第3話

「ソフィア、無事でよかった。ある程度の話は先触れから聞いたが、改めてお前の口からも聞かせて欲しい」

 ソフィアの父、ライオネル伯爵が玄関先のロビーで出迎えた。その顔には安堵の色がありありと見て取れた。よほど心配したようだ。

「心配をお掛けして申し訳ありませんわ。それで、お母様のお姿が見えないのですが?」

「ああ、あれはベッドに伏せっておる」

「まあ」

 どうやら、娘の危機の知らせを聞いて卒倒したようである。しばらくしたら目を覚ますだろうと言われ、ひとまずは現状の報告をすることになった。

「なるほど。娘の窮地を救ってくれたことに感謝する。それで、ゴールデンゴールドベアはどこに?」

 ケイジが簡単に場所を教えると、明日にでも回収に向かうとのことだった。なんでも、革が非常に高額で売れるらしい。転んでもただでは起きないしたたかさを持っているようだ。もちろん、ケイジにも少なからず分け前があるようだ。

「ソフィアの命の恩人として改めて招待したいのだが、受けてくれるかね?」

「ええ、喜んでお受けいたします」

 行くところも帰るところもないのだ。ありがたく受けることにした。

 案内された部屋はケイジの住んでいた部屋の何倍もの広さがあった。晩餐の準備が整うまではいましばらくかかるらしい。

【ようやく一息つけるな。それで、ケイジは一体何者なのだ?】

「そうだな、相棒に秘密は無しだな」

 そう言うと、とても信じられないだろうが、という前置きをしてケイジはここまでに至った話をした。

【とても信じられんが、信じるしかあるまい。信じられないと言えば、ワシの転生も同じようなことであるしな】

 確かに、とケイジは思った。記憶を持ったままもう一度生まれ変われるなど、信じられない。たとえ人ではなく、猫の姿だったとしてもだ。

 二人がお互いの近況をはなし、絆を深めていると、晩餐の用意が整った、と声がかかった。

 晩餐はフルコースとなっているようで、一皿食べ終わるごとに次の皿が運ばれてきた。とっておきのワインだと言われ、伯爵自らのワインを頂いた。

 伯爵夫人も復活したようであり、伯爵の隣に座ってニコニコと話している。ソフィアを窮地を救ってくれたお礼を何度も言われた。大事な1人娘なのよ、とも言われた。そんな大事な1人娘をなぜあんな調査に行かせたのかと思ったら、どうやらソフィア自らが志願したらしい。なんでも、自分も領民のために役に立つことがしたいと。働かざる者、食うべからずだ、と。

 そこまで言われるとさすがに伯爵でも断れなかったようだ。領民からの好感度が上がることは良いことだし、まさかこんな事態になるとは思ってもみなかったらしい。

「野生動物が増えてきているのはこの辺りだけなのですか?」

「そうだ。あの森に面した集落で目撃情報があがっている。だが、そのようなことはこれまで何度もあったし、何度も追い払ってきたのだが、まさかゴールデンゴールドベアが森の外縁に出没するとは」

「ゴ、ゴールデンゴールドベアですって!?」

 伯爵夫人が今にも倒れるんじゃないかと思うほどの声をあげた。見ると顔も真っ青になり、本当に倒れそうだ。

「落ち着きなさい。そこにいるケイジ殿が既に討伐したそうだ。明日、その調査も兼ねて回収に向かわせる」

「あ、あら、そうでしたの。取り乱してしまいましたわ」

 ばつが悪そうに下を向いていたが、倒れることはなさそうだ。

「これは本格的な調査が必要だな。ところでケイジ殿、ひとつ頼まれてはくれないか?」

「お伺いしましょう」

「ああ、すまないな。しばらくの間、ソフィアの護衛をしてもらえないだろうか?聞いた通り、これから大々的な調査団を派遣する。そうなると、ソフィアの護衛がままならなくなるのだよ。このようなことがあったばかりだ。親としては娘の安全を第一にしたいのだよ。引き受けてはくれないかね?」

 この世界の知識もお金もないケイジにとってはありがたい話だったので、二つ返事で引き受けた。

 こうしてこの日から、ケイジはソフィア嬢の側仕えの騎士になった。


 翌日から調査は開始された。ゴールデンゴールドベアが出没した辺りを中心に、広く領内を調査するようだ。件のケイジが倒した熊はすぐに見つかり、話が本当であることを知った兵士たちは、本腰をいれてこの件に望むことにしたようだ。装備も戦争中と同じ装いである。

