第8話 ケンカの行方

 初めに言っておこう。


 今回の話は、「歴史」とはあまり関係がない。というか、ほとんど関係がない。つまり、「人間関係」の話だからだ。

 まあ、古今東西、「人間関係」というのは、一番難しいから、ある意味、人類の歴史における永遠のテーマかもしれないが。


 10月末。11月中旬に開かれる、我が校の「文化祭」(学校祭みたいなもの)のテーマについて、部で話し合いが持たれた。


 つまり、「歴史研究部として、何をやるか」ということだ。


 その席上。

「今年も論文発表をやるわ」

 ホワイトボードには、「文化祭のテーマ」と書かれ、その下に高坂先輩が、「論文発表」と書いたのだが。

 今年も、と言っているということは、恐らく去年もやったのだろう。


「えー、マジっすか。つまんなくないっすか。もっと派手なことやりましょうよ」

 真っ先に文句を言ったのが、本郷だった。


「派手なことって何、本郷くん。歴研は元々、地味な部だよ。そして、こういう研究の発表はすごく大事なの」

 彼女にしては、珍しく不快感を露わにしていた。


「そ、そうだよ。それに歴研としては、せいぜい論文発表か、パネル展示くらいしかできないし」

 と、楢崎先輩も続く。


「そうですよわね。詩集発表とか、古文解説とかなら、私もできますよ」

 と、藤原先輩。


 しかし、本郷は、

「つまんないっすね。どうせなら、『歴史コスプレカフェ』とかやりゃ、いいじゃないすか」

 とさらに不満そうに発言していた。


「あのね、文化祭は遊びじゃないの」

 とさらに不機嫌になる高坂先輩。


 まあ、どっちの気持ちもわからなくはない。

「鹿之助くんなら、わかるよね?」

 と、彼女は俺の方に、目を向けた。


 だが、俺も正直なところ、本郷に気持ちは近かった。

「気持ちはわかりますが、生徒を楽しませるのも、文化祭じゃないですか。先輩たちは、いいかもですけど、俺たちはつまらないかもですね」

 そう発言した途端、彼女の表情が変わった。


「わかった。じゃあ、もう二人は参加しなくていいよ。私たちだけでやるから」

 そう言って、ソッポを向いてしまった。完全に拗ねている顔だった。


「まあまあ、いろは」

「落ち着いて下さい」

 と女子二人がなだめるが、


「知らない。勝手にすれば」

 と、もう高坂先輩は手に負えないのだった。そのまま部室を出て行ってしまう。それを追う女子二人。


 残された俺たち男子は。

「ああ、怒っちゃったか」

 と、俺が言うも、

「でも、ぶっちゃけ、『祭り』なのに、つまらんっしょ、論文発表とか」

 と、俺を見て言ってきた。

「まあ、お前の気持ちもわかるけどな。高坂先輩の言いたいこともわかる。一応、今年で最後の学校祭だからなあ。真面目にやって、内申点を稼ぎたいのかもしれない」

「いや、そりゃそうかもだけど、俺らはつまらんでしょ」

 どちらの意見もわかるから、俺は黙るしかなかった。



 で、これで終わりかと思ったら、今度は別の問題が起こったのだ。

 家に帰って、自室でくつろいでいると。


 ノックもせずに、バンっと思い切りドアを開けて、入ってきたのが姉だった。しかも顔が明らかに怒っている。

「姉ちゃん」

「ちょっと、鹿ちゃん。自分の部屋くらい、ちゃんと片付けてよね」

 と、部屋を見渡して言ってきた。

 そういえば、いつの間にか片付いている。きっと姉がやってくれたのだろう。


「ああ、悪い悪い」

「全然悪いと思ってないでしょ。あと、また勝手に私のPCX使ったでしょ」

 そうだった。俺のバイクは、ミッションバイクのVTRなんで、ツーリングは楽だけど、街中のような信号機の多い場所では、いちいちシフトチェンジをしないといけないから、正直乗るのが面倒なのだ。


