第4話 みんなで「足」を確保しよう!
と、いうことで6月中旬。
俺の誕生日まであと2週間ほどに迫った日。
俺は部室に、父が持っていたバイク雑誌を持って行った。
多少、古い雑誌だが、参考程度にはなるだろうと思ったのだ。
まずバイクの「バ」の字も知らない、連中にレクチャーをしてやらないといけないと思ったのだ。
「みんな、まずバイクの国産4大メーカーって知ってます?」
バイク雑誌を見てもらう前にまず、基本的な質問をしたのだが。
「あ、知ってる知ってる。えーと、トヨタ、日産……」
喜び勇んで、発言する高坂先輩が言い終わる前に、
「それは車のメーカーです!」
俺が強い口調で、言うと、
「そんなに怒らなくてもいいのに……」
シュンとなってしまう彼女が、不覚ながらちょっと可愛らしく見えた。
「あ、わかった。ハーレーなんとかソン」
「それはアメリカのバイクメーカーです!」
楢崎先輩に対しても、いつの間にか強い口調で言っていた。そもそも、ちゃんと言えてないし。
「あー、あれだよね。バイクとスクーター」
藤原先輩だ。
「それはメーカーじゃなくて、バイクの種類の違いです!」
だんだんイライラしてくる俺。
先行きに大いなる不安を感じながら、
「はあ。みんな全然わかってないですね。いいですか。国産4大メーカーとは、ホンダ、ヤマハ、カワサキ、スズキです」
俺がはっきり宣言すると、
「ヤマハって楽器だけじゃなかったんですねえ」
藤原先輩が呑気に言い、
「ウチのお父さんの車もスズキだよ」
と高坂先輩も何故か嬉しそうだったが。
「で、他に有名なのはアメリカのハーレーダビッドソン、ドイツのBMW、イタリアのドゥカティ、オーストリアのKTM。まあ、他にもありますが、大体その辺がメジャーどころですね」
「へえ。イタリアってなんかオシャレでいいね!」
高坂先輩が発言するが。
「ダメです、高坂先輩。ドゥカティは初心者にはオススメしません」
「どうして?」
「すぐ壊れるからです」
「えっ、そうなの?」
「はい」
「じゃあ、いいや」
そう、ドゥカティといえば、独特の排気音が魅力的で、バイクのマニアの間じゃ、確かに人気があるんだが、いかんせん壊れやすいという欠点があるから、初心者にはオススメできない。
「ハーレーなんて、カッコいいじゃん」
本郷が言うが、
「あのなあ、本郷。ハーレーってのは、アメリカ製だからほとんど大型しかないんだ。俺たちみたいな普通二輪限定なら、そもそも選択肢には入らん」
「なんだ、そうなのか」
ということで、ようやく持ってきたバイク雑誌を広げて見せた。
で、一通り見てもらって、まずは何に乗りたいかを決めてもらおうと思ったのだ。
バイクに乗る=普通二輪免許を取るにあたり、まずは各々の「目標」を決めてしまった方が早いと思ったのだ。恐らくその方が各自のモチベーションも上がるはずだ。
「私、これがいい!」
真っ先に元気な声を上げたのが、部長の高坂先輩。
選んだのは、カワサキのニンジャ250だった。カワサキ特有のライムグリーンの車体を持つ、流線型のボディ、カウルのついたスポーティーなタイプのバイクだ。少し意外だった。
「高坂先輩。スクーターじゃなくていいんですか?」
「うん。全然いいよ。私、この子が気に入ったから」
バイクを早くも「この子」と呼ぶ彼女は、やはり俺の見立て通り、バイク乗り向きかもしれない。
「じゃあ、俺はこれだな」
次に選んだのは、本郷だった。
スズキ、スカイウェイブ250。
一見すると、ビッグスクーターに見える車種だ。だが、乗りやすいスクーターだと聞く。
「まあ、いいんじゃないか。乗りやすそうだし」
「じゃ、じゃあ私はこれ」
楢崎先輩が選んだのは。
ヤマハ、マジェスティ250。これも大型の、つまりビッグスクーターっぽいが、乗りやすいし、何より人気車種で、ロングセラーの機体だ。
「スクーターですね。いいと思います」
残ったのは、藤原先輩だった。
「藤原先輩は決まりましたか?」
俺の問いに、彼女は、
「うーん。ちょっと待ってね」
何やら考え込んでいるようだったが、やがて。
「決めた。コレにするわ」
選んだのは、一番意外なバイクだった。
KTM RC250。
カウルのついた、スポーティータイプ、というかレーシングタイプで、一番藤原先輩っぽくない。
何より、この人、お嬢様っぽいし、言っちゃなんだが、運動神経悪そうだし。
