第2話 戦国・甲斐への誘い
歴史研究部、通称「歴研」。
ふとしたことから、俺はそこに入部することになったわけだが。
そもそも、何でこんな部があるかというと。
一応、歴史が古い我が校、躑躅ヶ崎高校は歴史教育に力を入れているからだった。
かつて甲斐国と呼ばれた現在の山梨県。
富士山が見えることで、観光客を呼び込めるし、ほうとう、ぶどう、さくらんぼ、桃などの美味しい物もいっぱいあるが、歴史も古く、色々な史跡が点在している。
なので、何代か前の先輩が、この「歴史研究部」を作り、代々受け継がれてきたらしい。
一応、学校の規定では「部」としては最低でも4人以上いないと認められないから、高坂先輩は俺を誘ったのだろう。
というか、後で聞いた話だと、1年生の名簿を見て「鹿之助」という俺の「名前」を見て、そこに惹かれたらしい。
もちろん、武田神社で会ったのも関係しているが。
完全に「戦国オタク」しかわからないネタだ。
ということは、きっと「信長」とか「秀吉」という名前の男子がいたら、同じく誘われたということだろう。
で、3年生は女子の高坂先輩、楢崎先輩。2年生は女子の藤原先輩、1年生は男子の俺と本郷が入り、総勢5人になった。
そして、俺が予想していたように、「信玄公祭り」で事件が起こる。
その祭りが開かれるのが、次の金土日の3日間。
学校があるから、金曜日は出れないが。
「今年も『信玄公祭り』が開催されるわ。みんな、今年も『突撃』するわよ!」
週末を控えた木曜日の放課後、部室に行くと、高坂先輩が、ホワイトボードに大きく、
「信玄公祭り!」
と書いていた。
ちなみに、高坂先輩は部長だった。
それより「突撃」という言葉に物騒な物を感じると共に、先日の姉の言葉が気になった。
「あの娘、かなりの変わり者だからね」
「行動力がハンパないらしいのよ。歴史の調査のためだ、って言っていきなり旧家に押しかけて
あの過保護な姉が、俺に無意味に嘘をつくとは考えられないからだ。
一体、何が起こると言うのか。
「ふふふ。もしかして、いろは。今年も、あれ、やるの?」
彼女の親友という、楢崎先輩が、いつものように不気味な笑みを浮かべ、表情を長い髪で隠しながら言う。
「もちろんよ! 今年も引っ掻き回すわよ!」
叫んで宣言する高坂先輩。
なるほど。彼女、実は猫かぶってたな。
俺たちの前では、とりあえずおとなしくして見せていたんだろう。
だんだん、本性を現してきた気がする。
楢崎先輩の言う、「あれ」が何なのか気になるが。
「あまり派手にやって、警察に捕まらないで下さいね」
藤原先輩の一言に、ちょっとビビる俺と本郷。
「警察に捕まるようなこと、する気なんですか?」
思わず聞いてみると、
「いやいや、鹿之助くん。そんなことしないよ」
と、なんでもないことのように誤魔化す部長殿だったが、なんだか怪しい気がしてきた。
「とりあえず、土曜日の午前10時に、フィールドワークをやるから、部員は
それだけを言って、高坂先輩は、その日、さっさと帰ってしまった。
俺は何をやる気なのか、気が気でなかったから、楢崎先輩に聞いてみるが。
「何をする気なんですか?」
「ふふふ。当日のお楽しみ……」
相変わらず、何を考えてるかわからないこの先輩は、不敵な笑みを浮かべるだけだった。
「藤原先輩。教えて下さい」
ならば、とこっちに聞いてみるも。
「それは、私の口からは言えないわ」
あっさり断られた。
なんだ、口止めでもされてるのか。不安は募るばかり。
そもそも、高坂先輩の言う「フィールドワーク」が何を示しているのか、わからない。
次の土曜日、午前10時。
舞鶴城公園入口、遊亀橋。
この公園は、甲府駅からすぐ南にあり、甲府城跡となっており、今は再建された
そもそも甲府城は、江戸時代に作られたものだから、戦国時代にはなかったはずで、全く武田信玄とは関係がない。
そして、約束の時間に本郷と行ってみると。
そこには、戦国時代の姫の仮装に身を固めた、高坂先輩と、それを興味深げに眺めては、はしゃいでいる二人の先輩女子がいた。
