使うたび、ツキヨさんの光が、大きく吸い取られる。あのパイプを壊そう」


 ベクターは、パイプに遠吠えの波動攻撃をぶつけた。大きくヒビが入ったところで、人型の水が、襲いかかってきた。


 人型の集合体を風で、散り散りにすると、更に、左手の手のひらから出した炎で、全て蒸発させた。


 右手に風を集めて、小さな渦を作り、その渦を鳥カゴまで、そっと飛ばしてやる。渦が触れた瞬間、鳥カゴが、バラバラになった。


「ツキヨさんですね。あなたの妹、七白さんに頼まれたものです」


 ツキヨさんは、力を抜かれ過ぎて、目の焦点があってなかった。羽根の様に軽いその身体を抱き上げると、ベクターに乗せた。


 後ろに僕も乗り、ツキヨさんの身体を支える。


「頼むね、ベクター」


「七白様のところへ」


 ベクターのスピードは、とても速く、あっという間に、ゴウライさんの背中から、雷撃を投げつける七白さんに追いついた。


 その攻撃は凄まじく、雷撃が海に突き刺さるたび、相変わらず、海底までの穴を穿った。


「七白さん。ツキヨさんを頼みます」


 僕と、七白さんが、位置を入れ替わり、大きな大気の渦を海水に突き刺した。


 大きな渦は、宇宙まで伸びて行き、触れた海水を吸い上げて、宇宙に撒き散らした。


 宇宙までの渦の数を2つ、3つと、増やしていくと、意思のある海に尋ねてみた。


「このまま、他の命を奪わないと誓えるなら、見逃してやる。僕たちは、神では無いからな」


「その女神は、私のものだ。ついでにお前たちも吸収してやる。そんな竜巻で、消し飛ばせる水の量は、たいした事は無い。全ての水が、吸い出される前にお前たちを吸収してやる」



 聞く耳持たずか。チュールを前にした猫みたいなものか。

 初めて物を食べる事を知ったのだからやむを得ないな。


「七白さん。お姉さんは、本物でしたか?」


「大丈夫。本物よ。確認したわ」


 ツキヨさんが本物なら、もう星ごと破壊しても構わない。しかし、僕は、ポケットから小瓶を取り出した。


「お前の言う通りだ。だいたい海の水を全て吸い上げるのは、疲れる」


 僕は、吸い上げている風を消した。途中まで吸い上げられた海水が、雨の様に落ちてくる。


 小瓶のフタを明ける。


 無数の水の槍が、僕に向かってきた。


 小瓶を逆さまにして、中の液体を数滴、意思のある海へ 垂らした。


 海水の雨に紛れ込み、垂らした僕にも何処か分からなくなった。


 無数の槍が、突然動きを止めた。海がでたらめに波だち、上空から見ても分かるくらい海流が、乱れた。


 吠える様な海鳴りが、絶え間なく起きて、突然波が静かになると、海に宿った意思は、徐々に消えていった。


 神ですら、戦う事を避けた、最強の海は、とてもあっけなく、その意志は、滅んだ。


「動かないわね。意思も感じられない」


 七白さんは、信じられないという顔で僕をみた。


「どうやったんだ?七白の雷撃でもダメージを与える事が精一杯だったのに」


 ゴウライさんが、尋ねた。


「これを使いました」


 小瓶の底には、まだ茶色の液体と、白い泡が少し残っていた。


「それは?」


「これは、僕たちの世界の海の水です」


「そんな事は、ないでしょう。はじめの国の海は、青かったと記憶している」


 七白さんは、上空から僕たちの国を見ているだけだ。


「これは、僕たちの国の物ではなく、近くの国の海の水です。彼らは、一生懸命、海を汚してます。その国の海水です」


「変わっているな。はじめと同じ人類なのか?」


 ゴウライさんの指摘には、笑えた。


「そうです。人といっても、いろいろいます」 


 ツキヨさんに、短剣の光をあてながら、僕は、七白さんたちに、説明した。


「この前、海を見に来た時に、気付きました。海水といっても、真水で、とても綺麗な水で、おそらく純水ではないかという事に」


 海の行動は、合理的だった。初めてオモチャを与えられた子供の様に、ひたすらエネルギー源を求めていた。


 意思のある海は、人間で言えば、潔癖症だったのだろう。あれだけ様々の物を取り込んでいたのに、本体が、汚れる事を避けていた。


 雨の様に降る水に紛れ込んだ、あの液体は、とてもじゃないが許せなかった。

 

 今まで取り込んだものは、自然なものだったが、化学的に合成された、毒には、勝てなかったというところですか。


「人間の作る物は、恐ろしい物なのね」


 それが、七白さんの感想だった。


 僕たちは、いったん黒の森に帰った。





 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る