ていうか、また随分マニアックな車種を選ぶものだ、この人は。
「これ、ですか?」
「うん。なんかカッコいいよね」
正直かなり意外な選択だったが、まあよしとしよう。本人の気持ちが一番大事だ。
で、何故か不思議と一番有名なホンダを誰も選んでなかったので、余った俺はホンダのバイクを選ぶことにして。
一番、乗りやすくて、長持ちしそうなVTR250を選んだ。
こいつは、よくバイク便に使われ、通称「スーパーカブの250cc」とも言われているくらい頑丈だから。
と、いうことで、各々目標となるバイクが決まったので、その週末からみんなで近くの自動車学校に通うことになった。
お金は、高坂先輩は『スーパー風林火山パフォーマンスコンテスト』の優勝賞金で、楢崎先輩は金がないのか、高坂先輩から借りて、藤原先輩は苦もなく金を出していたし、本郷は親を説得して、金を
俺はというと。
両親がほとんど家にいなくて、帰ってきてもすぐ寝てしまうので、とりあえず姉に相談したら。
「えっ。鹿ちゃん、バイクに乗るの。やめなよ、危ないよ!」
いきなり反対された。
まあ、この姉は過保護だし、予想はしていたが。
「大丈夫だって。みんな一緒に乗るし、そんな危ない真似はしないから。とりあえず、週末から自動車学校に通うから」
と、面倒だから一方的に告げると。
「なら、私も乗る」
と、俺の予想の斜め上の回答をしてきた。
「え、姉ちゃん、何言ってんの?」
「だから私も乗るの!」
「なんで? 反対してたのに」
「だって、鹿ちゃんだけ、乗るなんてなんかズルい。私も乗って、一緒に買い物とかツーリングとかしたい!」
子供のように駄々をこね始めた。
この姉は、俺に対し、心を許しすぎなのか、学校じゃまず見せない、子供のようなところを家では、見せるからな。
「はあ。わかったわかった。それなら、とりあえず父さんと母さんには姉ちゃんから話しておいてくれ」
面倒事を、姉に押し付けて、俺は部屋を出ようとした。
「うっわ。ズルい! 自分だけラクしようと思って」
姉の怒りの声が後ろから聞こえてきたが、
「自分も乗るって言いだしたのは、姉ちゃんだからな。俺のこともついでに言っておいてくれ」
そう言い残し、俺は面倒事から逃げた。
で、次の週末。自動車学校に5人全員で入校手続きをして、教習が始まったわけだが。
ちなみに、俺はまだギリギリで15歳だったが、普通二輪免許は、卒業検定の時に16歳になるから問題ないのだ。
スタートラインはみんな同じはずなのに、面白い現象が起きた。
高坂先輩は、ずば抜けて物覚えが良かった。
きっと彼女は元々、頭が柔らかいんだろう。
おまけに運動神経も割といいし、体力もあるし、アクティブな性格だから、あっと言う間に実技の課題をクリアしていった。
ついには、
「いや、君は女の子とは思えないくらいすごいね」
と教官に褒められていた。
一方、一番出来が悪く、進まないのが、藤原先輩だった。
普通二輪免許で最初の難関、倒れたバイクの引き起こし。
まず、それができない。
次いで、コーンを回るスラローム走行。ここでコケまくる。細い通路を渡る一本橋。ここで落ちまくる。細いS字カーブを通るクランク走行。ここでコーンに当たりまくって曲がれない。
何をやってもダメだった。
教官が呆れるくらいヤバかった。
「本当に大丈夫かなあ」
さすがに心配になった俺は、自分の教習ではない時に、藤原先輩の様子を眺めながら呟いた。
「だ、大丈夫。ああ見えて、あの子、やる時はやるから」
いつの間にか、後ろに来ていた楢崎先輩に声をかけられた。
というか、気配がなかった。怖いんだけど。
そういう楢崎先輩は割と順調のようだった。
彼女は何を考えてるかわからない部分があるが、妙に男っぽいところがあるし、背丈もあるから、ある意味、バイク乗りに向いているタイプかもしれない。
一方、本郷は本郷で、オタクっぽい見た目に反して、意外にもまともに走行していたが。
こいつは実技はそこそこでも、学科がボロボロだったので、別の意味で心配だった。
そして、もう一人。厄介な奴が教習所にやって来た。
ある日の教習所。
「やっほー、鹿ちゃん。来たよ」
姉だった。
姉は、どこで買ったのか、何故かバリバリの黒のライダースジャケットに、ジーンズ姿、バイクグローブに、バイクブーツ、フルフェイスヘルメットとやる気十分だった。
「姉ちゃん、マジで乗る気だったんだな」
