第38話 ドロイドの谷 ④桜編1
*現在の桜のステータスです
ワタナベサクラ
職業 勇者
レベル 18
HP 91
MP 161
ちから 30
みのまもり 74
かしこさ 150
すばやさ 62
みりょく 102
スキル S 炎帝 レベル1 (炎を自由自在に操る)
E シャイン レベル3(光の玉を生み出す)消費MP 5
B ディファンド レベル3(光の壁を生み出す) 消費MP 23
C エコー レベル3(超音波を放つ)消費MP 10
B ヒール レベル3 (HPを25回復させる) 消費MP 18
C 学ぶ者 (かしこさとMPが上がりやすくなる)
A ハイブロー(他人がもつスキルを5回連続で見た時、そのスキルを獲得
する[常時スキルは獲得できない]。 MPとかしこさがより
上がりやすくなる)
A テレポート レベル2(任意の位置に移動する)消費MP50
*
体が重い。起き上がれない。
『テレポート』も使えない。
頬に当たる冷たい土の感触。葉先の尖った雑草がチクチクと肌を刺す。
忍び寄る影。
一歩、また一歩と、わたしとモンスターの距離が縮まっていく。
呼吸が浅くなる。体にのしかかる重さのせいだけではない。モンスターから放たれる強いプレッシャーが、わたしの皮膚を突き刺している。わたしでも分かった。このモンスターとわたしの間には、圧倒的な実力差がある。
汗が全身から噴き出していた。今にも涙がこぼれ落ちそうだった。
それでも、戦わなくてはならない。
悠人さんについていくと決めたときから、いつかこんな日が来ることは分かっていた。わたしだって、いつまでも助けられるだけの存在じゃいられないんだ。
覚悟を決めて、わたしはモンスターを見た。
目に映ったのは、嬉しそうに口角を上げるモンスターだった。そのあまりにおぞましい表情に、わたしは思わず小さな悲鳴をあげた。その声を聞いたモンスターが、ブューンと甲高い声をあげた。
笑っているの?
体感したことのない恐怖を感じ、全身が震えだす。押さえつけられ、身動きが一切とれないはずなのに、体の震えは止まらなかった。奥歯はガタガタと音を立て、全身を凍りつくような悪寒が走った。それでも、わたしは目の前のモンスターから目が離せなかった。目を離せば死ぬと、わたしの本能がそう告げていた。
突然、モンスターが歩みを止めた。
右手を前に出すモンスター。その右手に掴んでいたのは、二十センチほどの大きさをしたネズミだった。尻尾を掴まれたネズミは、モンスターから逃れようと空中でバタバタと四肢を動かしている。左右に大きく揺れるネズミ。その様子を、モンスターは静かに見ていた。
モンスターがネズミを離した。スイングしていたネズミは勢いよく空を飛び、わたしの近くに無様な姿で着地した。すぐに体勢を整え、モンスターから逃げるネズミ。だが、ネズミが動けたのはほんの数十センチだけだった。突然ネズミが固まる。すると、ネズミは上からプレス機で圧縮されているかのように、体がどんどん小さくなっていった。皮膚が裂け、血が地面に流れでる。目、内臓が飛び出し、ネズミの原型はあっという間になくなった。あたりに飛び散ったぐちゃぐちゃの死体。モンスターはそれに近づくと、右手をその死体の上に置いた。身や液体が右手の前に集まっていく。収束した死体は一つの球となり、モンスターの右手におさまった。モンスターはそれを掴むと、大きく開けた口に放り込んだ。ゴクリと喉を鳴らし、ネズミだったものは、モンスターの胃袋の中へと沈んでいった。
モンスターが右手を前に出し、人差し指をわたしに向けた。
次はお前だ。
モンスターはそう言っていた。
恐怖という名の感情がわたしを支配した。
怖い、嫌だ、死にたくない。
それ以外、もうなにも考えられなかった。
モンスターが一歩、わたしに近づいた。
体にのしかかる重みが増していく。
「あ゙あぁ……」
思わず声が零れた。
そんなわたしを、モンスターは嬉しそうに見ていた。
全身に走る痛み。
骨がミシミシと音を立て始める。
圧迫され、内臓がはち切れそうだった。
ついさっき、目の前で死んだネズミが脳裏に浮かんでくる。
わたしもあんなふうに死んでいくのか。
皮膚が裂けて、全部が飛び出して、ぐちゃぐちゃになる。
そして、このモンスターに食べられる。
嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!
死にたくない! 死にたくない! 死にたくない!
一瞬、モンスターは何かを感じたのか、後ろに顔を向けた。
ほんの一瞬。隙などない。すぐにモンスターは、視線をわたしに戻した。
だが、わたしはその一瞬を見逃さなかった。
モンスターが見た場所は、間違いなく悠人さんが落ちた場所だった。
もしかして、悠人さんがわたしを助けに!
でも、間に合わない。わたしはもう死ぬ。
ごめんなさい、悠人さん。
何も力になれなくて。
馬鹿で、弱くて、役立たずで。
こんな駄目なわたしで、本当にごめんなさい。
せめて、足手まといにならないよう静かに死にま……。
まって。
ここは、ドロイドの谷。このモンスターを見て分かるように、今までと明らかにモンスターのレベルが違う。いくら悠人さんでも、一度もダメージを食らわずに、ここまでくるなんて可能だろうか? もし、ダメージを食らって、HPが1の状態でわたしを助けに来たとしたら。その状態で、なんの情報もなしにこのモンスターと戦うことになったとしたら。
だめだ! そんなこと、絶対にだめだ!!
