第2話   天界へ

 その日も、春霞がかかった。


「おはようございます」


 振り返ると、白いワンピースの女の人が立っていた。


 たった今、僕は、この人を思い出した。

 

 昨日の事なのにどうして忘れていたのだろう?


 景色まで、同じ様だ。

 

 霞んでいるせいだうか?周囲の全てが色を無くしたように見える。



「今日は、私と、天界へ行ってくれる約束だったわね」


 そうだった。この人は、月の欠けらを捜して欲しいと僕に頼んできたのだ。


「天界なんてどうやって行くのですか?僕は、空を飛べませんよ。あっ!」


 僕の身体浮き始め、もがこうが、泳ごうがどんな抵抗も許されず、どんどん空を登っていった。


 もちろん、七白さんも一緒だ。

 雲を突き抜けると、大地があり、普通に歩けた。しばらく歩くと宮殿があり、七白さんは、入って行った。おっかなびっくりではあるが、僕も続いた。

 大広間の中央にそれは、あった。


 シャンパングラスだ。本当にあった。


 形は、口の広い、確かクープタイプとかいう奴だ。何処にでも有りそうな普通のグラス。これが何で僕たちの夜空なんだろう。


 ますます信じられず、月の半分が落ちて行ったという地上を覗き込んでみた。


 違う!


 遥か下の方には、確かに地上が広がっているが、僕たちの街とは、明らかに違う。


「七白さん。僕をからかっていません?さすがにこの景色が、僕たちの住む街とは違う事くらいは、分かりますよ」


「こちら側は、あなた方の世界とは、確かに違います。もっと面倒な世界です。そうですね、あなた方は、何と呼んでいるのかな?確か、異世界とか、魔界と言う言葉で呼んでいると思うわ」


 何と!それは、まずい。魔界と言えば魔物がいるのでは?そんな物に襲われたら、人間としてもひ弱な方の僕は、イチコロだ。僕なんて、ハードボイルド小説の主役とは、真逆のキャラだぞ。


「勘弁してください。僕は、ただの人間なので、魔界では、生きていくことさえ出来ません」


「大丈夫ですよ。ほら、これが、魔剣です」


 いや、そんな短剣ひとつで、身を守る事が出来るなら、魔界とは呼ばないのでは?


「とにかく、僕は困るので、他の人をあたってください。アー!」


 僕は、魔界か、良くても異世界へ落下した。七白さんが突き落としたのだ。


「あ!先程も思ったのですが、人間は飛べなかったですね。忘れてました」


 空中で、もがいてる僕に、涼しい顔をして、サンダルを手渡した。

「これに履き替えて下さい」

僕は、気を失わない事が、不思議なくらいの高さから落下中に履き替えた。

 とても生きた心地がしなかった。


 履き替えたサンダルから翼が伸びていき、僕は空を飛ぶ事が、出来る様になった。

 しかし、どう見てもサンダルにぶら下がっている様にしか、見えない。まるでコウモリのように逆さまだ。着地にいたっては、こけてしまった。


「ここは、黒の森ですね」


「黒の森?」


 不気味な響きだ。恐ろしい魔物だらけなのだろうか?


「確か、ライオンのキル、ミー君がいたはず。彼に、聞いてみましょう」


 キル、ミーか、何という物騒な名前だ。きっと何人も人を殺した、人食いライオンだ。


 僕の命もここで終わりか?


 そう考えていると、またもや、あの音が聞こえてきた。


 今度は、なんとなく聞き覚えがあるような、ないような。


 周囲の全てが、一斉に灯りを消したように闇に閉ざされた。



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