第11話 古都の情景(中編)
翌朝、ホテルで朝食を取って、早速バイクで向かった先。
そこは、
だった。
この日も、藤原先輩が先導していたが、実はここに来たがっていたのは、意外にも高坂先輩だった。
ここで、最も有名な景色は、もちろん「
「ここの創建は、
「稲荷って、『お稲荷さん』で知られるように、キツネの神様だよね?」
珍しく、高坂先輩がそんなことを口にすると。
「まあ、大体そうですが、正確には、『
そして、俺たちは、かの有名な「千本鳥居」を前にして、立ち尽くした。
道の真ん中に突如、現れる、鮮やかな朱色の鳥居。それが、本当にどこまでもズラーッと並んで、朱色の鳥居のトンネルを作り上げている。
それはまるで、「異世界に続くトンネル」のようにも見える。
しかも、そのトンネルが、見る限り、二本もあり、さらに先にもあるのだそうだ。
特徴的なのは、外国人が多いこと。
あちこちで、英語や、英語の歓声、感嘆符が盛んに聞こえてくる。
「なんで、こんなに外国の人、多いんですか?」
素朴な疑問を聞くと。
「ああ。それはね。近年、この伏見稲荷の千本鳥居が海外でも紹介されたそうで、彼らが思う『クールな日本』という姿に合致するとかで、大人気になったみたいね」
藤原先輩は、そう丁寧に答えてくれた。
ある意味、金閣寺や銀閣寺ならわかるが、この伏見稲荷が人気とは、俺には意外だった。
「それにしても、想像以上にすごいね、ここ!」
子供の用にはしゃぎながら、鳥居をくぐる高坂先輩。先輩は、早くも写真撮影に夢中になっていた。
「そうね。京都のいい思い出になるわ」
と、楢崎先輩。
「でも、ここって結構広そうっすね」
と、本郷が言うと。
「まあね。この稲荷山全体が、巨大な神社みたいなものだからね」
「全部回ると、どのくらいかかるの?」
高坂先輩が、好奇心に満ちた目を向けるが、藤原先輩は、
「そうですわね。ここは、結構な山道ですので、女の私たちだと2時間はかかりますね」
と答えたから、
「2時間! 勘弁してくださいっす」
と、本郷は悲鳴に似た声を上げるが。
「何、言ってんの、本郷くん。せっかくここまで来たんだよ。全部回らないと、損じゃない」
と、元気な高坂先輩は答え、
「ふふふ。実は私も一度回ってみたかったのです。幸い、今朝はまだ早いですし、季節も冬ですから、登りやすいと思いますわ」
藤原先輩まで、乗り気だった。
そのため、俺たちは、この伏見稲荷の「山」自体を登って、回ることになった。
時刻は、まだ朝の8時。しかも冬だから、山登りもそんなに汗をかかないだろうという判断もあったらしい。
千本鳥居から離れ、だんだん人気が少なくなる中、
少し開けた空間に出た、俺たちの前に、京都の街並みが姿を現す。
「さすがに、疲れたっす。休みましょう」
と、一番体力のない本郷が言い、俺たちは参拝者用ベンチに座り、風景を眺める。
「それにしても、すごい数の鳥居だね」
と、ベンチからも見える、数々の赤い鳥居を見ながら、高坂先輩が興味深そうに声を出す。
「大体、1万基はあるそうですよ」
何気なく言った藤原先輩の言葉に、みんな驚いていた。
確かに、1万もの数の鳥居がある神社なんて、他に聞いたことがなかった。
四ツ辻からさらに山の奥へ分け入るように登っていくと、だんだんさらに人気がなくなってくる。
ここまで来るもの好きは少ないのだろう。眼力社を通り、
もっとも、これでも標高は233メートルしかないが。
帰りは、一ノ峰、二ノ峰、三ノ峰と帰り、参道を通って、やっと入口に戻ってきた時には、きっちり2時間経って、10時になっていた。
