第34話 ドロイドの谷 ①悠人編

「ふっ!!」


 剣を振り下ろす。

 猿の断末魔が響き渡る。

 これで残るは五匹。


 何匹倒しただろうか。途中から数えるのはやめてしまった。現在、俺のHPは1/111を表示している。たった一発だった。人海戦術により同時に攻撃してきた猿のうち、たった一匹の、たった一発のパンチを受けただけ。それだけで俺のHPは1まで減少した。どれだけレベルを上げても『みのまもり』の数値を上げていないので、当然といえば当然なのだが。


 滴る汗を拭い、息を整える。残りの五匹は今までの戦いを静観していた猿たち。こいつらは他の猿たちとレベルが違うのだろう。『イリーガルセンス』がビリビリと警告音を鳴らしてくる。だが、ここで逃がすわけにはいかなかった。手の内をほとんど知られた今、あとで隙をつかれるより、ここで倒しておきたかった。

 それは猿たちも同じ。多くの犠牲をだした今、この人間を逃すわけにはいかなかった。ここまでやって倒せなければ、この森での自分たちの居場所がなくなってしまう。谷の底まであと少しの所まできたのだ。ここまで築き上げてきた地位を、全て失うわけにはいかなかった。


 両者のほとばしる殺意が、周囲を満たす。


 先に動いたのは悠斗だった。いつもは相手の動きを見てから行動する悠斗。しかし、今の悠人には一刻も早く桜を助けにいくという目的があった。相手を待ってなどいられなかった。一番近くにいた猿に切りかかる。『死してのち已む』により『こうげき』と『すばやさ』は二倍。数値にして356。簡単にかわせる敵はいない。


 木を渡り回避に専念する猿。しかし、悠斗はすぐに標的の猿に追いついた。振り下ろされる剣。その剣を止めたのは、群れの中で最も巨躯な猿。ゴリラのように肥大化した筋肉をさらに盛り上げ、両腕で悠斗の剣を受け止める。食い込む剣。だが、勢いは止まった。逃げていた猿が木の上から悠人に向かって尻尾を伸ばす。ありえない距離を伸びる尻尾。悠人は咄嗟に右腕を前に出した。尻尾が右腕に巻きつく。すぐさま鋭い爪をもった黒い猿が悠人に追撃をかけてくる。剣で受けようと、悠人は左手に力を入れた。だが、剣は巨躯の猿の腕から抜けなかった。咄嗟に左手を剣から離し、悠人は右腕を強く引いた。木の上の猿も負けじと尻尾を引いてくる。鋭い爪が悠人に迫る。その場から動かない悠人。もはや逃げ場はないように思えた。次の瞬間。悠人が力を抜いた。すぐさま尻尾に引っ張られ、空中を移動する悠人。木の上の猿に向かって一直線に飛んでいく。悠人が拳を振り上げる。逃げる間もない。拳が猿に入った。猿が木から落ちる。


 横から飛んでくる紫色の液体。かわす。紫色の液体に当たった木が、どろどろと溶け落ちた。悠人は予備の剣を出現させ、毒を吐いた猿に飛びかかった。しかし、悠人の剣は半透明な二本の腕に阻まれた。半透明な腕は両手を揃えた白い猿から伸びていた。ナイフを白い猿に向かって投げる。巨躯の猿がナイフをはじく。半透明な腕は全部で四本。残りの二本の腕が、悠人に襲いかかってくる。悠人は剣を鞘に納め、木を下り走った。毒と半透明な腕が悠人を追跡する。巨躯の猿は半透明な腕を出す猿の護衛に務めていた。ということは、この半透明の腕を出している間、あの白い猿は動けないのか。悠人は茂みから飛び出してきた、黒い猿の攻撃をかわしながら思考をまわした。


 一通り逃げ回った後、悠人は白い猿に向かって走り出した。巨躯の猿が立ち塞がる。振り下ろされる丸太のような拳。かわして腹に蹴りを入れる。横から鋭い爪。予想通りの展開。悠人は落ち着いて対処する。この密集した状態では毒も吐けまい。白い猿も、巨躯の猿が邪魔で俺の姿が見えていないはず。その状態では半透明の腕も使えないだろう。このまま攻撃を続け、巨躯の猿を倒しきる。


 悠人が拳を振り上げる。その時、『イリーガルセンス』が脳を駆けた。すかさずジャンプする悠人。直後、悠人の足があった場所に、白い猿の腕が地面から飛び出してきた。空中の悠人に襲いかかる鋭い爪と、巨大な拳。悠人の『イリーガルセンス』が激しく反応する。


ーーーーーーーーーー


 それは一瞬だった。

 仲間に当たるせいで毒が吐けなかった僕は、皆の戦闘を見守っていた。バオバブが地面から相手の足を掴みにいって、身動きのとれなくなった敵をグローブとヴァイルが攻撃する。僕たちのお決まりのパターン。これをして倒せなかった敵はいない。今回も、僕は決まったと思った。だが、敵が突然空中で回転したかと思うと、ヴァイルが吹き飛ばされた。敵は何事もなく着地すると、地面に潜っていたバオバブを引っ張り出し、殴り飛ばした。怒ったグローブも、攻撃を全てかわされ一瞬でやられてしまった。僕は知らず知らずのうちに走っていた。木を伝い、全速力で逃げていた。怖かった。あの悪魔が怖かった。


 目を開けると、皆がいた。

 バオバブ、ヴァイル、グローブ、ビーブスが僕に向かって手を振っていた。


「ポン! 早くこっちに来いよ!!」

「うん!!」


 僕は駆けだした。





 五匹の猿のそれぞれの名前と性格です。

・バオバブ……白い猿。半透明の四本の腕を使いこなす。半透明な腕は、手を合わせている間しか出現させることができない。また、手を合わせている間は身動きがとれなくなる。穴掘りが得意。温厚だが時に厳しい、頼れる群れのリーダー。面倒見がよく、皆に慕われている。

・グローブ……巨躯の猿。でかくて力が強い。男気溢れる性格で、元々は違う群れのリーダーをしていたが、オオカミとの縄張り争いに負けたところをバオバブに拾われ、この群れの一員に。ビーブスのことが好き。

・ビーブス……尻尾が伸びる猿。尻尾だけでなく、頭意外の体全てが伸びる。温厚で優しい性格。群れのお母さん的存在で、ビーブスだけには皆、頭が上がらない。

・ポン……毒を吐く猿。臆病で小心者。群れでいじめられ、食べるものがなくなりしかたなく毒キノコを食すようになってから、毒を吐けるようになった。こっそりと毒で獲物を仕留めているところをヴァイルに見られ、群れの幹部的位置に任命される。とても嫌だったが、初めて仲間と呼べる存在ができ、今は少し悪くないと思っている。

・ヴァイル……黒い猿。鋭い爪でなんでも切り裂く。戦闘能力は群れの中で一番高い。クールで無口な性格なので、皆から少し恐れられている。バオバブ、グローブと今はなくなってしまった二匹の猿と共に、この群れを作った。バオバブの妻。バオバブ曰く、二匹になるととても甘えてくるらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る