高坂先輩は、着飾っていた。鮮やかな花の柄(何の花かは、男子である俺にはわからなかったが)の黄色い
「先輩、キレイっす!」
お調子者の本郷がいきなりそう言って、
「ありがとう」
高坂先輩は笑顔で答えているが。
「高坂先輩、どうしたんですか、その衣装?」
俺は冷静に聞いてみた。
「い、いろは、この後行われる『スーパー風林火山パフォーマンスコンテスト』に参加するの」
代わりに、楢崎先輩が、不気味に微笑みながら答えてくれた。
そのコンテストがどういうものかは、わからないが、いきなりそんなコンテストに参加するとは。
と、思っていたら。
「本当は昨日、『
そう言って、高坂先輩は、悔しがる。
ちなみに、『湖衣姫』とは、通称『
「じゃあ、とりあえずみんな、行くよ」
先頭をつかつかと歩いて行った。しかもいきなり公園を出て反対方向に向かう。
とりあえずついていくしかない俺たち。
やがて、
『賑わい城下町』
と書かれた垂れ幕が見えてくる。
これも祭りの一環で、県産品の展示即売や、飲食コーナーなどが開かれていた。
賑わいを見せる中、彼女は、積極的に店先を回っては、展示品を手に取ったり、買ったりして、さらにまだ10時だというのに飲食を始めた。
パワフルな人だった。
だが、そのパワフルさはとどまらなかった。
『賑わい城下町』のすぐ南にある、甲府中央商店街、通称『かすがモール』と呼ばれる場所では。
『信玄グルメ横丁』
なる垂れ幕があり、山梨県の伝統料理の提供などを行っていた。
彼女は、そこで朝から、伝統料理の「ほうとう」や桔梗信玄餅を食べ、さらに特産品の桃やぶどう、さくらんぼまで食べていた。
よくあれで太らないな、と思いつつ、俺たちも軽く軽食を取る。
そして、午前10時30分。
舞鶴城公園に戻ってきた俺たちは、自由広場に落ち着く。
「じゃあ、行ってくるね」
笑顔でそう言って、彼女は「参加者控え室」と書かれたテントに入って行った。
やがて、司会の人間がステージに上がり、「スーパー風林火山パフォーマンスコンテスト」の開催を宣言する。
これは、「信玄公の
武田節ってのは、確か1960年くらいに作られた民謡だったか。
多くの参加者が様々なパフォーマンスを演じる中、やがて彼女がステージ上に上る。
そして、高坂先輩は、少しも物おじせずに、「武田節」を拳を握りながら、演歌歌手のように力強く歌い始めた。
しかも、やたらと上手い。
終わってみると、他の参加者とは比べ物にならないくらい、盛大な拍手と歓声が送られていた。
「高坂先輩って、何者ですか?」
近くにいた、まだ話しやすい藤原先輩に聞いてみると、
「ふふ。先輩はね、毎年これに参加してるらしいよ。『私は信玄公祭りのために生きている』って言ってたくらい大好きみたいよ」
と笑顔で教えてくれた。
改めて、強烈な個性だと思った。
高坂先輩の行動力の凄さは、これだけではなかった。
午後、今度は山梨県庁に連れていかれた。
そこでは、『川中島ミニ決戦』なるイベントが開かれており、かの有名な上杉謙信との戦い、「川中島の戦い」を再現したイベントが行われた。
甲冑に身を包んだ参加者たちが、実際に
そんな中、規制線のすれすれまで近寄っては、
「きゃー。すごい! 素敵!」
彼女は子供のように一人、はしゃいで観戦をしているのだった。
俺たちは、遠巻きに眺めているだけだった。
しかもそれが終わると今度は、『軍団集結』があるから、とまた舞鶴城公園に戻り、甲冑武者たちを見ては、はしゃぎ、盛んに写真を撮っていた。
午後4時。同じ場所で『出陣式』が行われた。
巫女による舞、信玄公復活、兜装着の儀、そして武田家の出陣式『
これは、わざわざ毎年、武田信玄や山本勘助の役に、そこそこ有名な俳優を呼んでおり、「川中島の合戦」への出陣を模して、まるで時代劇のように、ちゃんと芝居もする。
そして、いよいよ出陣の下知が下されると。
「きゃー! 信玄様! 勘助様!」
