二話運が良かった、それだけだ


さて、どうしたものか

僕は現在、運悪く森で迷っていた

さっきまで面倒臭くて焼いてしまおうなんて

考えていたけど少し考えれば森を焼くのは禁止されているので焼いたら犯罪者になってしまう

そもそもこの森が広いので燃やし尽くせるかも分からないし無謀だった


取り敢えず悩んでいても仕方がないので

一度、手持ちのバックに何があるか確認する


まず短剣4本、冒険者セット一式、携帯食糧、

討伐して回収した魔物の素材、タオル2枚


これといって特に使えそうな物はない

まだ空は明るいがそろそろ沈み始めるだろう

割と詰みそうな状況で泣きそうになる

どうやら自分は違うと思っていたが

まさか例に漏れず迷ってしまうとは

道理で教官の冒険者が注意する筈だ


教官の話では最初は討伐依頼を受けないで

なるべく街の雑用依頼を受けろと言っていた

体力作りでもあるし何より討伐依頼で行く

身近なフェンリルの森は全体に特殊な認識阻害の魔法がかかっていて迷いやすくなっているので

最初のうちは装備を整える為に雑用依頼で

金を蓄えた方が安全だと

情報は冒険者にとって命に関わる事が多い

なるべく依頼は事前に調べてから望んだ方が良いとも言っていた


僕はそれを全て踏まえた上で討伐依頼を受けたのだ

その程度


しかし現実は甘くないらしい

現に見事に迷っている



「うーん。しっかり印を木に付けた筈だったんだけどなぁ...」


帰り道に利用しようと通った道の木々に目立つように印を付けた筈なんだけど...


取り敢えず移動するか





€€€



思えば今日は朝からあまり良くない気がしていた

もう冒険者になって1年は経つ最近はずっとソロで慎重になっていた事もあり、気にする事の無い唯の臆病風だと思っていた


彼女、ノエル・フリッグはシルバーの冒険者である

貴族と平民の間に生まれて妾の子として

育てられてきた

しかし段々とその境遇が嫌になり成人してから家を出て冒険者になった


冒険者になった当初はソロで女ということもあり軽んじられる事もあったが

ノエルには戦闘の天稟があり徐々に成果を

出し始め周りも認めるようになって

次のランクにも昇格が近かった

全てが良い方向に向かって順調だった筈だ

今日までは


「誰か居ないの!?助けて!」


ほんの僅かな希望に賭けて助けを求めるが

声は木々に吸われ返事は返ってこない

所詮は神頼みだ代わりに聞こえるのは自分を殺しに来る捕食者達の唸り声のみ


「なんで..こんな浅い場所にグレイウルフの群れが」


状況はあまり良くない

手持ちの得物の短剣を使い、ノエルは牽制して時間稼ぎに徹し、ひたすら逃げ続けていた

本来の実力なら隙を見て数を減らす事も出来たがそれも片脚を怪我している今では致命的な隙になってしまう

もう体力が持たなくなる

このままではいずれ対応出来なくなり

嬲り殺される未来しか待っていない

今の今まで意識から外していた死がすぐ後ろまで近付いている

どうすれば良いか思考が纏まらなくなる


そしてそれは明確な隙となりノエルを襲った


「!?ぐあッ...」


背後に回っていた1匹に気付かず、首元に噛まれてしまう

すぐに切り落として外すが途端に血が溢れてくる

明らかな致命傷を喰らった


(嗚呼...これはもう助からないかも..)


口の中が自分の血で一杯になり、喉に穴が空いているのか呼吸が苦しくなる


(もう少しで...夢が叶う筈だったのに)



いつもより低いランクの依頼を受けて

いつも通りの探索の最中にパーティー推奨で

シルバーランクの魔物グレイウルフの群れに遭遇し、更に逃げるている時に片脚を捻ってしまい、ここまで追い詰められてしまった

せめて殺されるまでに1匹でも多く道連れにしようと覚悟を決めてグレイウルフの群に向き合おうとする


(...え?)


