第35話 ドロイドの谷 ②エル編1
ジャギッドリザードの鋭い爪が、エルに襲いかかる。
間一髪でよけるエル。だが、ジャギッドリザードは止まらなかった。標的をエルに定め、追撃をかけてくる。
「『
エルが手の平を下に向けた。そこに三本の赤い矢印が出現する。その赤い矢印のうち二本がエルの足下へ。直後、エルの体が後方へ一瞬で移動した。ジャギッドリザードの動きが止まる。
「やはり、何度やっても二本は気持ち悪いな」
エルは口に手を当てながら言った。
ジャギッドリザードは考える。
突如現れた赤い物体。あれに乗った人間が一瞬で移動した。あれには気をつけなければ。
空からふってきた人間。人間はマズいが、密度の濃い魔力を有している。久々の人間だからだろうか。マズいと分かっているのに、今から食べるのが楽しみでしかたない。
ジャギッドリザードの口から唾液がこぼれ落ちる。唾液が落ちた箇所の草が溶けた。
エルは憂鬱な気持ちになり、思わずため息をついた。
自分は非戦闘員のはずなんだが、どうしてこんな凶悪なモンスターと戦う羽目になっているのか。今の私は魔力も少ないし、何よりこのジャギッドリザードに対して有効な攻撃手段を持っていない。つまり、戦う前から勝敗は決しているのだ。私のできることといえば、レジーナかハルトに合図を送ることだけだが……
ジャギッドリザードの攻撃が飛んでくる。エルは腰から短剣を抜き、ジャギッドリザードの攻撃をいなした。しかし、すぐにジャギッドリザードに押される形となり、たまらずエルは自分の足元へ矢印を移動させた。エルとジャギッドリザードとの間に、またも距離が生まれる。
だめだ。やはり合図を送る暇さえない。そもそも、モンスターが想像以上に強いせいで合図を送るどころではない。このままでは殺されてしまう。なにか策を考えなければ。
しかし、エルのそんな考えを遮るように、ジャギッドリザードはすぐに距離を詰めてきた。またも防戦一方になるエル。エルはなんとか猛攻を耐え凌ぎながら、もう一度矢印を自分の足下へ移動させた。その時だった。突如、ジャギッドリザードが尻尾の先をエルの胸に向けた。金属を削ったような音が鳴り響き、ドリルのように回転を始める尻尾。エルが矢印の力で動くと同時に、尻尾が発射される。全てを貫き進んでいく尻尾は、茂みを跡形もなく吹き飛ばし、木に大きな穴を開けた。バキバキと音を立て倒れる木。エルはその様子を、ジャギッドリザードの横から見ていた。エルが今回、自分の下に配置した矢印の向きは、今までと違い横向きだった。
「そろそろ予測して動いてくると思ったが、これは……」
新しい尻尾が生えてくるジャギッドリザードを見て、エルは口が渇くのを感じた。これほど恐ろしい技をもっているなんて。初見でかわせたのは幸運だった。
驚きも束の間、突然腕を振るジャギッドリザード。ジャギッドリザードの腕に着いていた刃型の鱗が、ヒュンッと音をたてながら飛んでくる。エルは咄嗟に矢印を三角形に配置する。三本の矢印の内側が半透明に輝く。塵さえ通さない盾。刃型の鱗と矢印の盾が激しく衝突した。ばちばちとせめぎ合う鱗と盾。鱗がその場に落ちる。
三角形が解除される。間髪入れず、エルは二本の矢印をジャギッドリザードにむけて飛ばした。両腕で防御の構えをとるジャギッドリザード。刃型の鱗が矢印を受け止める。その隙に、エルは一本の矢印を馬の近くに置いていた、自分のカバンの元へ送った。カバンがこちらに向かって移動を始める。しかし、ジャギッドリザードは既に矢印をはじき、土をまき散らしエルに向かって駆け出していた。凄まじい迫力に、心臓が早鐘を打つ。
ジャギッドリザードが腕を高く振り上げる。エルはカバンを掴み、急いで中から一本の黒い棒を取りだした。地面を転がり、振り下ろされた腕をかわす。回転中に真ん中につけられた二つのロックを外す。半月のように湾曲に伸びる棒。次のジャギッドリザードの攻撃は左腕だ。体を後ろに倒す。鋭い爪が目の前の空気を切り裂く。ぎりぎりの回避。後頭部を地面につけ、勢いそのまま体を後ろに一回転させた。片膝での着地。石が膝に食い込み、痛みが走る。だが、そんな些細なこと、今は気にしていられない。エルは半月型の棒の端と端を一本の紐で繋いだ。完成したのは、愛用の武器である弓だった。弦を力いっぱい引く。右手に掴んでいるのは弦と赤い矢印。
「食らえ」