 多くの兵士たちが右往左往するなか、ソフィアもまた、自分ができることを探して右往左往していた。

 あんな目にあったのに、その事をおくびにも出さずに行動を開始したソフィアを見て、ケイジは感心していた。

「なかなかできることではないな」

【ああ、そうだな。あの娘は随分と胆が据わっているようだ】

 だが、何の事はない。ソフィアは単にケイジにジッと見られると心がざわめき、落ち着かなくなっているだけだった。ソフィアは既にケイジを意識してしまっていた。一つ屋根の下で過ごしていればいつか夜這いに来てくれないだろうかとさえも考えていた。そしてそれはソフィアの両親も同じだった。

 森の生態系の頂点を二体同時に相手にできる。それに見慣れぬ傷薬や浄化の光を発生させることができる魔道具も持っている。それだけでも十分に引き入れる価値があった。それに加えてソフィアが恋慕の情を抱いているなら尚更だった。

 そうこうしている内に、予定が決まったようだ。

 生態系の調査に忙しい兵士に代わって各街や村を周り、何か問題が起こっていないか、調査に向かうことにしたようだ。

 当然ケイジも側仕えとして一緒に出掛けて行った。

 ほとんどの街や村では魔物が少し増えたくらいで、特に異常は見られなかった。だが、気になる情報もあった。

「最近、兵士さん達が森や山の中を調査してるでしょう?それでそこに隠れて住んでいた人達が兵士さん達を避けるために、付近に出没するようになったんですよ」

 隠れ住んでいる者、それは恐らく盗賊などの町には住むことが出来ない人達なのだろう。

 犯罪者の情報にケイジの正義感が敏感に反応した。

「ソフィア様、これは由々しき事態ですよ。民を守るのが領主の務め。早速、撲滅に行きましょう」

「確かにそうですが、どこに潜伏しているか分かりませんわ」

「大丈夫です。心配には及びません。私にお任せ下さい」

 そう言うと、ケイジは真紅のバトルアーマー、レガリアを装着した。

 以前に一度だけ見たその姿に、ソフィアはハッと息を飲んだ。

 ケイジの眼前のモニターには既に犯罪者達が光点となり表示されている。

「分かりましたわ。ケイジ様、よろしくお願いしますわ。ですが、無事に帰って来て下さいね」

「了解です。では、行って参ります。しばらくの間、ソフィア様をお願いします」

 ソフィアの側仕えはケイジを含めて三人いた。ケイジは残りの二人にソフィアを任せ、風のように犯罪者の元へと向かった。

 僅か数分後、30人を超える犯罪者がケイジに引きずられてソフィア達の前に現れた。

 その光景をソフィア達は口をあんぐりと開けて眺めていた。

「ケイジ様は本当にお強いですわね」

「あはは、それも、この鎧があってのことですがね。生身の私は普通ですよ」

 そうなのですか?ぜひともお手合わせを、と二人の側仕えに言われ、では、と二人と対峙したのだが、ケイジはあっさりと二人を下した。二人係りでも結果は変わらなかった。

「やはりケイジ様はお強いですわ」

 ソフィアは強い上にその事で傲慢にならないケイジのことを益々好きになっていた。

 次の村に着くと先発隊からの連絡が入った。

「村の一つしかない井戸が枯れかけているそうです。近くに川などの水源もなくて、このままだと村を放棄せざるを得ないそうです。新しい井戸を掘ってもらいたいそうです」

 村長の家にお邪魔し話を聞いたが、先ほど聞いたことと同じようなことを言われた。

「困りましたわね。今すぐに井戸を掘るのは難しいですわ。地下水脈が移動しているようなら調査が必要ですし、工員も連れて来なければなりませんわ」

 さすがに井戸を掘る用意はしておらず、ソフィアは頭を抱えた。

「それならば、私がちょっと見てみましょうか?お役に立てるかも知れません」

 ケイジはそう言うと枯れかけの井戸へと向かった。水脈が移動していたとしても近くに別の水脈がある可能性は高い。ひとまず地下の調査をすることにした。

【何とかなるものなのか?】

「やってみなければ分からないけどね。上手く近場に水脈があればいいんだけれど」

 そう言うと、何やら棒のようなものを地面に突き刺した。

「ケイジ様、これは何ですの?」

「これは地中の様子を調べる道具ですよ」

 そういいながら手際よく付属のコンソールを操作していった。災害時には非常に役に立つアイテムであり、これがあれば瓦礫の中でも土の中でも水の中でも様々な情報を引き出すことができた。

 モニターに映る意味不明な文字の羅列や図形を興味深げにソフィアとアルフが見ていると、どうやらお目当ての物が見つかったようだ。

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