続いて、楢崎先輩が。
「み、みんな。歩いて疲れただろうから、じっくり見れる観光地に案内するよ」
と前に出たので、みんなそれに従った。
伏見稲荷大社から、バイクで南に10分ほど走ったところで停まった彼女。
目の前の古い旅籠のような建物の、軒先には提灯があり、
と書かれてあった。
「寺田屋って、なんか聞いたことある! 坂本龍馬だよね」
と高坂先輩が、ヘルメットを脱いで、嬉しそうに語ると、彼女の親友だという楢崎先輩は。
「そうそう。いろはにしては、よく知ってたね」
「なんだとー」
「まあまあ」
と二人で、じゃれ合うように、話し始めた。
入ってみると、中はなかなか面白い展示品や、張り紙でいっぱいだった。
中には「
前者の二つは、男の俺や本郷が興味を示し、その由来を楢崎先輩に聞いていた。
後者は、高坂先輩がもっとも興味を示し、
「この『裸のお龍さん』って何?」
と聞いていた。
楢崎先輩は、俺たちに対して、まとめて回答するように、穏やかな声で話し始めた。
「ここの由来になった、寺田屋事件のことよ」
「寺田屋事件って、何だっけ?」
高坂先輩のそんな声に、楢崎先輩は、少し呆れ気味に、
「幕末にあった事件よ。大河ドラマとかでも有名でしょ。実は、寺田屋事件ってのは、2つあってね。一つは、1862年に薩摩藩の
と答えるのだった。
「そんのうじょういって、何ですか?」
何故か、歴史の素人のように聞く、藤原先輩の言葉が面白い。藤原定家がどうの、と言っていた割には、この人もわかってない。
「簡単に言うと、天皇を尊敬し、外国を排斥する、という意味よ」
「で、さっきの話は、楢崎先輩?」
「ああ、刀キズと銃のキズの話ね」
「そうっす」
「あれは恐らく、刀キズの方が1862年、銃の方は1866年だと思うけど、確証はないわ。ただ、坂本龍馬は、長州の
「なるほどね。で、『裸のお龍さん』は?」
やたらと、そこを突っ込んでくる高坂先輩だった。
「それも、割と有名な話だと思うけど、知らない? 1866年の寺田屋事件で龍馬が幕府の役人に襲われた時、たまたまお風呂に入っていて、その役人たちを見たのが、龍馬の恋人だった、『お龍』。彼女は、慌ててたのか、裸のままで龍馬に危機を報告しに行ったという話からよ。ちなみに、龍馬の傍には長州の
すると、
「うおー。うらやましいな、坂本龍馬、三吉慎蔵!」
なんて声に出して言うものだから、本郷はたちまち女子3人から白い眼で見られていた。こいつアホだ。
「そういえば、1866年の時、ここを囲んだのは、幕府の
「新撰組で有名なのは、寺田屋じゃなくて、確か『池田屋』ですよね?」
聞かじった程度の俺の知識で、尋ねると、
「そうね。山本くんの言う通り、新撰組といえば『池田屋』ってくらい有名ね。まあ、『寺田屋』の方は、結構
楢崎先輩は、少し微笑みながら答えてくれた。
そして、去り際に、
「そうそう。実はここ、今でも旅館になっていてね。ちゃんと泊まることもできるそうよ。ただ、いつも予約でいっぱいだけどね」
と言い残した後。
今度は、藤原先輩ではなく、楢崎先輩が豹変した。
「ふふふ。じゃあ、ここからは私のターンね。みんな、
いつもの不気味な笑顔を浮かべ、彼女にしては珍しく、真っ先にバイクにまたがり、さっさと走っていた。
余程行きたかったのだろう。
寺田屋から、京都の市街地を北上し、有名な
楢崎先輩が停まった場所は、壬生寺ではなく、
と書かれた、昔ながらの古い家屋だった。
「楢崎先輩。ここ、壬生寺じゃないですよ」
俺が声をかけるも、彼女は、
「
