第10話   風の竜

 意識を取り戻すと、ネイピアの背中にいた。


「あら、目覚めたようよ」


 七白さんの声だ。


「では、少しスピードを落とします」


 ネイピアが七白さんに答えている。


 状況が、呑みこみ初めた。僕は、七白さんに抱きとめられ、眠っていたようだ。暖かく、柔らかい身体の感触がとても心地良い。


 しかし、意識がハッキリし出すと、慌ててしまった。


「すみません。七白さん」


 あわてて、立ち上がろとすると、強い力で抱きとめられた。


「あなたのために、私が、ネイピアの上にシールドを張っているの。シールドから出ないでね。もう酸素も薄いわ」


「風の竜のところまでは、もうそんなに距離は、無いわ」


 七白さんが張っているというシールドの中は、快適だった。


「これなら、パイに乗っていたときも、シールドを展開してくれれば良かったのに」


「人間の肉体が、そんなに弱いとは、思わなかったのよ」


 自分だって人間だろうに。こんな事が出来るのだから、魔法使いかな?

 魔法使いも人間だよな。

 まさか本当に女神様?それは、無いか。

 美しさは、本当に女神様級だが。

 それにしても何故、月のお世話係なんかしているのだろう?


 再び抱きとめられて、七白さんの柔らかさを実感する。

 

「見えてきました。たぶんあれですね」


 ネイピアの言葉に、ふたりで立ち上がった。


「本当。久しぶりに見るわ」


 七白さんは見つけた様だが、僕には、分からなかった。


 前方にあるのは、おかしな色をした入道雲があるだけだ。この世界の住人の目が良いのか、僕が、悪いのか。


「目の前に見えているでしょう」


 可笑しそうに七白さんが言う。


「僕には、雲しか見えませんが…」


 言いながら、違和感を感じた。

 雲?たしか雲なんてはるか下のほうにあるはずだ。

 では、雲だと思った前方の馬鹿でかいものが、まさか風の竜。


「では、あれが?」


「やっと気づいた?」


「大き過ぎるでしょう」


 大きくても、クジラくらいだと考えていた

僕の予想を大きく裏切った。


 まるで雲のようだ。体長で10キロ以上、さらに同じくらいの長さの尾がある。

 広げている翼は、やはり20キロ以上はありそうだ。


「大きいからね。この世界に住む者を驚かしたり、恐怖を与えないように、雲にカモフラージュしている」


 ネイピアが、左に回り込み、ややスピードを

上げた。


「風の竜。ネイピアです」


 風の竜は、頭をこちらに向けた。


「久しぶりだな。大きくなった。ネイピアが来たということは、イマジナは、再生かな?」


「はい。今回は珍しいお客さんですよ」


 七白さんが立ち上がった。


「久しぶりですね。風の竜よ」


 長い髪が、風になびく。


「これは、七白。何千年ぶりかな?」


「そうね、あなたが、天界へ立ち寄ってくれたときからだから、二千年ぶりかしら」


 こういう話は、隣で聞いていると、


「お釣りが、二百万円」


 そんな、関西のギャグと変わらない。


 しかし、竜がそんなジョークをとばすだろうか?


 仮にその話が本当なら、まだ少女の様な七白さんの年齢は、どうなるのか?


「七白、この人間の様に見える方は、どなたかな?何か悩み事を抱えておられるようですが」


「人間だよ。ただし境界を跳び越える能力を持っている」


「珍しいな。駆け回る人間か?わたしのお仲間ですね」


「偉大な風の竜よ。問題は、お前の飛ぶ高度が、下がり続けている。私が砕いてしまった月の欠けらがお前に侵入して、いたずらしているのかも。取り除かなければ、この人間の世界へ墜落する」 


「なるほど。それを阻止しようと来られたわけか。確かに衝撃があったが、欠けらがどこに入っているか、私には分からんな」


 そうだろう。こんなに大きな身体をしていては、あんなに小さい物が、小さい破壊をしても分かりにくだろう。


「七白。私の背中の中央に、星の男の子と女の子が、100年ほど前から住んでいる。彼らなら月の欠けらが私の何所にあるのかもしっているかも」


 僕たちは、風の竜の広い背中を星の子供たちを捜す事になった。


 送ってくれたネイピアと分かれると、七白さんと二人きりになった。何故か心臓の位置が分かる。


 ネイピアに乗り探すつもりでいたが、それは出来ないと、断られた。ドラゴンは、風の竜よりも高く飛んではいけないという取り決めがあるらしい。


 風の竜は、ほとんど羽ばたかないが、それでも翼付近には、生き物の気配がなかった。

 しかし背中の中心に近づい行くと、まるで森の様に植物が茂り始めた。


「長い年月、ここは、環境を変えないので独特の生態系を生み出したのね」


 七白さんは、感心していた。


 たしかにここにある植物は、地上では、あまり見ない。

 全体に高さがない。おそらく高山植物系なのだろう。


 身体の中央と軽くいうが、風の竜は、生物なので、骨や筋肉の起伏がある。


 その高低差は、やはり大きい。山登りとまでは、言わないが、アップダウンの激しい街を歩いているようだ。


 星の子供たちは、すぐに、見つかった。  

 風の竜の背中で暮らしはじめたのは、100年前ということだが、彼らの姿は、まだ子供だった。


 身長は、僕の腰位までしか無く、抱っこすると、軽さが際立った。

 

 男の子が、アオ。女の子が、クルミという名前だ。


 彼らは、竜に自生している植物の皮を細く裂き、編んだ布でテントの様な家を作り、暮らしていた。


 星の子供たちは、遊ぶ事が大好きで、僕が鬼ごっこや、隠れんぼをしてあげると、眠る一分前まで、飽きずに続けた。


 彼らに、言葉を教えると、わずか一晩で話せる様になった。二人はコミュニケーションに、飢えている様で、ひっきりなしに話しかけてきた。


 僕が、黒の森の話をすると、ぜひ行ってみたいと目を輝かせた。


 月の欠けらについては、思いあたる事が無いそうだ。


 この広い竜の身体のどこかにある、月の欠けらを捜して、歩き回る事は、不可能だ。


「このままでは、世界を突き破るかもしれないな」


 七白さんは、困った顔をした。


「天界に、月の欠けらを捜すため、もっと便利な道具は、ありませんか?」


「無いな。竜に旋回してもらうしかない。何とかその間に、捜し出す事にしよう」


 何とも、のんびりした対策だか、他に手は、無さそうだ。


 竜の頭部へ向かおうとした時、あの音が鳴った。


 何故目覚まし時計なのだ?








 

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