そんな彼ら俳優たちを見て、興奮した彼女はそう叫び、規制線を乗り越えそうになっていた。
「ちょっと、君。前に出すぎ!」
警備員に怒られながらも、興奮のあまり、今にも飛び出しそうな彼女。
見慣れている二人の先輩とは違い、俺と本郷は苦笑するしかなかった。というか、朝から散々連れ回された俺たちは、すでに疲れていたが。
そして、その後は、市中を彼ら甲冑武者たちが練り歩く『甲州軍団出陣』イベントだ。
甲府駅前から平和通り、城東通り、そして舞鶴城公園まで、総勢1000名以上の参加者が、甲冑姿に身を包み、練り歩く、いわゆるパレードだが。
ここでも彼女の興奮は収まらなかった。
先程と同じように、規制線のギリギリまで行っては、
「今度は、
と言っては、はしゃいでおり、また規制線を越えそうになって、警備員に叱られていた。
ちなみに、真田氏といえば、真田
やがて、「湖衣姫」もやってきた。
どうやら、後で聞いた話だと、昨日行われた「湖衣姫コンテスト」の優勝者が、このパレードに参加できるらしい。
彼女は、
「ああ、私も出たかったなあ」
と悔しがりながら、羨ましそうに湖衣姫役の女性を眺めていた。
パレードは、午後7時まで続き、最期にまた舞鶴城公園で『帰陣式』が行われた。
銀魂の儀、
最後に、
「えい、えい、おう!」
と俳優たちが叫ぶと、観客たちのほとんどが拍手をする中、高坂先輩だけは、
「えい、えい、おう!」
と、一人叫んでいた。
めちゃくちゃ目立っていた。
俺たちは、なんだか恥ずかしくなり、他人のふりをしていたが。
終わった頃には、すっかり陽が暮れて、辺りは暗くなっていた。
「ああ、楽しかった!」
満面の笑みを浮かべる彼女。せっかくの着物が汗や埃で汚れているのに、気にもしていなかった。
ああ、この人は、本当に戦国時代、武田信玄が好きなんだな、と俺は感慨深かった。
何かに対して、これだけ夢中になれるのは、ある意味、才能というか、羨ましくもある。
この小さな体のどこに、こんなパワーがあるのか。
結局、この日、一日中、ずっと彼女に振り回されて、疲れていた俺たちだったが、不思議と俺はイヤな感じはしなかった。
本郷も、楢崎先輩も、藤原先輩もそこは同じようで、
「お疲れ様」
「よかったですわ、パフォーマンス」
「さすが先輩っす」
みんなで、彼女を
ちなみに、「スーパー風林火山パフォーマンスコンテスト」の結果、高坂先輩は、見事に優勝して、賞金30万円を獲得していた。
やはり、ここまで「好き」というものを貫くのは、ある意味、才能かもしれない。
そんな、見た目に反して、パワフルな彼女を見せつけられた後、5月の連休が明けた頃。
「みんな、せっかく新入生も入ったし、戦国史跡巡りに行くわよ」
部長の彼女が、ある日の放課後、提案した。
それまでは、高坂先輩は、やたらと難しい古語で書かれた戦国時代の文献を、楢崎先輩は歴史小説を、藤原先輩は和歌集を見ては、割とまったりと部室で過ごしていたが。
ちなみに、本郷はずっと携帯アプリゲーム「艦隊マニア」、通称「艦マニ」をやっていた。確か近現代の軍艦が女の子になって、主人公が提督として率いるっていうシミュレーションゲームだったと思う。いや、遊んでるだけで全然部活動になってないが。
俺は、仕方ないので、適当にネットで歴史の勉強をしていた。
そこからが、またパワフルな彼女の本領発揮だった。
高校生の俺たちには、「足」となる武器がない。
なので、とりあえず山梨県内にある、戦国時代の史跡を巡る、と言った高坂先輩が選んだ交通手段は、電車と徒歩だった。
甲府から電車に乗って、
やがて、20分ほどで着いた場所は。
だった。
先頭を歩いていた高坂先輩は、その公園に着いて、案内板の地図を見た後、少し高くなっている堤防に上る。
そして、振り返って、解説を始めた。
「みんな。この信玄堤公園こそが、武田信玄公が残した、最も偉大な業績よ」
そう言って、続ける彼女。
「かつて、甲斐国では、
今、目の前に見えているのは、そのうちの釜無川だが、今は穏やかな流れが横たわっているだけだから、想像もつかなかったが。