と書かれた赤地に金色の旗を見つめながら、感激しているようだった。
「いいの。ここは新撰組の
と、何か怪しい目つきを始めた彼女。
あれは絶対変な妄想してるな。というか、彼女の言う「沖田」は多分、新撰組最強の剣士、
興奮を抑えきれていない、何故か鼻息の荒い、怪しい姉さんと化した、楢崎先輩を先頭に、俺たちは、この「八木邸」に入る。
中は、お茶や和菓子とセット料金になっていて、ガイドの人が説明をしてくれた。
それによると、八木邸は、新撰組の屯所として有名だが、初代局長の、芹沢鴨が新撰組によって暗殺されたのもこの場所だそうで、当時の机や、刀の跡などについて詳しく説明してくれるのだった。
まあ、聞いていると、この「芹沢鴨」というのが、かなりあくどい仕打ちをしていて、怒った新撰組の近藤勇や土方歳三が、夜中にこっそり芹沢鴨を襲って殺した、しかもその殺し方は結構エグかったというのがわかったが。
一通り、ガイドから話を聞き、すぐ隣にある和菓子屋で、セット料金に含まれるお茶と和菓子のセットを食べながら、俺は聞いてみた。
「楢崎先輩。新撰組って、リーダーは近藤勇だけだと思ってたんですけど、違うんですか?」
すると、彼女は珍しく真剣な顔で、説明を始めた。と、いうか余程、新撰組が好きなのだろう。目がマジだった。
「それは、後の話なの。実は最初は、芹沢鴨が会津藩にパイプがあった関係もあって、権力を握っててね。初代筆頭局長が芹沢鴨、同じく局長には芹沢の部下の
「3人もトップがいたら、組織はまとまらないんじゃないですか?」
俺の当然の問いにも、
「そうね。だから、要するに、近藤一派にとって、芹沢鴨や新見錦ってのは、『邪魔者』だったわけ。だから暗殺して、権力を手に入れた」
めちゃくちゃマジな眼で答えてくれたが。
「でも、その芹沢さんって人は、散々悪事を働いていたわけっすよね。殺されても文句言えないんじゃないすか?」
本郷が珍しく、そんなドライなことを言ったが。
楢崎先輩の回答は、ちょっと意外なものだった。
「芹沢鴨って人は、元は水戸藩の浪人でね。確かに粗暴なところもあったけど、実は葬式の時に受付を引き受けたり、子供たちが退屈しないように絵を描いてあげたり、一緒に遊んで、子供たちに慕われていたっていう一面もあるの。人間ってのは、一面だけじゃ計れないからね。私はむしろ、近藤勇が権力を握って、試衛館一派で新撰組を固めたいという思惑があったから、暗殺したんじゃないかって思うけどね」
そう、長々と説明してくれたが。
俺は、彼女の意外な一面を見た気がした。要するに、この人、「大人」だと。人間を多角的に見れるし、ドライな考え方もできる。
同年代の男に、こういう考え方ができる奴は少ない。
やはり女性は、精神的に男より大人だというのは、本当なのだろう。
そして、今度は、八木邸の裏手にある「壬生寺」に向かった。
素朴な、どこにでもある寺という感じだったが、境内には近藤勇の胸像があり、また新撰組の事績を現した石碑があったりした。少しのどかな感じのする、落ち着いた寺だった。
その境内を歩きながら、
「この壬生寺の境内で、沖田総司は、よく子供と遊んでいたそうよ」
と楢崎先輩が語ってくれたのが、印象的だった。
「でも、沖田総司って、めちゃくちゃ強かったのよね?」
と聞く、高坂先輩にも、
「そうよ。新撰組一番隊の隊長で、天才剣士って言われるくらいね。でも、子供好きで、愛嬌があったから、子供からは好かれてたらしいの」
「めちゃくちゃイケメンだったってのは、本当っすか?」
本郷が聞くが、