優しい悠人さんなら、自分がどれだけ傷ついていても、誰かを助ける選択をとるだろう。それがたとえ、自分が死ぬかもしれなくても。それがたとえ、自分より強い敵だったとしても。
その優しさに甘えてはいけない。
その優しさを、無下にしてはいけない!
「『シャイン』!!!」
桜の叫びとともに、上に向けた桜の手のひらから、五つの光の球が出現した。その光の球は迷うことなく、一直線にモンスターへと向かっていった。
ーーーーーーーーーー
メレオラの近くにある森の中。
桜のスキルを一通り見たレジーナは、桜にこう言った。
「『シャイン』ってスキル、攻撃にも使えそうだね」
「そうですか? ただ光るだけですが……。
そういえば、目くらましとして使ったことはあります」
「それ、一回で何個まで出せるの?」
「やったことがないので分かりません」
「ちょっとやってみてよ」
「わかりました。やってみます」
『シャイン』という言葉とともに、光の球が出現する。
その数は四個。白い光があたりを照らしつくした。
「おおぉ! 眩しいね!!
光の強さは調整できるの?」
「やってみます」
『シャイン』の明度が低くなる。
その時、桜は少し余裕ができたのを感じた。
今ならもう一個いけるかも。
「『シャイン』!」
桜の手から、新たな光の球が出現する。
「おっ、いいねぇ!!
よし! それじゃあ、その光の球をわたしに向かって全力で飛ばしてみて」
「えぇ!? 全力ですか??
その……危なくないですか??」
「大丈夫、大丈夫。
その程度なら傷一つつかないから。
だからアタシを敵だと思って。
ほら、全力で!」
「……分かりました」
桜は光の球に指示を出した。
レジーナの元へ向かっていく光の球。
レジーナはそれを、いとも簡単に破壊した。
「これじゃあ、まだまだだね。
よし、今日はサクラが『シャイン』を使って最低限戦えるようになるまで、アタシとひたすら模擬戦だ。サクラ、覚悟してよ!」
「え、えぇ? ええぇ!?」
宿屋についたとき、わたしの体はドロドロになっていた。
でも、おかげで少しだけ自信をつけることができた。
わたしだって戦えるんだ。
これでいつか、悠人さんを守るんだ。
ーーーーーーーーーー
光の球が飛んでいく様子を見ながら、桜はレジーナとの修行を思い出していた。
あの時、わたしも戦えるようになったと思っていた。でも、現実は甘くなかった。本当の生死を賭けた戦いは、覚悟が必要だったんだ。殺す覚悟。殺される覚悟。わたしはそれを、ずっと悠人さんに任せていた。でも、それももうおしまい。覚悟はできた。あとは命を賭けるだけ。
空中を駆ける光の球に、最大限の力を込める。
これでダメージが入るかは分からない。
でも、やれるだけやるだけだ!
突如現れた光の球を見ても、モンスターが焦る様子はない。
モンスターはゆっくりと右手を前に出すと、放たれた光の球は、一つずつ地面にめり込んでいった。だが、五つ目の球が地面にめり込んだとき、桜は自分の身体が軽くなるのを感じた。重さからの解放。すぐに立ち上がり、モンスターと距離をとる。
やってみるだけの価値はあった! 桜は涙を拭った。しかし、すぐに前につんのめり、桜はまた地面に倒れてしまう。二、三歩動いただけだった。あの重さはなかった。なんで? どうして? 混乱するなか、なんとか体を起き上がらせる。だが、桜は立ち上がることができなかった。よく見ると、自分の足がガクガクと震えていた。刻み込まれた恐怖の数々。わたしの足は、心は、それによって完全にこのモンスターに屈していた。そのせいで、わたしは足に力を入れることができていなかった。
モンスターがまた声をあげる。わたしを嘲う声。
あまりに情けない。あまりに不甲斐ない。桜は自分の足を何度も叩いた。叩いて、叩いて、痛みで声が出ても叩いた。震えが止まる。立ち上がる。モンスターはそんなわたしをじっと見ていた。余裕の表情で、わたしが立ち上がるのを待ってくれていた。いや、違う。モンスターはわたしを舐めているんだ。取るに足らない存在だと、わたしをバカにしているんだ。
桜は両手を前に出した。
地面にめり込んだ『シャイン』の球は浮かない。
横にも縦にも動かない。
今、わたしの『シャイン』はあの重さに支配されている。でも、五つの『シャイン』が地面にめり込んだとき、わたしにかかっていた重さは解除された。つまり、モンスターが重さを与えられるのは五つまで。そこに勝機がある。
桜は一つ目に出現させた『シャイン』への意識を減らしていった。動かす指示は出せないが、存在が消えない程度に。明度も変わらないように。ぼやけていく『シャイン』との繋がり。そして、脳に余裕が生まれた。
「『シャイン』!!!」
新たに出現した光の球。
桜はそれを、モンスターに向かって全力で飛ばした。
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