「そこで、信玄公は考えた。『
彼女の説明は、まるで大学の教授のように、わかりやすかった。『甲斐国誌』という文献まで説明に交えている。
パワフルなだけでなく、頭もいいし、教師向きかもしれない。
「さらにすごいのは、『
長い説明が終わると、
「でも、どうやって、そんなの築いたんすか? 当時、ショベルカーもダンプもないっすよね?」
本郷が珍しく、真剣な表情で発言していた。
「そうね。だからもちろん全部
「20年! すごいっすね、信玄」
いちいち、言い方が軽い本郷は置いておいても、確かにこの業績は凄いと思う。
「それも、信玄公は家督を継いで、すぐにこの堤防の工事に着手したそうよ。父の
深い話だ。
彼女はただのパワフルで、破天荒な、変わり者ではなかった。
「古来から『川を治める者が国を治める』って言われてるの。ゲリラ豪雨なんかが続いて、川が氾濫するようになった現代でも通じることだわ」
そう言った後、彼女は俺の方に近づいてきて、
「どう、鹿之助くん。歴史って、ちゃんと学ぶと面白いでしょ? 歴史っていうのはただ過去の出来事じゃなくて、現代にも続く物語なの」
そう笑顔を見せた。
「はい、そうですね」
意外な一面を彼女に見た。
少し、彼女を見直した。
「ふふ。いろはってホント、戦国好きよね」
楢崎先輩が。
「そうですね。私は戦国時代、よくわからないですけど」
藤原先輩だ。
そういえば、この二人も歴史好きだが、その辺の好みは知らない。
「お二人は、どの時代が好きなんですか?」
何気なく聞いてみたが。
楢崎先輩は、不気味な笑顔と共に、
「私は、幕末。特に、男同士がくんずほぐれつやってるのが好き。ふふふ……」
と、なんか気色の悪いことを言い出した。
つまり、この娘、男同士のそういうこと、いわゆる「やおい」好きだな。
「私は平安時代ですわ。戦国時代みたいに荒れてないですし、和歌が素晴らしいんです。あと、
藤原先輩は、うっとりした瞳を浮かべていた。
こちらも、わかりやすく、平安好きのようだ。安倍晴明といえば、
「君は、やっぱり近現代? いつもなんかそういうゲームやってるよね?」
高坂先輩が、本郷に目を向ける。
「そうっすね。特にコレと言った、好きな時代はないんすけど、しいていえばそこでしょうね。ほら、俺の名前って、日露戦争で活躍した、
そう言った。そういえば、いつだったか、こいつの名前の由来を聞いたことがあると思い出した。
秋山真之は、日本海軍の有名な参謀で、日露戦争の日本海海戦を勝利に導いた、陰の立役者とも言われている。
現代では、実際に艦隊を率いた
「へえ。そりゃ、すごいね」
ちょっと驚いてみせる高坂先輩だったが、あまり興味のなさそうな顔だった。哀れ、本郷。
「で、君は? やっぱ鹿之助くんって言うくらいだから、戦国だよね?」
念を押すように、俺に興味深そうな目を向けてくるが。
「いや、まあ戦国も好きですが、俺はオールマイティーですね。日本史の授業は好きですし、大体どの時代でもわかりますよ」
そう言うと、彼女の表情は、花が開いたように明るくなった。
「お、それは頼もしいね」
そこからが、大変だった。
「まだ、戦国の史跡を回るよ」
そう言った高坂先輩について行くのだが。
竜王駅から再び電車に乗り、近くの
しかも結構距離がある。
普段、運動不足の俺と本郷は、たちまちヘバっていた。
「先輩、まだっすか? もう疲れました」
本郷が情けない声を上げて、訴える。だが、俺も足が棒になってきていた。
「情けないなあ。もうちょっとだよ」
なんだかんだで、健脚な彼女は、どんどん歩みを進めて道路を歩いていく。
釜無川の橋を渡り、道端には、ひたすら民家と畑が続くだけの、のどかな道を進んでいく。
やがて、道は少しずつ坂になり、さらに俺たちの体力を奪っていく。
そして、50分後。
「着いたよ」
やっと、彼女の足が止まった。
そこにあったのは、
と書かれた案内板だった。
息を切らしながら、