弦を放す。赤い矢印がジャギッドリザードに向かって飛んでいく。咄嗟に刃型の鱗で受けるジャギッドリザード。しかし、矢印の勢いは簡単に止まらない。ジャギッドリザードの踏ん張る足に力が入る。数秒後、矢印がやっと止まった。鱗には、小さなひびが入っていた。
「もう一発」
いつの間にか距離をとったエル。弦を引き、矢印の狙いを定める。狙いは首。唯一鱗が薄い場所。あそこに一撃をたたき込み、このジャギッドリザードを仕留める。
エルが弦を放した。矢印が空気を切り裂き飛んでいく。首に迫る矢印。ジャギッドリザードはその矢印を、頭をひらりと動かし簡単にかわした。
「やはりな」エルは心の中で呟いた。私の弓の速度は平均。この程度の攻撃、来ると分かっていれば、あいつにとってないのと同じようなものだろう。それくらいの実力がなければ、この谷の底では生きていけない。この弓を当てるには、もっとあいつに近づかなければ。かといって、先ほどのように近距離で射るのは愚策。先ほどは武器を知られていないというアドヴァンテージがあったからできたこと。もう一度同じ事をすれば、あの鋭い爪で瞬殺されてしまう。
ジャギッドリザードが前足を地面につけ体勢を低くする。突っ込んでくる気なのか、腕の鱗を飛ばす準備をしているのか。どちらにせよ、残り二本の矢印は攻撃に使えない。攻撃に使った一本は未だジャギッドリザードの足下。残り二本は回避手段として手元に置いておかなければ。
ジャギッドリザードの尻尾が回転を始めた。エルは絶望に打ちひしがれながら、二本の矢印をいつでも足下に配置できるよう構えをとった。エルにとって、これは想像しうる中で最悪の展開だった。
範囲の広い攻撃。一直線にしか動けない私にとって、この攻撃はあまりに効果的だ。受けることはできないし、かわしても移動先を読まれ、次の攻撃を食らってしまう。矢印を弓で飛ばして攻撃そのものを阻止しようとしても、簡単にかわされてしまうし、その後、あの攻撃をかわす手段がなくなる。
尻尾を切り離す威力の高い技なので、すぐにもう一度使ってくるとは思わなかった。先ほど矢印を使って攻撃したのは間違いだったか。
ジャギッドリザードの尻尾が発射される。巻き起こる風。土は抉れ、通り道の草は全て吹き飛ばされていく。回転した尻尾は、エルの元に戻る矢印をあっという間に追い越した。
エルは足下に二本の矢印を移動させた。尻尾が横を通り過ぎる。急に止まる体。脳が軽く横に揺れた。一瞬ぶれる視界。それでも、目の前に迫るジャギッドリザードの恐ろしさは、微塵も減ることがなかった。大きく口を開けたジャギッドリザード。鋭い牙がエルに襲いかかる。足元の矢印をすぐに移動させ、閉じようとするジャギッドリザードの口を開かせる。唾液が腕に落ちる。焼けるような痛み。矢印の力が弱まり、ジャギッドリザードの口が閉じた。間一髪で逃れるエル。だが、二本の矢印はジャギッドリザードの闇に取り込まれた。ごくりと喉を鳴らすジャギッドリザード。これでもう防御はできまい。ジャギッドリザードの気持ちが高ぶる。続けてジャギッドリザードは鋭い爪を振りかぶった。エルはやっと手元に戻ってきた矢印を爪に当てる。しかし力が足りない。矢印は一瞬で弾き飛ばされ、鋭い爪がエルの体を抉った。鋭い痛み。服が真っ赤に染まる。尻もちをつくエル。ジャギッドリザードの細い目が、更に細くなった。
エルが両手を前に出す。
命乞いか? ジャギッドリザードは思った。
意味のないことを。これで終わりだ。
ジャギッドリザードは腕を振り上げた。
その時、ジャギッドリザードは体の内側から激しい痛みを感じ、思わず地面に膝をついた。体の中で何かが暴れ回る感触。それは激しさを増していく。
ま、まさか……。
「『
矢印を食べてくれて助かったよ。
内側からなら、私でもお前にダメージを与えられる」
胃の中で暴れる二本の矢印。ジャギッドリザードは急いで胃の中のものを全て吐き出した。矢印がエルの元に戻る。息を整えるジャギッドリザード。エルはその隙を見逃さなかった。
弓を引くエル。
手には二本の矢印。
狙うは喉。
「これが私の最後の攻撃だ」
エルが手を離した。一本の時とは違う、凄まじいスピード。腕の鱗で防御態勢をとるジャギッドリザード。だが、鱗は粉々に砕け散り、重なった二本の矢印は一直線でジャギッドリザードの喉へ。
エルの攻撃が、ジャギッドリザードに命中した。
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