第6話 短剣
突然目の前が明るくなった。
前回と同じように、キズミ君が心配そうに僕を覗き込んでいた。
「大丈夫?」
「あ、ゴメンね。また倒れたか?」
まだ、ぼんやりする目で周囲を見回すと、前回の記憶の通り滝の傍だった。
おもむろに起き上がると、川のきれいな水に頭から突っ込んだ。
すっきりした頭で見回すと、キツネが増えていた。おそらく彼がクーマ君だ。
「こんにちは。僕は、人間です。風野はじめといいます。あなたがクーマ君ですね」
「はい。はじめさんですね。この度は協力ありがとうございます。私が残した目印をすぐに見つけくれたようで、助かりました」
クーマ君は、とても丁寧な受け答えをするタイプの様だ。
「君がここにいるから、グルン君の事は、心配なくなったのかい?」
キツネのクーマ君は、悲しそうな表情で頭を振った。
「グルン君の移動は、止まりました。しかし身体が動かなくなったそうです。僕は、近くにいた鳥に何かあったときは、知らせてくれるように言って、急いで引き返してきた途中でした」
同時に生まれた兄弟の様な存在なのだから、よほど心配なのだろう。
「七白様。まるで身体を動かす力が全くなくなった様でした。グルン君は、どうなったのでしょうか?」
「彼の姿を見てみないと分からないけど、多分、はじめ君がいれば大丈夫よ」
七白さんが、唐突に名前を出したが、僕には、思い当たる物は無かった。
「とりあえず、グルン君のところまで行こう」
僕は、みんなを促した。
キツネさんは、飛ぶように移動する。体重をまったく感じ無い。
ライオンさんは、一歩がとんでもない長さだ。
これ以上キズミ君の背中に乗せてもらうと痔になりそうなので、サンダルの翼を広げてクーマ君の後をついていった。
元々、樹の密度の薄いこの森の特に樹が少ないところへ出た。まるで公園か、広過ぎるドッグランだ。
最初は、大きなトラックでもあるのかなと、思ったが、電柱のような尻尾が動いたことで、グルン君だと理解した。
巨大なトラ。
ドラゴンをも引き裂く爪と力を持ったその無敵の生き物が、動かない身体で、息も絶え絶えになっている。
「水を飲みますか?」
先程の滝から汲んできた水筒いっぱいの水が、この巨大にどんな効果があるか、分からないが、差し出さずには、いれなかった。
「ありがとう。おや、珍しい。君は人間か?」
「そうです。人です」
七白さんは、よく来ているみたいだから、そんなに人間が珍しくもないだろうけど。
「どこか、自分で感じる具合の悪いところがありますか?」
僕は、尋ねてみた。
「それが、自分では特に何も感じ無いのだ。ただ、ここまで来ると動けなくなった」
「どうして、ここまで来たのですか?」
「それも分からない。ただ来ないといけない気がして」
僕は、クーマ君に尋ねてみた。
「君たちは、普段何を食べているの?」
「僕たちは、何も食べなくても大丈夫。ただ月の光を浴びると元気になるのです」
僕は、七白さんを見た。
「なるほど、はじめ君には、もう何があったか、分かっているようですね。今の話しを聞いて、私もそう思います」
僕は、グルン君に言った。
「グルン君の今の状態は、僕たちは、お腹がすいたと言います。これは君の爪ですよね」
僕は、カバンから拾った爪を取り出した。
「そうです。再生しないのです。爪が、落ちたことは、無かったので、驚きました」
七白さんに言った。
「月の欠けらが侵入する入り口として、爪を落とした可能性が大きい。欠けらを取り出さないといけないと爪を元に戻す事が出来ないと思う」
僕の予想は、以下のようなものだ。
元々、彼らは月の光から、生まれた存在で、体内に月の光を宿していれば活動出来る。
月の欠けらは、発光期を過ぎて、集光期に入ったのだろう。
身体の大きなトラのグルン君は、蓄積した月の光の量も多いのだろう。爪の抜け落ちた穴から侵入した欠けらが、グルン君の中の月の光を吸収している。
「その爪は、どうして抜け落ちたの?」
「何かが空から落ちて来て、爪に当たりました。普通それくらいで、抜けないのだけど、今回は、何故か落ちてしまって、ぶつかった物もみつかりません」
予想通りだったが、僕は困った。
「手術かな?」
無理だ。だいたい欠けらが、何所にあるのか見当がつかない。
突然七白さんが、僕に話しだした。
「魔剣の柄の底は、ネジ込み式なの。外してみて」
こんな時に七白さんは、何を言い出すのかと思わずしげしげと顔を見た。相変わらず澄んだ瞳の美人だ。
「早くしてね。そこは、月の欠けら入れになっていて、近くに欠けらがあれば、吸い込むわ」
僕は、素早く柄の底を外し、爪が抜け落ちた部分に当てた。
グルン君の胸に小さな光りが生まれた。その光、抜け落ちた爪の部分まで移動した。
(コロン)
小さな音がして、小さな欠けらが柄に吸い込まれた。
素早く柄の底をネジ込むと魔剣の刃がボウッと光った。
「元々これは、魔剣ではなくて、月の欠けら入れだったのですね」
七白さんは、いつも通りとぼけた顔で、答えた。
「短剣の形が面白いかなって。完成して名前を考えている時に、読んでいた本が魔法使いの本だったの。だから魔剣という名前にしようと思ったのよ」
七白さんは、黒い大きな瞳と、赤い唇の美人で、スタイルが良く優しいが、天然だ。
「それなら…」
最初から言ってくれと言いたかったが、あの音が聞こえて、僕は、意識を失った。
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