 なので、ちょっとした買い物に行く時は、姉のPCX150を借りていた。

 最初こそ、断って使っていたが、だんだん無断で使うようになっていた。


 姉は、過保護だから、こういう時、本当に母親みたいなことを言ってくるのだ。

 思春期真っ盛りの俺にとって、こういう風に、ガミガミと言われるのが、一番頭に来るのだが。

 そして、それがそのまま態度に出てしまった。


「別にちょっとくらいいいだろ? 減るもんじゃないし」

「何言ってんの。私だって使うんだよ。まったく鹿ちゃんのせいで、買い物行けなかったじゃない」

 めちゃくちゃ不服そうだった。

 そのまま、ぶつぶつ言いながら姉は出ていったが。


 それ以来、姉の機嫌が一気に悪くなった。

 傍から見れば、きっと仲のいい姉弟に見えるんだろうが、さすがに四六時中、一緒にいれば、ケンカもする。

 しかも、姉の場合、あまり正面切って、大声でケンカをしかけてこない分だけ、性質たちが悪かった。


 翌日から、家の朝食と夕食のうち、俺だけおかずの数が露骨に減っていた。

 昼食もたまに弁当を作ってくれてた姉だったが、まったく作ってくれなくなったのだ。


「姉ちゃん、おかず……」

 と指さして、俺より一品どころか、二品くらい多い姉の皿を恨めしそうに眺めたが。

「……」

 思い切り、シカトされていた。

 それでも、ご飯を作ってくれるだけ、まだ姉は優しいのだが。


 ただ、こうなると、姉は手ごわい。

 なかなか機嫌を直してくれないからだ。



 困った俺は、忘れていた、一つの事を思い出し、翌日の放課後、部室に行かずに、本郷に声をかけた。

「なあ、本郷。女と仲直りするのって、どうすればいいんだ?」

 携帯をいじっていた本郷は、

「知らんわ。そんなの俺だって聞きたい」

 と冷たくあしらってきた。

「実は、高坂先輩だけじゃなく、姉ちゃんともケンカしてさ」

「え、お前らってケンカするの? いつも仲いいじゃん」

「そりゃ、姉弟だから、ケンカくらいするだろ」

「まあ、そうかもな」


 俺は思い切って、心当たりを試してみることにした。

「お前んとこ、妹がいるだろ。ケンカした時、どうするのかと思ってさ」

 高坂先輩と姉。一気に二人とケンカ中の俺は、そこにすがるしかなかった。

りつのことか。あいつはまあ、とりあえず、ちゃんと謝れば許してくれるよ」


 そう。実は本郷には「律」という名の妹がいる。

 通称は「りっちゃん」。

 俺と本郷は、中学1年以来の付き合いだから、まだ東京にいる頃、何度か本郷の家に遊びに行って、俺とも顔見知りなのだが。

 俺たちより、3歳も年下の、まだ中学1年生のこの「りっちゃん」が、まあ可愛くて、しかもしっかりした娘なのだ。


 ちなみに、「律」という名の由来は、明治の俳人、正岡子規まさおかしきの妹「律」から来ているとか。

 確か、「秋山真之」と「律」って結婚してないけど、実は幼なじみで、恋仲だったという説があったような気がしたが。

 ここの両親もどういう気持ちで名付けたんだろうか。


 もっとも「可愛い」と言っても、まだ子供の面影を残した、12~13歳の中学1年生なのだが、兄の本郷を叱る、命令する、使いっ走りにする、など母親みたいなところがあった。


