第39話 ドロイドの谷 ④桜編2
初めて生み出した六つ目の『シャイン』。
一つ目の『シャイン』への意識をいくら薄めたといっても、繋がりが完全に消えたわけじゃない。腕が一本増えたような、そんな負荷が脳にかかるのを感じた。だが、おかげで敵はこの『シャイン』に重さを与えられない。この『シャイン』は、モンスターに確実に当たる。
明度の低い球がモンスターに向かっていく。
それは、今までで最も早く、最も重い一撃だった。
あらためて覚悟を決めたことで、桜は自身の底に眠っていた力を、知らず知らずに引き出していた。
だが、その『シャイン』がモンスターに当たることはなかった。
六つ目の『シャイン』が風を切るなか、モンスターはゆっくりと、落ち着いた様子で、左手を前に出した。次の瞬間、そのモンスターの左手から、木の枝が蜘蛛の巣のように放射状に飛びだした。その木の枝はモンスターの左手の前でぐるぐると回転を始めると、前後に編み込まれ、一枚の盾を形成した。
『シャイン』がその盾と激突する。
激しく回転する『シャイン』。盾が少しずつ削れていく。だが、モンスターは顔色一つ変えなかった。
『シャイン』の動きが止まる。
桜の額には、汗がびっしりと浮かんでいた。
盾を形成していた木の枝が動き始める。まるで一本一本に意思があるかのように、うねりながら解かれた枝は、次のターゲットを桜に定めた。鋭く尖った枝先。全てが桜に照準をあてる。桜が危険だと感じたとき、一本の枝が桜の左肩を貫いた。
「あぁぁ」
続けざまに飛んでくる複数の枝。
数は九本。
桜は咄嗟に右手を前に出した。
「『ディファンド』!!」
桜の目の前に光の壁が出現する。
だが、その壁は四本の枝に貫かれ、あっという間に砕け散った。すぐさま二つ目の『ディファンド』を生成する。しかし、これもまた四本の枝に貫かれ粉々に。『ディファンド』を潜り抜けた一本の枝が、桜の右足を貫いた。
あまりの痛みに、桜は叫び声を上げた。
抑えられない涙。弱気な姿を見せても、あのモンスターが喜ぶだけ。もっと気丈に振る舞わなければ。そう分かっているのに、体が言うことを聞いてくれない。
全ての枝がモンスターの元へと戻っていく。
肩と足から枝が無理やり引き抜かれ、桜はまたも声をあげた。
桜の血で真っ赤に染まった二本の枝。モンスターはその二本を口元に近づけると、長い舌をだし、血を舐めた。モンスターはまたも、嬉しそうな声を上げた。
だめだ。この程度で怯えてはいけない。
「『ヒール』」
肩と足の穴が少しずつ塞がっていく。
HPが65/91を、MPが67/161を表示した。
痛む足に力を入れ、もう一度、『シャイン』に意識を向ける。浮かび上がる気配のない五つの球。だが、やはり六つ目の球は、未だ桜の指示に忠実だった。モンスターの目の前をふわふわと漂う『シャイン』。それが急速に、回転を始める。もう一度、いや、何度でも。桜は浮かぶシャインに指示を出した。
モンスターの左手に形成される枝の盾。『シャイン』と盾が、再度、衝突する。だが、すぐに盾と離れる『シャイン』。すると、『シャイン』はモンスターの背後にまわった。モンスターの頬がぴくりと動く。次の瞬間、六つ目の『シャイン』が地面にめりこんだ。同時に、桜は一つの『シャイン』が重さから解放されるのを感じた。すかさず、その『シャイン』に指示をだす。その『シャイン』は、モンスターの腹に命中した。
「やった!!!」
地面に跡をつけながら、後ずさるモンスター。
手応えは充分あった。これを続ければ、このモンスターを倒せる。
桜は確信した。だが、そのとき。突然、桜の両手と両足が、木の枝で縛り上げられた。両手は揃えて上げさせられ、足もまっすぐ下に固定される。見ると、モンスターの左手から伸びた十本の枝が、地面を這ってこちらまで伸びてきていた。それは、桜の数メートル前で桜を囲むように広がり、木や地面を伝って桜の手と足を拘束した。
攻撃に夢中で気づけなかった。
ぎちぎちに隙間なく、桜を拘束する木の枝。振りほどこうと力を入れても、微動だにしない。逆に拘束が強くなる。前を見ると、モンスターが一歩ずつ、慎重に、油断することなく、こちらに近づいていた。『シャイン』に指示を出す桜。一つの『シャイン』が回転し、モンスターに向かう。だが、それはすぐに、地面にめり込んだ。軽くなる他の『シャイン』。すぐにモンスターへ放つ。しかし、結果は同じ。数センチ浮かんだだけで、その『シャイン』は重さに支配されてしまう。そして、その間に縮まっていく桜とモンスターの距離。