若干呆れてそう言うと、
「だからそうだって言ったじゃん!」
何故かキレられた。
教習所の待合室で話を聞いてみる。なお、俺がバイクに乗る件は、姉が両親を説得してくれた。なんだかんだで、頼りにはなる姉だ。
「で、乗りたいバイク、決まった?」
姉は頬杖をつきながら、
「そうだねえ。ホンダのPCXかな」
そう言ったから若干驚いた。
「PCX? まあ、そりゃいいスクーターだし、走りやすいだろうけど、そんなバリバリのライダーみたいな格好してるのに?」
「こういうのは、形から入るんだよ、鹿ちゃん。あたしがどんなバイクに乗ろうと、あたしの勝手でしょ。それに、鹿ちゃんと同じホンダが良かったし」
何故かそう言って、ニコニコしている姉が、少し不気味だった。
俺がVTRに乗る予定だって話したからな。
本当のところ、実の姉弟でも、一体、何を考えているのか、よくわからないからな、この人は。
PCXは、ホンダが誇る量産的なスクーターで、街乗り程度なら、ものすごく楽に走れる。加速もいいし、安定しているし、何より大人気で、街中でPCXを見ない日はない、とまで言われるくらい売れている。
確か125ccと150ccがあったはずだ。
まあ、初心者にはちょうどいい。
ちなみに、姉は元々長身だし、運動神経も悪くなかったから、順調に行程を進めていき、いつの間にか藤原先輩を追い抜いていた。
俺たちが教習所に通い始めて、1か月半。
7月下旬に入った。
学校では、テストなどで忙しいこの頃。
真っ先に卒業検定を受けて、一発で簡単に受かったのが、やはり高坂先輩だった。やはりこの人、凄い。
続いて、楢崎先輩が。彼女もまた、何気にすごいし、長身なのが幸いしたのか、意外なほどスムーズにバイクを乗りこなしていた。
そして、俺の番。
7月の最後の登校日の放課後。卒業検定だった。
緊張した面持ちで、いつも行く受付棟に行くと。
「がんばって、鹿之助くん」
高坂先輩が、珍しく真剣な表情で応援の言葉をくれた。
「だ、大丈夫。なんとかなるよ」
楢崎先輩が。
「ま、いつも通りにやれ」
何故か上から目線の本郷が。
「リラックスしてね」
藤原先輩も。
そして、
「鹿ちゃん、ファイト!」
姉も。
みんなが見送ってくれた。
とりあえず試験が行われるコース前に集合し、ゼッケンを受け取り、順番を待つ。
普通二輪試験は、コースが決められており、それを覚えながら走り抜ける。
持ち点は100点で、そこからどんどん減点していくという減点方式で、試験の結果が決まる。
そして、ついに俺の番が来た。
「山本鹿之助さん」
呼ばれて、バイクにまたがる前に、まずは後方確認、ミラーの調節などをする。
実は試験自体、バイクに乗る前から始まっているのだ。
後は発進して、コースをたどり、決められた課題をクリアして、ゴールするわけだが。
この課題が問題となる。
特に一本橋。平均台とも言われるが、幅がわずか30センチメートルしかない、この細い通路をバイクで7秒以上かけて渡る上、脱輪して落下したら、そこで試験中止、不合格となる。
俺は緊張しながらも、視線を前に向け、クラッチとアクセルを使い、なんとかこれをクリアした。
最大の難関をクリアすれば、後は気が楽だ。クランク、スラローム、急制動、坂道発進などを無難にこなし、ゴール。
バイクを降りて、受付棟へ向かう。
試験結果。何とか合格しており、みんなに、
「おめでとう!」
と祝福されていた。
さて、俺の問題は片付いた。
問題はあの二人だ。
学科がボロボロの本郷、実技がボロボロの藤原先輩。
その前に、姉を忘れていた。
姉は、やはりというか、ソツがないというか、後から来たくせに楢崎先輩と同じくらいのタイミングで、あっさり合格していた。
結局、本郷の勉強を見てやって、藤原先輩に実技のバイクのコツを教えていたら、8月に入っていた。
そうそう。話は前後するが、7月下旬。
まだ俺たちが教習所に通っている頃だ。
ある日の放課後、部室で、いつものようにホワイトボードに向かって、高坂先輩が。
「みんな、夏合宿をやるわよ」
と気合いの入った声を上げて、ボードに、
「夏合宿」
と大きな文字を書いていた。
「夏合宿って、そもそも何やるんですか? 運動部じゃないし、練習なんてないですよね?」
俺の疑問に、彼女は、
「そうね。確かにないわ。でも、せっかくだから1泊2日くらいでどこかに行って、史跡巡りをしましょう」
