第8話   パイ

 気がつくと、第1の岩山の頂上にいた。今回、僕の顔を覗き込んでいたのは、グルン君よりも大きなドラゴンもいた。


「済まない。また意識を失ったか」


「君が、壁を越えて駆け回る者か?人間では、初めてみたよ。うらやましい」


「初めましてが、気を失っていて済みませんね、ドラゴンさん」


「初めまして。気にしないで。はじめ君ですよね。我らドラゴンの世界へようこそ。僕の名前は、パイです」


 身体を起こした僕は、周囲を見回すと、目が眩んだ。


 とんでもない高さの岩山。しかしそれ以上の山々が無限に続く山脈。


 切り立つ山なので、下を見ると、どこまでも深い奈落が存在する。


 足がすくみ、腰が引ける。


 大きな山の割には、頂上は狭くて、尖った岩の上にドラゴンが器用に立っている。


 僕たちは、ほんの少しだけ出来ている平地に、グルンとキズミが立ち、キズミ君の上にロープにつながれた僕が、グルン君の上にベクター君と七白さんがいる。クーマ君は、何故か空中に浮かんでいた。


「ベクターさんから聞いたのですが、風の竜の様子を見に行って貰えるらしいですね。それなら、ここから、北へ1時間も飛ぶとドラゴンの長〈おさ〉のイマジナが住む山があります。イマジナなら、風の竜の飛ぶ場所へ連れて行ってくれると思う」


 そうか、1時間でとりあえずの目的地には、着きそうだと考えてホッとしていると、

オオカミのベクターが言った。


「パイさん。良かったら長のいる山まで、送ってくれないかな」


「僕は、そうした方が良いと思うのだけど、はじめ君は、大丈夫?七白様やベクターさんたちは、平気だろうけど」


 僕は、2人が何を言っているのか、分からなかった。

 頭から?マーク出しまくりだ。


「えっと。どういう事かな?」


 言葉に出してから、いやな予感がした。


 ベクターさんが説明してくれた。


「ドラゴンたちで、1時間ということは、僕たちでは、2週間くらいかかります。定期的な会議では、いつもイマジナの方からここまで出向いて貰っています」


「そうなんだ。しかし、君の足で2週間という距離を たった1時間で移動するということは、とんでもないスピードじゃないかな」


「はい。パイさんが心配しているのは、そんなスピードにはじめ君の身体が耐える事が出来るかという事です」


 気を失いたくなった。


「僕も連れて行ってくれるかい?」


 グルン君が言った。


「イマジナの山までなら」


「大丈夫だよ、はじめ君。僕が、パイさんの上で、丸くなるからその中に入れば、安全だよ」


 そんな簡単では、無いように思う。ベクターは、それこそ目の前から消えた様に速く動く。それでもそんなに差がつくのなら、ドラゴンが飛ぶ事によって、空間が歪んでしまうか、元々、亜空間を飛んでいるかだ。落ちたら永久にさまよう事になる。


「大丈夫よ。そのロープは空間を超えてあなたをつなぐわ」


 七白さんのひと言で、送って貰う事に決まった。


 心なしか、サンダルの翼の羽ばたきが弱い気がする。


 広いドラゴンの背中にみんなで乗る。重くないのかな?と最初は思うが、飛び始めた背中には、人が思考する余裕を与えなかった。

 

 もちろん風景は見れない。グルンに守られているのに、身体が引き裂かれそうになる。

しかも何故そうなるのか分からない。


 こんな時に限って目覚まし時計音が、鳴らない。


 ん?目覚まし時計音?


 何故意識を失う前に目覚まし時計のアラームが聞こえるのだろう?


 考え出すと、キチガイじみたスピードも気にならなくなり、七白さんに問いただそうとした。


「七白さん。今、気付いたんだけど、僕が意識を失う前だけど、聞こえる音は、僕の目覚まし時計のアラームの音だ。これってどういう事だろう?」


 平気な顔で、ドラゴンに乗っていられる七白さんも相当疑問の残る存在だが、今は、自分の事に関する興味が勝った。


「あなたが、壁を越えて駆け回る者だからよ」


 七白さんの話は、まだ続いた様だったが、聞き取れたのは、そこまでだった。


 またしても、目覚まし時計のアラームが僕を暗黒の世界へ導いた。

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