「それは、後世の作り話ね。そもそも写真も残ってないし、同時代の人からの証言でも、美男子とは言われてないの」
「へえ、意外ね」
と高坂先輩は言っていたが、
「むしろ、イケメンで有名だったのは、土方歳三の方ね。若い頃からカッコよかったから、女にモテまくって、ラブレターをもらいまくって、故郷の人たちに自慢していたとか」
「うっわ、土方、ムカつく!」
と、情け容赦ない嫉妬をぶつける本郷。
「そう露骨にやっかまないことね、本郷くん。沖田総司や
意外にも、そう言って、笑っていた。
その後、そこからほど近い旧前川邸に向かった楢崎先輩は。
「おお! こ、これは近藤さんに、トシさんに、沖田くんの貴重なグッズ! 買わねば!」
と、売られている新撰組グッズに夢中になり、俺たちに話をするどころではなくなっていた。
ちょうど、昼になっていたから、俺たちは、昼食と土産物を買いに、京都中心部にある、有名な商店街、「
ここで、女子3人が甘いスイーツを食べたい、などと言うので、ぜんざいやあんみつを食べたわけだが、正直男の俺や本郷にとっては、甘すぎる味だった。
食後、土産物屋を冷かしながら、姉やりっちゃんに頼まれたことを思い出す。
(姉ちゃんには、適当に美味そうな物。りっちゃんには頼まれた和物の雑貨でも買うか)
と思い、一通り回って、姉には、定番の土産の八ツ橋や扇子、がま口のポーチ、椿油を買い、りっちゃんには、和物の
午後、高坂先輩が思い出したように叫んだことで、次の行き先があっさり決まった。
「私、
そう、向かった先は、京都中心部のここからバイクで15分ほどの山すそにある寺。
南禅寺
だったが、こんな渋い寺を選ぶとは正直意外だった。
彼女がここを選んだ理由は、すぐに判明するが。
何故、有名な金閣寺や銀閣寺ではなく、南禅寺に行ったのか。
その理由は、入口にある大きな三門をくぐりながら、高坂先輩が。
「絶景かな! 絶景かな! このセリフ、知ってる?」
と、楽しそうに大声で言って、俺たちに振り向いたからだ。
俺は、思い当たる節があった。
「あ、確か、
と言うと、彼女は、わかりやすいくらい、ニコニコと笑顔になった。
「そうそう。さすが鹿之助くんね。安土桃山時代の名盗賊、石川五右衛門。歌舞伎で演じられた『
と、彼女は言ったが、これってなかなかマニアックなネタだと思うのだが。
しかし、彼女は、上機嫌に、
「絶景かな、絶景かな。春の
と、まるで歌舞伎役者のように、節をつけて歌うように話し出した。
楢崎先輩は、クスクスと笑い、藤原先輩も楽しそうにその様子を眺め、本郷も意外だとでも言うような驚いた表情を浮かべていた。
俺はというと、
「高坂先輩、詳しいですね」
と、意外な彼女の一面に興味を持っていた。
「実は、ウチのおじいちゃんが、歌舞伎大好きなの。だから教えてもらってね」
なんて、恥ずかしそうに口に出していたが。
なるほど。彼女の歴史好き、戦国好きは、この祖父の影響が大きいのかもしれない。大抵、人は何かか、あるいは誰かに影響されて、物事に興味を持つ物だし、思春期なら家族が一番身近だろうから。
その「絶景かな」の三門は、重要文化財だそうで、江戸時代に建てられたそうだ。つまり、石川五右衛門のいた時代からは離れているわけだが。
さらに法堂を見て、本坊へ回る。
南禅寺の本坊は、かなり規模の大きい寺で、
俺たちはその、枯山水の庭園を見ながら、まったりとした時を過ごした。
「確か、この寺は鎌倉時代に造られたのよね?」
楢崎先輩が親友に聞いている。
「そうらしいよ。正確には私も覚えてないけどね。確か、日本の全ての