「やぁ、こんにちは。僕の名前はエスト。

戦闘中に申し訳ないんだけど、ちょっと

道に迷っちゃったから街に行くまで案内してもらえないかな?」


そこにはまるで彫刻の様に固まったまま

動かないグレイウルフと

こちらに申し訳なさの欠片も感じさせない

笑顔で緊張感の無い事を言う少年が目の前に立っていた



€€€



どうやら運が向いてきたらしい

適当に森を移動していたら

他の冒険者が魔物に苦戦してやられそうになっている所を見つけてしまった

しかも女の子で可愛い

助ければ感謝してくれるに違いない

都合の良い展開過ぎて思わずニヤけてしまいそうな表情を取り繕う

まずは、落ち着くんだエスト

ここで失敗したら目も当てられない


天は僕に味方している

あとは助けるだけだ



「・・・・・」


「あれ?もしかして怪我して喋れない系?」


周りを警戒しながら僕が助けた冒険者は

こちらを見て戸惑いつつも頷いた

よく見ていなかった、というか僕の目は節穴だった様だ

首から絶えず血が流れているし口周りも血で汚れている

顔色も良くなくなっている

このままだと案内すらできないで死にそうだ


死なれると困るのでスキルを使う



「ほら、これで喋れると思うよ?」


「?...!?あ、ああ、ありがとうごさいます!」


「いやいや、街に案内して貰えれば充分だよ

それで君の名前を教えてくれる?」


「わ、私の名前はノエル、ノエル・フリッグと言います。そ、それで街に案内と言うのは?」


「実は僕、迷っちゃってたんだ。だから君を助けたお礼として街まで送ってほしいんだ」


まだ落ち着けてないからか言葉は辿々しいが

これは案内してもらえそうだ


「私で良ければ是非。あ、案内させていただきます。...所でその...このグレイウルフ達は倒したのですか?」


「いや?魔法で止めてるだけだよ。

多分もうそろそろ動き出すと思うから離れようか」


「え?は、はい!」


僕が使ったのはただのバインド系の魔法だ

ダメージなんて一切与えられていない


取り敢えず彼女、呼び方はノエルでいいか

手を引っ張ってあげて魔物の群れから離れる

そのまま街まで案内して貰った



「危ない所を助けていただき本当に、本当にありがとうございます!」


「まぁ偶然通りかかったしね、僕も助けて貰ったからお互い様ってことで」


運が良かった、それだけだ

彼女が死んでいないのも

僕が森を燃やさずに犯罪者にならなかったのも

だからお互い様だ


無事、街に戻って来ることが出来た。

街に入った時にはもう既に夕暮れ時だった

森で迷うとこんなにも疲れるのか・・

もう寝たいよ

一先ず依頼達成を伝える為にノエルと一緒にギルドに行く事にした


冒険者ギルドは賑わっていた

酒場では依頼を終えたらしき冒険者達が酒盛りをして盛り上がっている


なるべく邪魔にならないように受付に行き

依頼の納品をして報酬の銅貨60枚を受け取り、待っていたノエルへ話しかける


「ノエルは依頼の報告をしなくて良いの?」


「私は自由討伐なので特に報告しなくても大丈夫です」


「ああ、自由討伐ね」


依頼などではなく自分で狩りたい魔物など討伐すると教官が言っていたな

確かランク制限があってブロンズランクからしか受けれないので

今の僕は受けることが出来ない


「じゃあ、もうやる事ないから解散ということで」


「!?ま、待ってください!お、お礼を私

まだしてないです!!」


「いやいいよ、街案内してくれたじゃん。あれで充分だよ」


「私がそれじゃ納得できないんです!」


面倒くさいなコイツ

僕はもう今日予想外な事あったせいで今すぐにでもベットでぐっすり寝たいしなぁ

さっきからずっと見られてるし、あまり騒いで厄介事にしたくない

ノエルの顔を見ると凄い不安げな顔をしてるそんなにお礼したいのかよ


「別にそこまで深く考えなくても....じゃあ、明日の昼にまたここで会おう。その時に何か奢ってくれる?じゃ、解散ね」


そう言うとノエルの顔は見るからに安堵した

どうやら納得してくれたようだ


「はい!また明日お会いしましょう!」


なんでこの子こんなに元気なんだろ

あ、僕がスキル使ったから全回復したんだ

自業自得か・・・もう寝よう

成人したとはいえ未だに育ち盛りだし





翌日、昼前に起きた

とりあえずシャワーで目を覚ますことにした

宿を出て昨日解散したギルドの中に僕が入ったのは昼過ぎだった

ノエルはずっと待っていたのか入ってすぐに駆け寄ってきた


「ごめん、少し遅刻した」


「よかったです。てっきり来ないんじゃないかって思ってましたよ」


「まさか、悪い事をしたならまだしもお礼を受け取るなら行かないわけないよ」


「その割には昨日直ぐにエストさん帰っちゃったじゃないですか。

あの時本当にびっくりしたんですよ?何とか場を持たせようと話題を

考えていたら解散でって言われて...

