第15話  火の谷の子供

 火の谷の国には、炎が無かった。  


 とても水が澄んでいる広い湖があったので、虹色の魚たちは、そこに放した。湖付近を漂う様に飛んでいた火娘たちに、魚たちの事を頼み、帰ろうとした。


「七白さん、明日も学校行かないといけないので、そろそろ帰りましょうか」


「もう少しだけ待って。もうソロソロのはずなんだけど。来たわ」


 火の谷の国の文字通り大きな谷に、ひとつふたつと炎が、現れた。


 よく見ていると、赤いものが飛んできて枝の様な岩にとまるのだ。


「鳥ですね?しかも燃えている」


 まるで火娘の様に、ボウッとした炎に包まれた姿は、キジに似ていた、ただ色は、赤く炎をまとっているものと、まとっていないものの区別が、つきにかった。


 1羽がこちらに気づいた。嬉しそうに飛んでくると七白さんの肩に乗った。


「七白様、お久しぶりです。来られると言ってくだされば、みんなで迎えに行きましたのに」


 鳥がしゃべった。


「この火の鳥たちは、とても知性が高く、会話もする。ドラゴンたちと変わらない」


 火の鳥たちは、いわゆる不死鳥らしい。ドラゴンたちは、肉体の限界が訪れると、自ら火球を吐き出し、その中に飛び込む。


 一瞬で肉体は焼け、燃え盛る炎が、消えた後に新たな肉体を持った、幼い姿のドラゴンが現れる。


 火の鳥たちは、自ら発火していちど、灰になってしまう。そして灰の中から新たな肉体を持った火の鳥が生まれる。しかし、それが幼体だとは、限らない。

 だいたい再生も気まぐれで、ちょっとスッキリしたいという人間で言えばマッサージ感覚で再生するそうだ。


「ドラゴンと言えば、とうとう風の竜が亡くなったそうですね。七白様もゴウライ様も仲が良かったのに、とても残念です」


「彼の風が最後に吹き込んだのが、この人間だよ」


「はじめさんですね、ご心配なく。虹色の魚たちは、私たち火の谷の者が責任を持って面倒をみます」


「魚たちの事、よろしくお願いします。ところで、何故僕の名前を知っているのですか?」


「彼等は、この谷からほとんど出ないけど、別の世界で起こった事までとても詳しい。だからはじめの様に人間でありながら越える者で、しかも風の竜の最後の風を受け止めた者は、知っていて当然だと思うわ」


 七白さんが、解説してくれた。


「ところでフルンの姿が見えないけど?」


 火の鳥たちは、苦笑しながら説明した。


「ひと月前に、灰になったまま、まだ再生してきません。でも灰になる前に七白様が訪ねて来たら例の洞窟へ寄って下さいと言ってました。はじめさんもご一緒されるなら、酸欠に気をつけて下さいね。フルンのお気に入りの場所なので」


「ありがとう。はじめは、風の竜の力を使い始めている。大丈夫」


 七白さんが言った事に思い当たる節がたくさんある。僕は、この先どうなってしまうのだろう。


「フルンとは、別の話ですが…。卵を温めている子がいます」


「珍しいわね。あなたたちに新しい子が出来るのは」


「はい。その子は、突然子供が欲しくなったようです」


 元々、不死の存在である火の鳥に、子孫を残すという考えは、希薄だ。

 永遠の命の代償だ。


「今回卵を授かったネムルという者ですが、卵を温めている巣の中に、何か別の物があると、ネムルの友だちが伝えてきました。七白様たちがお捜しのものかもしれません」


「月の欠けらか?あり得ますね。そのネムルちゃんは、何処にいるか教えてくれますかか?」


 ひょんな事から、もうひとつ欠けらの手がかりが出てきた。


「ここからずっと200キロほど南、フルンの洞窟の反対側のナルソ山という山の山頂にネムルちゃんが、卵を温めています」


「分かったわ。はじめ行くわよ」


「送って行きます。私たちもネムルちゃんの事は、気になるので」


 いくら火の鳥といってもキジほどしか無い大きさの鳥が、どうやって僕たちを運ぶのかに、とても興味があった。


「マツリ様に作っていただいたワゴンがあります。どうぞお二人でお乗り下さい」


 目の前に、魔法が解かれる前の豪華なシンデレラの馬車の様な乗り物が現れた。

 汚れひとつ無く、純白と金で、出来たその乗り物には、車輪がついていた。


 僕たちが、乗り込むと、2羽の火の鳥が、御者台に設えた止まり木に止まった。すると音もなく、車の側面から翼が伸びて羽ばたき始めた。

 前方に走り出したその車は、すぐに離陸して、空を飛び始め、快適の空の旅になった。


「マツリもいろいろな物を作るのね」


 どうやら、マツリさんは、七白さんの知り合いらしい。


「マツリさんというのは、どなたですか?」


「弟よ。そのサンダルの持ち主」


 七白さんに、そう言われて、僕は気づいた。

 僕は今、本来の小学生の姿をしている。裸足で部屋を飛び出したはずだ。しかし、夢の中で大人の姿をしていた時に、サイズがピッタリのサンダルを履いている。


「サンダルの持ち主は、はじめに変わった。必要がないときは、別の形になっている。サイズなんて当然持ち主に合わせるわ」


 別の形とは、どんな形だろうと思ったが、火の鳥の飛行速度もドラゴンに負けない様で

大きな山が、早くも現れた。


「あれがナルソ山です。ネムルちゃんは、頂上付近にいるということです」



 







 

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