その親友の高坂先輩が答えている。
「素敵な寺ですね。やっぱり私、金閣寺や銀閣寺、
藤原先輩も、まったりしながら、枯山水の庭園に見とれていた。
「これが、癒しなのかもっすね」
珍しく、本郷まで、ボーっと庭園を見つめていた。
「まあ、ここも
「以心崇伝って?」
「戦国時代から江戸時代初期のお坊さんね。徳川家康に仕えていて、このすぐ近くの『
さすがだ、と思った。俺もこのことは知らなかったし、その坊さんのことも初めて聞いたからだ。
改めて、彼女の歴史好きには、敬意を表す。
その独特の言い方も面白い。
その本坊から戻る途中、楢崎先輩が、
「ここ、すごくキレイでオススメ」
と言ったから、立ち寄った場所。
それはすぐ近くにある
そこには、古いレンガ造りのアーチがかかっており、100メートル近い長さがあった。歴史があるとはいえ、古代・中世の物が多い京都には珍しい近代的な建造物だった。
「おお、キレイね。なんかテレビで見たことあるかも」
と、橋を見上げている高坂先輩に。
「ここは、水路閣って言ってね。琵琶湖
楢崎先輩が説明してくれた。
「琵琶湖疎水って、何ですか?」
藤原先輩が尋ねると、
「琵琶湖の湖水を京都に流すために、明治時代に造られた水路のことよ。国の史跡にもなってるわ」
楢崎先輩の説明は、理路整然として、わかりやすい。
南禅寺界隈を一通り回り、さすがに今日はこれで終わりかな、と思っていたら。
「みなさん、まだ時間がありますから、私が面白いところに案内しますわ。ついて来て下さい」
また、藤原先輩が張りきり出し、バイクを暴走させながら、市街地を抜けて、北へ向かった。
やがて、街中を抜け、どんどん山中に入っていく、藤原先輩のバイクが停まった場所は。
だった。
そこは、深い山に囲まれた地にあり、俺たちは麓からケーブルカーで登って行くのだった。
冬の弱い陽がすでに傾き始めていたため、少し急ぎながら、俺たちは鞍馬寺の本堂を目指す。
途中、藤原先輩が。
「清水寺でも話しましたが、ここは京都でもかなり古い寺ですわ。770年創建だったはずです。あと、鞍馬寺といえば、
「ああ、知ってる知ってる!
高坂先輩が子供のように喜んで手を挙げていたが。
藤原先輩は。
「そうですわ。牛若丸ですけど、ちょっと違いますわね。義経が弁慶と戦ったのは、五条大橋と言われていますわ」
「あれ、そうなの?」
「ええ。ここで義経に武術を教えたと言われるのは、『
「鬼一法眼? 誰っすか、そいつ?」
藤原先輩と、高坂先輩の話に、割り込んでくる本郷。
「京の一条堀川に住んでいた陰陽師で、兵法の大家で、剣術の達人なんて言われていた人物で、『
「へえ。そうなんすか」
「この近くには、鬼一法眼を祀る、鬼一法眼社という神社もありますわ」
こうして聞いていると、なんだかんだで、藤原先輩は、鎌倉時代にも詳しいことがわかる。「義経記」の内容なんて、俺も知らない。ちょっと意外な一面だった。
やがて、赤い燈籠が道の両脇に並ぶ石段を登った先に、ようやく本堂が見えてきた。
すでに夕方に近づいていたため、俺たちは手早く参拝を済ませ、再びケーブルカーに乗って山を下りて、バイクで宿へ向かったのだった。
冬の陽は短いため、苦渋の決断だった。また、冬は参拝時間の終了も短くなる傾向にある。
その夜、夕食を取り、風呂にも入り、ホテルの一室で、本郷とくつろいでいると。
俺宛てに、高坂先輩からメッセンジャーが来た。
内容を見ると。
「今からトランプやるから、二人も来て」
それだけだった。