と答えた後、
「じゃあ、行きたい場所をあげてね。ただし、みんな免許を取って、バイクを手に入れてから行くから、あまり遠くないところがいいかな」
そんな高坂先輩に対し、
「はいはい! 俺、
真っ先に答えたのは、本郷だった。
「横須賀? 神奈川県だっけ?」
「そうっす。アメリカの海軍基地があったり、自衛隊の船があったり、明治時代の史跡もあるんすよ」
やたらと横須賀を推してくるが、どうせあいつのことだ。
今、ハマってる「艦マニ」の舞台が、横須賀だから、聖地巡礼でもしたいんだろう。
高坂先輩は難しい顔をしながら、
「横須賀もいいけど、なんか違うんだよね。都会すぎというか、自然がないというか」
「そんなことないっすよ。適度に田舎っすよ」
「うーん」
困った顔をしながらも、ホワイボードに渋々、「横須賀」と書き込む彼女。
「私は京都か奈良がいいです」
藤原先輩は答えたが。
「いいけど、ちょっと遠いね。1泊2日じゃ全然見れないよ。あと、京ちゃん、バイクの教習、一番ヤバいでしょ。いきなり京都は危なくないかなあ」
高坂先輩の心配ももっともだった。
「わかりました……」
さすがに寂しそうに頷く藤原先輩がちょっとかわいそうだった。
「じゃ、じゃあ私も京都って言おうと思ってたから、パスでいいよ」
楢崎先輩だ。やはり幕末といえば、京都なんだろう。
「じゃ、鹿之助くんは?」
俺に矛先が向けられる。
少し考えてみた。山梨からバイクで1泊2日で行けて、歴史があるところ。
静岡県か長野県がちょうどいいな。隣だし。
すると、おのずと一つの有名な場所が思い当たった。
「長野県ですね。川中島がありますし、上田城もありますし」
そう告げると、高坂先輩は、パアっと表情を明るくして、
「さすが鹿之助くん! 実は私も長野県がいいと思ってたんだ」
そう言って、ホワイトボードに「長野」と書き込む。
「じゃあ、多数決で決めようか」
部長の一言で、俺たちは候補地を決めていく。
結果。
長野 3票(俺、高坂先輩、藤原先輩)
横須賀 2票(楢崎先輩、本郷)
僅差で長野県に決まった。
ちなみに、楢崎先輩は、幕末好きだからだろう。幕末も近現代だから、横須賀は歴史的に関係がある土地だ。
「ああ。俺の横須賀がぁ」
気を落とす本郷に、
「まあ、そうがっかりするな、本郷。バイクの免許を取れば、横須賀くらい、またすぐに行けるって」
と俺が慰めの言葉を発したのが、きっかけだった。
「絶対だからな。俺は絶対横須賀に行ってやる!」
なんかすごく悔しそうに、リベンジ発言をする本郷だった。
で、合宿は8月中には行きたいとのことだが。
「みんな、まだ教習所に通ってるし、免許取っても、納車とかあるって聞くから、とりあえず8月下旬の最後の週に予定しとくね。決まったら、グループメッセンジャーで送るから」
そう高坂先輩が告げて、お開きとなった。
で、教習に戻る。
問題の一人、本郷。
奴の学科課題をみんなで見てやって、何とか物になり、後は実技検定のみだったが。
奴はいきなり一本橋で脱輪して、試験に落ちやがった。
まあ、翌週には、ギリギリで受かっていたが。
そして、藤原先輩。
まあ、この娘は正直ヒドかった。
卒業検定1回目。一本橋から脱輪して、失格。
同2回目。逆走して教官にクラクションを鳴らされ、失格。
同3回目。クランクで転倒、スラロームでコーンに思いっきり当たって転倒して、失格。
一つクリアしたと思ったら、また別のところでつまずく。
本当にバイク乗り向きじゃないと思った。
結局、彼女が合格したのは8月中旬。
俺たちは、もうとっくにバイクを手に入れ、納車されていたが、彼女だけはまだだった。
そのため、合宿の出発日程は、後ろ倒しになり、8月最終週の木曜日。
もう夏休みの残りが1週間くらいのところで、ようやくギリギリ納車にこぎつけていた。
バイクは揃った。
後は行くだけだ。
なお、我が校はバイク通学が認めらていた。ただし、大型は禁止、とのことだった。
後、顧問の先生、
「まあ、いいんじゃないですか。ただし、事故にだけは気をつけて下さい」
と、めちゃくちゃあっさり認めてくれた。
まあ、この人、放任主義というか、ほとんど部室に顔を出さない人だから。
そして、夏合宿が始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます