第12話 湖の底の世界
僕は、ベッドの中で目覚めた。
ゆっくり寝返りをうって、目覚まし時計を見る。
9時だ。
「しまった。寝坊だ」
思わず文句が出た。
飛び起きる。
ダイニングで、パンを探す。
「お母さん、何故起こしてくれなかったの。これじゃあ、思いっきり遅刻だよ」
母親は、笑っている。
「今日は、日曜日よ。珍しく寝坊してたのは、日曜日だからじゃ無かったのね」
そうか、遅刻かと思った。起きてしまったので、とりあえずパンとミルクで、朝食を済ませた。
「今日は、どこかに遊びに行く予定なの?」
母さんが、日曜日毎に言うセリフが始まった。
「遊んでばかりいないで、もうそろそろ勉強しないとダメよ。有名私立中学行かないと、先々苦労するわよ。それくらいの余裕あるんだから」
小学生も5年になると、いろいろ苦労が増える。
こんな時は、黙って部屋に戻って、宿題でもするふりをするに限る。
父さん直伝、母さんに逆らうな。逆らっても何の得にもならない。
逃げる様に部屋に戻り、窓を開くと暖かい春の匂いが部屋に満ちる。
見上げると、青い空に白い雲が浮かんでいる。
唐突に、春の風に乗ってあの雲まで飛んで行きたいと思った。
「そんなアニメみたいな発想をするとは、僕も子供だな」
実際子供なのにと苦笑しながら、独り言が出る。
しかし、窓から風が吹き込むと僕の身体が浮き、吸い出されるように外へ出てしまった。
ゆっくりと空を登って行く。
風がさらに集まって、少しずつスピードが上がっていく。
(どこかで体験した感覚だ。どこでの体験だろう)
考えている間もスピードは、増していく。
地上から見るとポッカリ浮かんだ雲は、すぐに近づいてきた。
よく見ると、その雲は、変わっていた。周囲の雲は透明感があり、光の反射で金や銀に輝いていたが、その雲は透明感が無く白が濃かった。
それでも、雲の上に出ると、何と雲の上に人がいた。
「遅いわよ」
「七白さん。こんな所まで。ありがとうございます」
何故だ。何故僕は、この女の人を知っているのだ?
確かに知っている。こんな空の上の雲に乗っている綺麗な大人の女の人を僕は何故知っているのだろう。
「はじめは、素直だね。まあそこが良かったんだけどね。そろそろ思い出してもらわないとね」
風に乗って飛んでいる僕に手招きすると、僕は、吸い込まれるようにその人の方へ、移動した。
「では、術を解くよ」
七白さんは、いきなり僕の頬にキスをした。その瞬間、僕は全てを思い出した。
月の欠けらの事、黒の森での出来事、ドラゴンたちの事、そして行ったことも無い世界を救うために、自分自身を犠牲にする事に、躊躇しなかった風の竜。
「七白さん、僕は小学生だったのか?」
「そうよ。あなたが探偵で人探しが、得意にしていると思い込ませれば、話としては、自然でしょ」
なるほど。全ては、夢の中の事と思わせない設定だった。
「これは、風の竜に入っていた欠けらよ。魔剣にしまってね」
しかしこの姿では、魔剣という名前の短剣は持っていない。
「風の中からなんでも取り出せるでしょ」
そんな馬鹿なと思いながらも、突然巻き起こった小さなつむじ風に手を探ると、すぐに魔剣に触れた。
風の竜に侵入していた欠けらを回収すると、七白さんに質問してみた。
「もしかして欠けらは、この世界にもあるのですか?」
「そうよ。跳び越える力を持つ者は、ほとんどいない。キル、ミーたちもドラゴンの世界くらいなら簡単に行けるだろうけど、この世界ほど、はっきりした境界があるところは、難しいわ。今回は、私たち2人で探さないといけないわ」
そうか、今回は、みんなの助けは無しか。キズミだけど。
「まず何処から探しましょう?」
「多分この辺りとしか分からないの」
それは、またアバウトな。
スマホを取り出して、探してみたが、この周辺で、隕石落下や、原因不明の火事のニュースは、しばらくない。
ということは、隣接する海か、小さな湖しかない。
「七白さん。この街には、小さな湖があります。そこから探しましょう」
その湖を知る者は、ほとんどいなかった。この街で子供時代を過ごした者は、1度は訪れ、遊んでいるはずなのに、大人になると、存在を忘れてしまう。
そんな不思議な湖だ。
僕は、まだ現役バリバリの小学生なので、湖の事は、忘れていない。
七白さんを風の中に包み込み、湖へ降りていった。
鏡の様に波ひとつ無かった青い湖面を 僕の風が波立たせる。
のんびりと泳いでいた、魚たちを脅かしたかもしれない。
短剣の柄の底をはずす。
「このまま湖面ぎりぎりを飛んでみましょう」
「この湖は、そんなに深く無さそうね。これなら欠けらがあれば、飛び込んできそうね」
僕の風の中でも、七白さんの髪は少し揺れるだけだ。白いワンピースの裾も乱れない。
「あら?まだ小学生と思っていたのに、スカートめくりがしたいなんて、少し大人に近付いて、女の人に興味でたのかな?」
「そんな気はありません。もっと真面目に欠けらを探しましょう」
もちろんスカートめくりをしようとは、思わなかったが、何故か顔が赤くなった。
湖中央のいちばん深そうな場所へ来ると覚えのある手応えが柄から伝わってきた。
まるで魚が釣れたような手応えだ。
このまま少し待てば、欠けらが飛び込んでくる…はずだった。
ズボン!!
僕たちは、突然、湖に引き込まれた。僕は、溺れる恐怖であわてたが、七白さんが全く濡れていない事に気づいた。
風の壁が、湖の水から僕たちを守っていた。
「はじめの中には、風の竜が吹き込んでいるわ。全ての竜の力を使えるとは、思わないけど、これくらいでは、何ともないはずよ」
そうだった。前回意識が、飛ぶ直前に竜が、風になって僕の中に吹き込んだ。
「それにしても、私たちを引き込む力があるとは、どういう存在かしら?」
よほど巨大な存在に、欠けらが侵入してしまったと考えられるが、七白さんは、相手に出会う事を楽しみにしているようだ。
湖の透明度は、結構良いので、魚の多さにびっくりした。
普段、この湖で、魚釣りをすると、ほとんどボウズだ。てっきり、魚が少ないと思っていた。
湖の底は、部分的に深くなっていて、光が届かなくなってもまだ、下に引っ張られた。
七白さんの指示で短剣を抜くと、刃が光って周囲を照らした。なかなか便利な剣だ。
急に横に引っ張られたのは、それから、しばらくしてからだった。
湖が、海につながっているのかと思ったが、それにしては、方向が違う様に思える。
さらに引かれる方向が、上を向き出した。
引かれる力のままに動いていると、突然、水の無い広い場所に出た。海では無く、湖と同じくらいの面積のとても広い平地だ。
ただ、とても寒い場所だ。水の中ではないが、出来そうだと思ったので、七白さんと僕を包み込む空気の温度を少し上げた。簡単に上げる事が出来た。風の竜の力は、すごい。
「私、ここに来たことがあるわ」
七白さんが、不意に言った。
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