だが、桜は諦めなかった。桜は何十回と『シャイン』に指示を出した。いつの間にか、桜は六つの『シャイン』全てに指示を出していた。しかし、そのことに気づく暇さえないほどに、桜は全神経を集中させ、モンスターを倒しにかかっていた。それでも、この状況が覆ることはなかった。
桜の目の前で立ち止まるモンスター。
息を切らした桜とは対象に、モンスターは優雅な姿勢を崩さない。
力の差は、歴然だった。
「勝ち誇ってるの?」
桜はモンスターを見た。
モンスターは黒い眼で、吟味するように、桜の全身を見ていた。時折だす舌から跳ねたつばが、桜の顔にかかる。強烈な匂いに、桜は思わず顔をしかめた。
モンスターが声を上げる。
それは喜びか、嘲笑か。
桜にとっては、どちらでもよかった。
ほんの一瞬。声を上げたときにできた、ほんの一瞬の隙。
桜はそれを、見逃さなかった。
「『シャイン』!!!」
桜の右手から生みだされた七つ目の『シャイン』。
それは、モンスターの顔面に直撃した。
歪むモンスターの顔。木の枝の拘束が緩む。その隙に、桜は力を振り絞り、木の枝から脱出した。そしてすぐに、他の『シャイン』に指示をだす。六つの『シャイン』が浮かび上がる。空を切り、モンスターを攻撃する『シャイン』。虚を突かれたモンスターは、四方からのこの攻撃をまともに食らった。だが、すぐに体勢を立てなおし、モンスターは『シャイン』に重さをくわえた。五つの『シャイン』が地面にめりこむ。しかし、残り二つの『シャイン』が、モンスターの顔と腹に命中した。声を上げるモンスター。それは、今までの声とは明らかに違う、弱々しい声だった。だが、それを聞いても、桜は追撃の手を緩めなかった。もう、覚悟を決まっていた。桜の心は、もう、生きるか死ぬかの世界にいた。
少しずつ、『シャイン』にかかる重さが弱くなっていく。両手を前に出し、『シャイン』への指示を強める。浮かび上がる七つの『シャイン』。
いける。このまま、七つの『シャイン』で仕留めきる。
その時、突如、桜の鼻から大量の血が吹き出した。
そして、桜と七つの『シャイン』の繋がりが完全に消え、『シャイン』は空中で霧散した。
思わず、その場に膝をつく桜。
ぐわんぐわんと、脳を揺さぶられる感覚。
焦点が合わない。何も考えられない。
ただただ、頭が痛い。痛すぎる。
「『ヒー……ル』」
口が勝手に動いた。
血が止まる。頭の痛みも和らいでいく。
意識がはっきりとしてきた。
やはり、七つの『シャイン』を扱うのは無理があったみたいだ。それでも、七つの『シャイン』を扱わなければ、あのモンスターには勝てない。つまり、現状、無理をしてでもわたしはやるしかない。弱いわたしに、選択肢はない。
視界の端で、モンスターが立ち上がるのが見えた。
体中に傷を負ったモンスター。
次の一手で決まる。
桜はもう一度、覚悟を決めた。
静寂が場を包み込む。
「『シャイン』!!!」
モンスターに向かっていく七つの『シャイン』。
一つ、二つと地面にめり込んでいく。五つ目の『シャイン』が地面にめり込んだ。六つ目の『シャイン』が木の盾と衝突する。残った七つ目の『シャイン』が、開いた道を通って、モンスターめがけて飛んでいく。
もう防ぐすべはない。これでおしまいだ!
盾をすり抜ける『シャイン』。
モンスターの腹に、『シャイン』が命中した。
かと思われた。
だが、モンスターと当たる、その瞬間、『シャイン』は地面にめり込んだ。
「……え?」
驚きも束の間、桜の体にあの重さがのしかかってきた。自然と這いつくばる姿勢になる桜。重さで無理矢理、全身を潰される感覚。体中が悲鳴をあげる。しかし、桜の頭には、痛みよりも困惑があった。
まだ五つの『シャイン』には重さが掛かっている。それなのに、なぜ、六つ目の『シャイン』とわたしに重さが加わっているの? まさか、あのモンスターも土壇場で成長したの?
前方から聞こえる不自然な足音に、思考が遮られる。
視線を上げると、そこには、四足で歩くあの鹿のモンスターがいた。より獣に近い姿になったモンスターは、ローブのようなものがなくなり、艶のいい毛が風に揺られ、きらきらと輝いていた。今までと違い、表情が全く読めず、モンスターは不思議なものでも見ているかのように、じっと静かに桜を見ていた。
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