とりあえず今日はお金沢山持ってきたので

なんでも奢りますよ!」


「うん、よろしく頼むよ...僕あんまり飯屋

行ったことないからノエルのおすすめの場所で奢ってもらいたいかな」


一食でも浮くなら多少美味しくなくても奢ってもらいたい

僕の所持金は銅貨60枚だけだ

少し高い店に行ったら一瞬で溶けてしまう


「ならエストさん何か好きな食べ物教えて下さい。それを聞いて

私が良いお店をピックアップします!」


「じゃあ美味しい肉とスープがあるお店で」


「はい!それならこっちの通りにあります!行きましょう!」


そのまま枯れ木の灯火という明らかに飯屋じゃないような名前の店に入りご馳走になった

そのあと僕とノエルは店を出て冒険者ギルドで解散する為の帰りの道の雑談中に出身地の話で盛り上がっていた


「え!?エストさんってあそこの孤児院出身だったんですか!?」


「そうだけど...そんなに驚く?」


「ここだけの話なんですが...この街の孤児院から冒険者になった人皆その年で亡くなっているらしいんですよ。原因なんかは良く知りませんがそれで孤児院出の冒険者はすぐに

死ぬってジンクスがあるんです」


成る程、侮れないジンクスだ

現に僕は迷って犯罪者か死体になるところだった訳だし


「孤児院から冒険者って余程の力自慢か学のない馬鹿な奴だと思ってたので意外だったんです」


思ったより辛辣な評価だが実際事実だから

何も思わない


「でも、意外じゃないのかも。

エストさんってまだルーキーですよね?」


「そうだよノエル、君の後輩だ。だからさん付けじゃ無くてもいいよ」


「助けてもらった私が言うのもアレですが。ルーキーがソロで最初から森に入るなんてほぼ自殺みたいな物ですよ!

エストさんはもう無茶しないで下さいよ」


さん付けはどうやらやめる気がないらしい

まぁ個人的に違和感あるだけだしいいか


「勿論だよ。結局の所ノエルが森にいなかったら僕は犯罪者になっていたし。明日からは

ちゃんと雑用依頼で生きていくよ」


「何やろうとして犯罪者になるかは聞きませんが...あ、そうだ!

助けてもらったお礼として暫くパーティーになって冒険者の知識を教えてあげます!

まだエストさんも冒険者になって日が浅いですからシルバーの私でも知識的な面である程度教えられる筈です」


「へぇ?それは心強いね」


ノエルに冒険者について教えて貰える事になった

そのあと冒険者ギルドに戻って

明日の事についてテーブルで話し合う事に


「ではまず最初に明日の依頼を何にするか話し合いましょう」


「初めてだし適当に見繕えば良いんじゃないの?」


「甘いですよ!エストさん一人ならまだしも

中堅くらいの私が居るならより効率の良い依頼を受けられます!」


どうやらノエルの話によると雑用依頼は何もルーキーの為だけの依頼じゃないらしい

基本的に雑用と呼ばれている物は面倒な依頼

が殆どである

掃除の手伝いや捜索、店の皿洗いなど

報酬はハッキリ言って討伐より格段に劣るし

何より時間がかかり過ぎる


「シルバーの私がいれば...護衛依頼も受けれます!」


そう言ってノエルが持って来た依頼は定期的に訪れる商人の護衛依頼だった







「昨日のルーキーさん無事に依頼を達成して戻って来てましたよ!」


嬉しそうに知らせに来たのは後輩シエラだった

ジェフは昨日昼から休みを貰っていた為昨日の少年の安否が分からないままだったので

シエラの言葉に驚いていた


「無事帰って来ることが出来たのか。それも依頼も達成して?あの森から帰って来れたルーキーなど滅多に居ないというのに」


「それなんですが、私が見た限りシルバーの冒険者の方といたので偶然一緒になって助かったんだと思います。

ルーキーさんの方が見るからに疲れてそうでしたし。まぁ助かって本当に良かったですね」


「そうだな、これで懲りてくれれば彼も雑用依頼を受けるだろう」


朝から悩み事が一つ解消されて気分が良くなったジェフだった

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