第3話   黒の森で

 気がつくと、黒の森にいた。


 何があったかを思い出していると、七白さんが、姿を現した。


 「早かったのね。ちょっと待たせちゃったかしら?」


「いいえ。確かここは、黒の森」


 頭がハッキリしてきた。ここには、恐ろしい人食いライオンいると聞いていた。


「勘弁して下さい。ここには恐ろしい人食いライオンがいると言うことですよね。ひとりにしないで下さい」


「キル、ミー君の事かな?彼は、人を襲ったりしないわ。というよりは、森の生き物を襲ったりしない」


「しかし、ライオンだって生きるためには、獲物を獲るでしょ」


「しないわ。彼らは森の全てを護るだけ。噂をすれば来たわ」


 地響きをたて、物凄い形相でライオンが、走ってきた。僕は、サンダルの翼を広げて飛び上がった。しかし、またもや、逆さまになった。サンダルの翼は、どちらにでも向く。しかし、これでは、僕が持たない。

 なんとか、身体を上にと、もがく。


 ライオンは、七白さんのところへ真っ直ぐに来ると、足元に犬のように正座した。


「七白様。良いタイミングで、来ていただけました」


「久しぶりね。キル、ミー君」


「七白様。何度も言うようですが、僕は、そんな物騒な名前では、ありません。キズミです。あなたが、名付け親です」


 表情豊かなこのライオンは、拗ねたような顔をしている。

 ライオンの目線よりも少し上を飛んでいたもがく僕に気付くと驚いたらしく、後ずさりした。


「七白様。こちらの方は、どなたですか?」


「人間よ。風野〈かざや〉はじめ君」


 ライオンが、目を見開いて、僕を見た。そして立ち上がった。


 驚いた事に、2本足で立ち上がったのだ。今まで、空中に浮いている分、ライオンよりも目線が高かったが、ほぼ変わらなくなった。


「黒の森の住人、ライオンのキズミと申します。私、越える者には、初めてお目にかかります。どうぞ、よろしくお願いします」


 このライオンは、とても丁寧な挨拶をしてきた。


「こちらこそ。風野はじめです。よろしくお願いします」


 ライオンに挨拶をしたのは、生まれて初めてだ。しかも逆さまだ。

 それにしても越える者とは、どういう事かな?


「七白様。はじめさんは、聞いていた人間の姿と少し違いますね。逆さまの様に聞いていましたが」


「そうね。逆さまだわ」


 七白さんは、軽く流した。


「ところで、キル、ミー君。さっき、私が来たのが良いタイミングみたいに言っていたけど、何かあった?」


「私の名前は、キズミです。何度も言って、すみませんが。そうでした。グルン君が急に行方不明になり、みんなで探しているのですが、見当たらないのです」


 今度は、グルン君か。ライオンというより、鹿の方がしっくりする名前だ。


「でも、グルン君は、あなたの倍もあるトラでしょう。何処にいても目立つでしょうに」


 僕は、空いた口が塞がらなかった。このサイよりも巨大なライオンよりも、さらに大きなトラの存在が想像出来なかった。。


「彼は、気が弱いところがあるから心配です。何とか七白様のお力で、探してもらえませんか?」


「それなら大丈夫よ。この風野はじめ君は、探し出す名人よ」


「そうでしたか。それは心強い」


 困った。僕が捜し出す事を得意にしているのは、身につけたりする小さなもので、サイよりも大きなトラを見つけ出す事では無い。


「とりあえず、グルン君を最後に見た所へ行ってみましょうか」


 七白さんと人の良さそうな(ネコの良さそうなかな?)キズミ君を見ていると、そう言わざるを得なかった。


「では、乗って下さい」


 キズミ君が、背中を向けた。


 七白さんは、慣れているようで、背中にまたがり、たてがみを掴んだ。僕は、七白さんの後ろにまたがり、彼女の腰に手をまわした。


 白いワンピースから剥きだしになった白い足がまぶしい。


 キズミ君が走り出すとその衝撃で、身体が放り出されそうになった。

 腰に回した手に力がはいる。


 移動の効率を考えれば、キズミ君に乗ることは、正解だ。彼が駆ける速さは、とても速く、あっという間に目的地へ着いた。


 その時、またあの聞き覚えのある音が鳴った。


 今度こそ、この音の正体を確かめようとしたが、全てが、闇に落ちた。

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