第40話 ドロイドの谷 ④桜編3

 桜はまだ重さの掛かっていない、盾に防がれた『シャイン』に指示を出す。浮かび上がり、モンスターに向かっていく『シャイン』。ほんの一瞬、全ての『シャイン』から重さが消えた。だがすぐに、全ての『シャイン』が、またも地面にめり込んだ。


 これは、今までとは違う能力だ!


 桜は、『シャイン』全てを内におさめた、円形に沈んだ地面を見て思った。急いで自分の周りの地面を見る。すると、こちらも先ほどとは違い、桜を中心に円形に地面が沈んでいた。


 これは、物体に重さを加えるのではなく、空間に重さを加える能力だ。


 桜は、少しずつ増す重さに耐えながら、なんとか思考をまわした。

 今まであのモンスターは、指定した物体に重さを加えていた。だが今は、広い空間にまとめて重さを加えている。指定した空間内のもの全てに、重さを加えている。そして、見る限りその範囲に大きさの制限はない。円形であれば、どこでも、どんな範囲でも、重さを加えられるのだろう。あのモンスターは、自由自在に範囲を決めて、その範囲を重さで完全に支配できるんだ。

 わたしの七つの『シャイン』は、この新たな能力でまとめて重さを加えられた。つまり、今、あのモンスターが加えている重さは、たったの二つだけ。なんとかもう一つ『シャイン』を生みだし攻撃しても、残った三回の重さで防がれてしまう。


 桜は、地面にめり込んだ七つの『シャイン』を解除しようと試みた。

 だが、やはり、重さを加えられた『シャイン』が消えることはなかった。


 やっぱりだめだ。

 これじゃあ、もう、わたしに打てる手はない。 

 桜は、全身から力が抜けていくのを感じた。


 わたしの負けだ。

 もう、抵抗する力も気力もない。

 充分やりきった。

 ここまでやって死ぬのなら……


 ごめんなさい。

 お姉ちゃん、悠人さん。

 

 桜は静かに目を閉じた。


ーーーーーーーーーー


 全身を押さえつけていた重さがなくなる。


 ああ、もう死んでしまったのか。

 死ぬときってもっと苦しいと思っていたけど、一瞬だったな。

 これなら、あんなに怖がることはなかったかも。


 わたしなりに頑張ってみたけど、お姉ちゃんは褒めてくれるだろうか。

 死ぬとき、お姉ちゃんはどんな気持ちだったのだろう。

 今のわたしと同じで、やりきった気持ち?

 もう後悔はない、そんな気持ち?


 違う。

 お姉ちゃんは理不尽に殺された。

 お姉ちゃんには明るい未来があった。

 そんなお姉ちゃんの命をもらって、わたしは生きていた。

 それなのに……わたしは。

 ごめんなさい。

 お姉ちゃん。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい……



「ブューン!!!」


 突如、響いたモンスターの鳴き声。

 桜は思わず自身の耳を疑った。


 わたしは死んだはずなのに、どうしてあのモンスターの声が聞こえるの?


 おそるおそる瞼を持ち上げる。

 そこに映ったのは、長い角を切り落とされ、嘆くように頭を振るモンスターの姿だった。角を切り落とした人物が、剣を鞘に納め、桜のもとへ駆け寄ってくる。


 桜は涙が溢れだしそうになるのを、必死におさえた。

 あなたは、いつもわたしを助けてくれる。

 どんな場所でも、駆けつけてくれる。


「悠人さん!!!」

「悪い、桜。遅くなった」


 桜の目の前で立ち止まった悠人。

 悠人は桜の手を握り、言った。


「一人でよく頑張ったな」

「はい……、はい、がんばりました」

「もう大丈夫だ」


 悠人は桜の肩と足に手を当てると、桜を持ち上げ、一瞬でその場から移動した。モンスターの視界から、悠人と桜の姿が消える。悠人はモンスターが自分たちを見失ったことを確認すると、桜を下ろし、あらためて向き直った。


「桜、よく生きててくれた。

 ありがとう」

「いえ。悠人さんがいなかったら、わたしは死んでました。

 お礼を言うのはこちらです」


 頭を下げる桜。

 だが、顔をあげたとき、桜は眩しい笑顔を浮かべていた。

 土や涙でドロドロだったが、その笑顔を見ただけで、悠人は自身に力が湧いてくるのを感じた。

 間に合って、本当によかった。


「再会をもっと喜びたいが、まだそのときじゃない。

 桜、あのモンスターの能力は分かるか?」

「はい。あのモンスターは空間に重さを加えてきます」

「重力を操る能力か。

 重さを加えるだけか?」

「はい。わたしが見たのはそれだけです。

 あと、二足歩行をしているとき、左手から十本の木の枝みたいなものを伸ばしてきました」

「二足歩行? まさか、形態変化か?

 ということは、桜があのモンスターを追い詰めた……。

 いや、そんなこと……」

「これです」


 桜は右手を上にむけると、『シャイン』を生みだした。

 なんとか生みだした八個目の『シャイン』は、他と比べて小さく、明度もかなり低かった。しかし、『シャイン』であることに変わりはない。鈍く光る『シャイン』が、空中で回転を始める。


「これをあのモンスターにぶつけたんです」

「すごいな。そんなことができるようになってたのか。

 わかった。警戒すべきは、重さと木の枝だな。

 桜、まだ戦えるか?」

「はい! もちろんです!!」

「よし、やるぞ!!」


 悠人が立ち上がる。


 桜は嬉しかった。

 悠人に頼られたことが。

 悠人の隣で、一緒に戦えることが。


「作戦を伝える」


 悠人が桜に顔を近づける。

 桜は悠人の予想外の行動に、こんなときだというのに、自分の顔が少し赤くなるのを感じた。

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