 ただ、家事は何でもソツなくこなすし、飯も作るし、勉強もできるし、言葉遣いも丁寧で、本当に出来た娘だった。


 あまりにも出来るもんだから、姉が、

「いや、りっちゃんみたいな娘は、最近のスレた女の子にはまずいないね」

 と、ベタ褒めしていたくらいだ。


「そういえば、律がお前に会いたがってたな。こっち来てから会ってないだろ。ウチ、来るか?」

 本郷が携帯を置いて、真顔で言ってきた。

「いいのか?」

「別にいいよ。それに、女の話なら、同じ女に聞くのが一番早いだろ」


 それには、一理あった。

 男と女じゃ、根本的なところで考え方が違うからだ。

 と、いうことで、部活動もサボって、俺たちは、その日の放課後、本郷家に向かった。


 ちなみに、山梨県に引っ越してきてからも、俺は一度、本郷の家には行ったが、その時、りっちゃんは留守だった。


 東京の一件家とは違う、分譲マンションに本郷は住んでいた。

 その5階までエレベーターで昇り、角部屋のドアを開けて、

「ただいまー」

 と、言って中に入る本郷。


 俺は少し遠慮がちに入ろうとしたが、その前に元気な声が聞こえてきた。

 まだ子供のような可愛い声は聞き覚えがあった。


「お兄ちゃん! また、ゲーム機そのままにして。何度言ったらわかるの!」

 彼女がキレていた。

「ああ、悪い悪い」

 うーん。どこの家も同じなんだなあ、と妙に感慨深く思っていると、俺の姿に気づいた、りっちゃんが、パアっと顔を明るくして、駆け寄ってきた。


 相変わらず、小動物みたいで可愛い娘だった。

 懐かしい顔がそこにはあった。小さな体、小さな手、そして髪をツインテールにまとめている。

 この年頃の女の子には似合う髪型だ。これがいい年した大人の女性がやったら、逆に気持ち悪いかもしれないが。


「鹿之助さん! お久しぶりです! 会いたかったです!」

 めちゃくちゃ嬉しそうな顔でニコニコしていた。

 うん。確かにこの娘は愛らしい。あと、兄と似てない。いや、きっと似てなくてよかったのだが。

 彼女とは、実に半年ぶりくらいの再開だった。


 その145センチにも満たない、小さな体の、頭に手を載せて軽く撫でてやると、くすぐったそうにしていた。

「ごめんごめん。ちょっと忙しくてね。今日は、りっちゃんに用があって来たんだ」

 そう言うと、彼女は露骨に嬉しそうな顔を浮かべ、


「えっ、私に。す、すぐ部屋、片付けます!」

 と慌てて、自室に走ってしまった。


 本郷は、

「お前、好かれてるなあ。もう結婚しちゃえば?」

 と言ってきたが。

「いやいや。さすがにないだろ」

 と、俺は真っ向から否定。


 彼女の可愛らしさは、どっちかというと、小動物とか、もしくは親戚や従姉妹いとこに近い感覚だ。

 それに、万が一、俺がりっちゃんと結婚したら、本郷を「兄」と呼ぶことになる。

 それだけでゾッとした。


 と、いうことで、待つこと5分。

 ちなみに、本郷は寝そべりながらずっと「艦マニ」をやっていた。相変わらずだらしない。だから妹に怒られるんだ。

 まあ、俺も人のことは言えない立場だが。


 やがて、ドアの間から、ちょこんと可愛らしく顔を出した、りっちゃんが。

「お待たせしました。どうぞ」

 控えめに言ってきたので、俺は彼女の部屋に入る。


 壁に花の絵が飾られ、小学生のような小さな勉強机と、コタツ机、本棚、ベッドがあるが、他には割と物が少ない、簡素な部屋だったから、特に片付けるまでもないと思うくらい、綺麗だったが。

「あんまり見ないで下さいね。ちょっとお茶とお菓子持ってきます」

「お構いなく」


 そう言って、彼女は台所へ向かい、しばらくして、トレイに紅茶とカステラっぽいお菓子を載せて、戻ってきた。


 それをコタツ机の上に置く。

 俺たちは机を挟んで向かい合った。


「それで、今日はどうしたんですか?」

 いちいち、言葉遣いが、とても丁寧な、礼儀正しい娘だった。この感覚、懐かしい。というか、兄とは大違いだ。


「実は……」

 高坂先輩のことと、姉のことを話し、どうしたら仲直りが出来るか聞いたら。


「それは、鹿之助さんが悪いですね」

 意外にも、きっぱりとそう言ってきた。


「やっぱり、そうなの?」

「そうですよ。女の子は、自分の意見を真っ向から否定されるのを嫌うんです。聞いて欲しいんですよ。それで、共感して欲しいんです。だから、嘘でもいいから『はいはい』って頷いてればいいんです」