俺は、喜び勇んでいる、本郷をなだめるようにしながら、ホテルの浴衣姿のまま、女子3人組の部屋に向かい、ノックをした。
こういうのは、修学旅行みたいな気分になる。
「はーい」
開けてくれたのは、高坂先輩。
風呂上りの、なんとも言えないシャンプーの香りと、浴衣姿という特別感、そして少し濡れた髪がなんとも艶やかに見えた。
早速、トランプで「大富豪」を始める俺たち。
しかも、トランプは、楢崎先輩が持ってきたという「幕末の志士」が描かれたものだった。
大富豪を5人で始めながら、高坂先輩は、面白いことを言い出した。
「じゃあ、せっかくだから、一番負けた人は、自分の家のルーツを、わかっている限りでいいから、みんなに話すこと」
まあ、こういうのは、ある意味、非常に「歴研」らしいのだが。
結果、勝負に負けたのは藤原先輩だった。
ホッとする俺たちに対し、彼女は、面倒臭そうに、
「仕方ないですわね」
と言ってきたが、その前に。
「藤原先輩って、やっぱ『藤原家』の末裔なんすよね?」
と、本郷が興味深そうに目を向けていた。
「まあ、一応、末裔らしいですけど、我が家は藤原の
「へえ。それでも、藤原姓ってすごいっすよね。なんか貴族っぽいし」
と妙にミーハーなことを言い出す本郷に対し、藤原先輩の回答は実に意外なものだった。
「そんなことありませんわ。大体、みなさんご存じかしら。『藤』がつく姓は、元をただせば、みんな藤原ですわ」
「えっ、そうなの?」
露骨に驚く高坂先輩。
「ええ。『伊藤』、『加藤』、『近藤』、『佐藤』、『斎藤』など、日本にはいくらでも『藤』がつく苗字がありますよね。つまり、そういうことですわ。日本中、藤原だらけなんです」
と、妙に自分を卑下するように、発言する藤原先輩だった。
「へえ。知らなかったわ」
楢崎先輩も、珍しく目を丸くして驚いていた。
「まあ、それだけみんな『藤原』の権威にしがみつきたかったんでしょうね。特に昔の人は」
などと言いながら、彼女は。
「本当の貴族と言える藤原は、『藤原
と言い、さらに、
「昔から、日本人はこの『藤原』姓が大好きですからね。有名な豊臣秀吉だって、元はただの百姓だったのに、天下を取った途端、『
聞かれた高坂先輩は、意外だ、とでも言うようなビックリしたような顔をしていた。
「うん、その通りよ。驚いた。
「まあ、仮にも私も『藤原』姓を持つ者ですしね。もっとも、私はこの『藤原』って苗字、嫌いなんですけどね」
「どうして?」
「だって、勝手に名前だけで、『貴族っぽい』とか『お嬢様っぽい』とか言われるじゃないですか」
まあ、それには一理ある。人間は、特に日本人は、そういうところで、思い込みが激しいというか、決めつける傾向にあるからな。
と、思っていたら。
「そんなことないよ。私は思ってないし、
高坂先輩の臆面のない一言と笑顔に、
「あ、ありがとうございます」
何だか、照れ臭くなったのか、視線をそらせて答える藤原先輩の様子が新鮮だった。
この人の珍しい一面を見たが、まあ元々この人、お嬢様っぽいしゃべり方してるしな。
などと思って、少しはこの藤原先輩のことを見直したと思っていたら。
「ところで、高坂先輩。『
「六道の辻? 知らない」
「そこはですね。あの世とこの世の分かれ道って言われてて、何でも飴を買いに、女の幽霊が……」
「ああ、聞こえない、聞こえない!」
露骨に怖がる高坂先輩を面白がってからかっていた藤原先輩だった。
やっぱ、この人、「腹黒い」のかも。
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