目覚まし時計が、鳴る前に
@ramia294
第1話 色の無い景色
早朝の景色が霞んでいた。
ここ数日、抜けきれなかった寒さが、春の空気に変わっていたからか。
僕の名前は、風野〈かざや〉はじめ。職業は、探偵だ。
しかし、名探偵ホームズの様に難事件を明晰な頭脳で解決するのでもなく、アクション映画よろしく、悪者をバッタ、バッタと懲らしめるわけでもない。
せいぜい探し物が、精一杯だ。
しかも、良くて迷子のペットを探してくれ、高価なアクセサリーをなくしたので、見つけてほしい。こちらは、まだ金になるだけましだ。
悪くすると、ガラクタだけど宝物だと主張する子供の依頼なんてものもある。
理想と現実の違いにため息をつき、こんなに朝早くから、思わず空を仰いでいた。
「探し物を手伝ってください」
突然声をかけられる。
振り向くと、飾り気のない白いワンピースを着た女性が立っていた。
とても美しい。
サラサラの髪が印象的だ。
「探し物が得意なのですよね」
その女性が言うとおり、確かにそうだ。
僕は、昔から小銭やスマホ、アクセサリーまで、何故か見つける事が出来て、周囲には、重宝がられる。それが、そのまま職業になったのだ。
いつから探偵をしているのかは、思い出せない。
「大切な物を落としたのです。もちろんつまづいて、落とした私が悪いのですけど」
その女性は、あわてているようだ。大きな黒い瞳には、焦りの色が見てとれる。
一生懸命話している。
この人は、見た目だけでなく、声まで美しい。だが、僕には、話がぜんぜん見えない。
「ちょっと待って下さい。あなたは、いったい誰で、何を探して欲しいと言っているのですか?」
すると、彼女は、慌てすぎて、話が、僕に何も伝わっていない事に、気づいたようだ。
「私は、天界の者で七白〈ななしろ〉美月と言う者です」
その白いワンピースの女の人は、話を続けた。
「いつものように、シャンパングラスに浮かんだ満月に、少しだけシャンパンを注ぎ足そうとすると、床の上に眠っていた猫に、けつまづき、グラスを倒してしまいました。
グラスは何とか受け止めたのですが、満月は、間に合わなかったのです。そして、落とした時に運悪く大理石の床で、割れてしまい、半分は見つけたのですが、半分が行方不明なのです」
(シャンパングラスに月を浮かべる?)
「すみません。僕には、何の事だか分かりません」
七白という人は、目をパチクリとした。そして、ハッと気づいたように、説明を始めた。
「夜空に浮かんでいるお月様のことです。私が毎夜シャンパングラス浮かべると、あなた方には、空に浮かんでいる様に見えるのです」
でも、それじゃあ、空は巨大なシャンパングラスという事になりませんか?
と言いたいところでしたが、彼女の話が続きそうなので、待ってみた。
「つまり、あなたに、その月の欠けらを捜して欲しいのです」
空には、白い、三日月とも半月とも言えない中途半端な月が僕たちの姿を覗いている。
「月なら、あそこにありますが」
「だから、あれは、欠けらなの。最初は、細長い月が、シャンパンを徐々に吸って満月まで膨らんでいくの。でも月は、吸い込んだシャンパンを、光に変えて地上に降り注ぐの。三日月の夜なのに、満月になると困るでしょう。だからシャンパンの量が、重要なのよ。満月になると光に変える勢いが強くなりすぎて今度は、徐々に痩せていくわ。こちらも一気に痩せすぎないようにするのは、難しい。光を出せなくなったところで、2日間ほど休ませてあげるるとまた元気を取り戻す。そうすると、またシャンパングラスに浮かべてあげるの」
七白さんの説明によると、シャンパンの量を調整中の事故だったらしい。
「だいたいどこに落ちたか、分かりますか?」
七白さんは、分からないと言ったので、とりあえず落とした現場に連れて行ってもらうことにした。
そうでもしないと、依頼を引き受けられないと言った。
もちろん、天界なんて僕は信じていなかった。本当は、この変わった話を断わる理由にしようと思ったのだ。
その時、遠くから何か聞こえてきた。聞き覚えがある。
「あら、今日は時間切れなのね。明日必ずお願いね」
それが、最後だった。
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