「いや、それって、まるで俺が何も考えてなくて、バカみたいじゃない?」

「そんなことないです! 話を聞いてくれるだけで、嬉しいものなんです」

「ふーん」


 彼女は、一口、紅茶を飲んだ後。

「それはともかく、とりあえず、ちゃんと謝って下さい」

 とキリっとした表情できっぱりと、意志の強そうな目を向けた。

 こういうところ、なんというか、頼もしいというか、気が強いというか。


「わかったわかった。でもなあ、俺一人じゃなあ……」

 なおも煮え切らない態度に、彼女は、溜め息をつくと、


「わかりました、鹿之助さん。私が行って、仲裁しましょう」

 と、意外すぎることを言い出した。


「え、いやいいよ。りっちゃんも忙しいでしょ、勉強とかで」

 と言ったら。

「忙しいですよ。だから、これは『貸し』にしておきます。後で、私に勉強を教えて返して下さい」

 こういうところ、したたかというか、しっかりしている娘だった。

「わかった。じゃあ、ちょっと段取りを考えるよ」


「ところで……」

 何故か、もじもじし始めた彼女。

「その、高坂さんって女性は、鹿之助さんの彼女さんですか?」

「いや、違うけど。部活の先輩だよ」

 そう言うと、彼女は、安心したように。

「そうなんですかー」

 と、ニコニコしながら返してきた。


 本郷が言うように、俺は彼女から好かれているのかもしれない。

 ただ、俺自身が、そもそもこの「りっちゃん」を恋愛対象として、見ることができないが。

 と、いうか相手は、まだ中学1年生だしな。手を出したら、完全にロリコン確定だ。

 まあ、こういう娘があと、5~6年したら、ビックリするくらいキレイになるのかもしれないけど。



 と、言うことで、何故か俺は、りっちゃんの仲裁を受けることになってしまった。

 相手は、高坂先輩と姉の桃。


 まず、攻略すべきは姉だった。

 理由は、「姉がりっちゃんに弱い」ことを知っているから。

 攻略対象としては、高坂先輩よりは楽だ。


 翌日の放課後、というか、夕方になってから、俺は本郷家にりっちゃんを迎えに行き、一緒に我が家に向かった。


 今日も両親は不在だったが、姉はすでに帰宅していた。

「ただいまー」

「お、お邪魔します」

 遠慮がちに入る、りっちゃんを連れて、リビングに向かうと。


 都合よく姉がテレビを見ていた。

「あー! りっちゃん!」

 姉は、りっちゃんを見つけて、近寄ると、その小さな体に抱き着いていた。

 彼女にとって、5歳も年の離れた、この小さな女の子のことを、姉は相当気に入っているようだった。

「桃さん。痛いです」

 と、小さな顔を姉の胸に埋めながら、りっちゃんが抵抗する。


「ああ、ごめんね。で、どうしたの?」

「鹿之助さんとケンカしたって聞きました」


 最初からストレートで行く、頼り甲斐のある娘だった。

「ああ。した、っていうか、まだしてるけど」

「鹿之助さんも反省してます。許してあげて下さい」

 その小さな体で、あどけない顔で、必死に訴えるりっちゃん。


 姉は、こっちを睨んできた。

「鹿ちゃん。りっちゃんをダシに使うとは、いい度胸ね」

 目が怒っている。逆効果じゃないか!