「ここは、どういう場所なんですか?」
と俺が聞くと。
「甲斐武田氏にとって、すごく意味のある場所だよ」
それだけを言って、高坂先輩は、息も切らさず、鳥居をくぐって、境内に足を踏み入れていく。
そこは、小高い丘のような場所で、境内には古い木造の社が建っていた。
俺たちは、
やがて、神社入口近くにあるベンチに腰を落ち着かせる俺たち。
高坂先輩は、おもむろに語り始めた。
「ここ武田八幡宮はね、822年に創建されたって言われてるわ」
一番驚いたのは、平安好きな藤原先輩だった。
「822年! 平安時代じゃないですか。そんなに古いんですか?」
「ええ。まあ、起源には色々な説があるけど、一説によれば、あの空海が夢の中で、
空海と言えば、あの有名な坊さんか。
「そして、武田
「武田信義って、誰ですか?」
さすがに、俺も聞き覚えがなかったから聞いてみると。
「平安末期から鎌倉初期くらいの武将で、甲斐源氏4代目、武田氏の初代当主と言われてるわね」
「へえ」
よく、そういうことをスラスラと言えると、ちょっと感心した。
彼女は相当勉強熱心だ。
「もちろん、戦国時代には武田信玄も、その息子の義信も再建したと言われてるわ」
「義信って、確か裏切って、信玄に殺されたんでしたっけ?」
うろ覚えながら、そんなことを思い出して、口に出すが。
「うーん。ちょっと違うかな。義信は奥さんが今川義元の娘だったの。だから今川家とのつながりが深かった。ところが、信玄は、その今川義元が亡くなると、
彼女の説明はわかりやすく、割と現代にも置き換えられているから、すんなり頭に入りやすかった。
「当然、義信は反対した。で、怒った信玄が義信を幽閉して、やむなく義信を自害に追いこんだ、と私は見てるわ」
「それってどういうことですか? 確か、義信は信玄に対する
俺の、わずかな記憶をたどると、そういうことだったはずだ。
ところが、彼女の発言は意外だった。
「それは、『
意外にも、彼女はその『甲陽軍鑑』をちゃんと読んでいて、独自の解釈までしていた。
ちなみに、『甲陽軍鑑』ってのは、戦国時代に書かれた、武田家のことを記載した史料として知られている。
もう普通の高校生には見えない。大学の研究者みたいだ。
「確かに『甲陽軍鑑』には、義信が
「どうしてですか?」
「だって、義信は
希望的解釈に過ぎない、とも思うが、何となく彼女の言いたいことは伝わってきた。
きっと、お互い、本気で殺したいと思っていたわけではなく、不幸な行き違いがあったと言いたいんだろう。
まあ、この辺りは彼女がそう思うだけの、優しさなのかもしれないが。
「そうそう。義信と言えば、この近くに武田義信館跡ってのがあるけど、後で行ってみる?」
「まあ、いいですよ。ここまで来たら、もうついでですから」
半ば諦めてそう口に出す俺。
「あと、武田勝頼の奥さんが、甲州征伐の時に、勝頼の武運を祈って、ここに祈願文を捧げてね。その祈願文は掛け軸になって、県指定の有形文化財にもなってるわ」
いつの間にか、会話をしていたのが、俺と高坂先輩だけになっていた。
楢崎先輩も、藤原先輩も、好きなジャンル外だからあまり関心を示さなかったし、本郷はまだヘバっていた。
「ああ、確か
「そうそう。よく知ってるね。
その後も、彼女の説明は続き、武田家滅亡後、徳川家康が社領を安堵したとか、
俺は、彼女の話を聞いて、頷きながら、この娘は、本当に頭がよく、そして歴史を心底愛しているんだ、と思うのだった。
帰りに、近くにあるという、武田義信館跡にも行ってみたが、質素な白い柱と、案内版があるだけで、当時の遺構などは、ほとんど残っていなかった。
こうして、俺たち「歴史研究部」の初の野外フィールドワークは終わった。
正直、疲れた。
けれど、俺は姉が言うだけの、「変わり者」、「ハンパない行動力」だけではない、高坂いろはの、別の側面を見れた気がしたのだった。
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