 と叫びたかったが、

「ごめん。姉ちゃん。でも、りっちゃんが言う通り、俺も反省してるから。今度からちゃんと部屋片づけるし、勝手にPCX使わないから」

 と訴えると。


 姉は溜め息をついて。

「ああ、もうわかったわよ。あたしもちょっと大人気なかったから。今回は、可愛いりっちゃんに免じて許してあげる」

 そう言って、またりっちゃんを抱きしめ始めた。


「やめて下さい、桃さん」

「いや、それにしても相変わらず可愛いね、りっちゃん。ウチの鹿之助のお嫁に来ない?」

「ええっ! それは……」

「冗談だよ。っていうか、もうあたしのお嫁でいいよ」

「それもちょっと……」


 なんかもう訳わからんようになっていた。

 姉は、散々、りっちゃんを猫のように可愛がった後、

「鹿ちゃん。暗いからりっちゃんを送ってあげて」

 と、いつもの声に戻っていた。


 こうして、何とか姉の一件は解決したのだが。



 問題は、むしろ高坂先輩の方だった。

 「文化祭」が間近に迫る中、俺と本郷は、何だか気まずくなって、部室に顔を出していなかった。


 これは、もう高坂先輩どころの騒ぎではなく、「部」としてマズい状態だ。


 本当は、りっちゃんの手を借りるのは、心苦しかったが、仕方がない。

 今回は、俺と本郷が、りっちゃんを連れ、放課後の校門付近で、3人を待ち伏せる作戦だ。


 なんだかストーカーみたいでイヤだったが、本郷が、

「律は、中学生だからここには入れないしなあ」

 と言ったので、仕方がない。


 恐らく午後6時前には、例の3人は部活動を切り上げて、一緒に帰るはずだ。


 そう睨んで、午後5時30分くらいには、張り込みを開始。

 俺と本郷に挟まれるようにしていた、りっちゃんが、余計に小さく見える。


 午後6時10分。

 来た。


 彼女たちだ。

 高坂先輩、楢崎先輩、藤原先輩が横一列に並んで、仲良く校門に向かってきた。


 校門近くまで来たところで、俺たち3人が飛び出す。


 驚く3人の目は、まず、りっちゃんに注がれた。

「鹿之助くん。実はロリコンだったんだね」

 と、高坂先輩の目が、見たことのないような、ものすごく軽蔑の眼差しを向けていた。

「警察に連絡しないとね」

 と、楢崎先輩が。

「あ、じゃあ、私が連絡しますわ」

 と、藤原先輩は携帯を取り出していた。


「ちょっと待って! 俺の妹っす!」

 慌てて、本郷が叫んでいた。

 間一髪だった。本当に警察に連絡されるかと思った。


「で、その妹ちゃんが何なの?」

 やっぱり怒ったような眼差しを俺と、りっちゃんに向ける高坂先輩。


 だが、りっちゃんは、全然ひるんでなかった。

「お兄ちゃんと鹿之助さんとケンカしたって聞きました。二人とも反省してるので、仲直りして下さい」

 しかし、高坂先輩は、

「そんなの小学生に言われたくないわ」

「中学生です!」

「中学生でもよ。私たちは、意見が違いすぎるの。もう話すことなんてないわ」

「いい大人なんですから、ちゃんと話し合って下さい」

 いつの間にか、先輩とりっちゃんが言い争いになっていた。


 しかし、高坂先輩は、

「こんな可愛い妹ちゃんを使って、私たちを籠絡ろうらくしようっての。よく考えたわね」

 と、俺と本郷を睨みつけてきた。

 と、いうか、「籠絡」なんて難しい言葉、よく知ってたな。


「違いますよ、高坂先輩。これは元々、りっちゃん、いやこの娘が言い出したんです。俺たちは俺たちで、反省してます。だから、とりあえず、もう1回、ちゃんと話し合いましょう」

 俺が一気に、まくし立てるように発言すると、


「……ああ、もうわかったわよ。私たちも一応、あれから考えたの。だから明日、もう1回、部室に来て話し合いましょう」

 やっと折れてくれた。


 ところが、

「い、いや、それにしても可愛い娘だね。写真撮ってもいいかな」

 楢崎先輩が、目を血走らせながら、りっちゃんに近づいていた。

 いや、この人の方が、余程変態っぽいんですけど。警察に連絡されるのはこの人じゃないか。


「ホント、可愛いね。ちょっとお姉さんといいことしようか」

 藤原先輩まで。目つきが怖かった。あと、手の動きがなんか怪しい。一体、「いいこと」とは何をする気なんですか、藤原先輩!


「えっ」

 小動物が怯えるような瞳を向け、りっちゃんは、俺の服の袖を掴んで、俺の後ろに隠れてしまうのだった。


 それを見た、高坂先輩が、

「やっぱり、ロリコンじゃない!」

 とキレていた。


 これじゃ収拾がつかない。

 しょうがない。


 俺は、かがみこんで、りっちゃんに目線を合わせると、

「りっちゃん。俺はこのお姉ちゃんたちと、大事な話があるから、悪いけど今日のところは、お兄ちゃんと帰ってくれる?」

 と言うと、

「は、はい。わかりました……」

 ちょっと寂しそうに、しかし彼女は素直に頷いた。


 本郷に目配せして、とりあえずりっちゃんを連れて帰ってもらうことにした。


 残されたのは、俺たち4人だ。

「で、あの娘は、君の何なのかな?」

 と質問してくる、高坂先輩の目がやはり怖かった。


「だから、本郷の妹ですって。俺と本郷は、東京にいる頃からの付き合いで、あの娘も、親戚の従姉妹みたいなものです」

「ふーん」

 まだ納得していないような瞳を向ける彼女だったが。


「とりあえず、論文発表はやめたよ。顧問の楠木先生にも『去年と同じは面白くない』って言われたしね」

 そう告げた。


「た、ただ本郷くんが言う、『コスプレカフェ』は私はイヤだけどね」

 と、楢崎先輩が訴える。


「ですよねー。それ以外で、何か面白い物があれば、話聞くよ」

 と、藤原先輩も笑顔を見せた。


「わかりました。考えておきます」



 とりあえず、結局、りっちゃんの力を借りることになってしまったが、彼女たちとの仲直りは済んだ。


 翌日の放課後、本郷と部室に行く。


 ホワイトボードには、「文化祭のテーマ」と再び書いてある。

「論文発表もダメ、コスプレカフェもダメ。で、他に何か意見はある?」

 部長殿が、若干イラつきながら、マーカーを握っていた。


 俺は、昨日の夜、考えた末に、やっと一つの答えを導き出していた。

「クイズなんて、どうです?」

「クイズ?」

「そうです。『歴史クイズ』。簡単な物から難しい物まで、クイズを考えて、出演者に競わせるんですよ。それで優勝者には何か景品を与える。これなら、歴史の勉強にもなるし、子供たちも喜ぶし、盛り上がるでしょう」


 すると、

「クイズかあ。いいね、それ!」

 やっと、高坂先輩がいつもの明るい声で、肯定してくれるのだった。


「お、面白そう。私も出題、考えるよ」

 楢崎先輩は、いつものように不気味な笑顔を浮かべていた。


「じゃあ、私も平安時代なら考えますわ」

 藤原先輩が、うきうきしている。


「いいんじゃない? それなら俺も出題考えられるし」

 本郷も納得した。



 と、いうことで、文化祭まで残り日数が少なくなっていたが、俺たちは「歴史クイズ」を開くことになった。

 それからというもの、必死に出題を考え、それをまとめる作業に追われた。



 そして、文化祭当日。


 体育館を借りて、壇上で司会を務めたのは、高坂先輩だった。

 まあ、この娘は、物おじしないし、ハキハキしているから、司会向きだったのもあるが。


 参加は、校内はもちろん、部外者でもOKにした。

 結果的には、これが功を奏して、クイズイベントは、思っていより、盛り上がった。



 そして、そこで意外な事が起きていた。


 りっちゃんだった。

 兄に連れられてきたのか、彼女は文化祭にやってきて、しかも積極的に手を挙げて、このクイズに参加。


 他の出場者がみんなウチの学校の高校生や、他の学校の高校生だったのに、しかも彼女は抜群の成績で、優勝してしまった。


 苦笑いを浮かべて、景品をりっちゃんにあげる、高坂先輩がちょっと面白かった。

 やはり、りっちゃん恐るべし。


 と、いうことで、文化祭は幕を閉じたのだった。

 ちなみに、約束通り、俺は、りっちゃんに勉強を教えることになったのだが。

 正直、この娘、出来すぎていて、教えるところはあまりなかったのだった。

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