第32話 道の途中

「ハルトさん。今のって……」


 桜が地面に落ちた弾を目で追いかける。


「ああ、銃だ。

 だが本物じゃない」

「ちょっと待って!?

 ジュウってなに?

 今、何が起こったの??」


 俺に押しのけられ、後ろに下がったレジーナが声を上げる。

 彼女は珍しく、困惑した表情を見せていた。

 

「銃とは俺たちの世界にある武器です。

 本物の銃だと、音速に近い速度で鉄が発射され、どんなものでも貫きます」

「……え? なにそれ?」


 カチリと音がする。

 銃口が向けられる。

 ドンッ!!と激しい音。

 ぐっと伝わってくる重み。

 弾が床に落ちる。


「そしてその発射される鉄を銃弾といいます。

 俺も詳しくは知りませんが、銃弾の直径はだいたい十ミリ。もしくはそれ以下。

 銃は、俺たちの世界の中で最強の武器です」


 またも銃弾が放たれる。

 今度は低い。

 剣を床に突き立てる。

 剣身が弾を受け止める。

 弾がてんてんと床を転がる。


「すごいです! ハルトさん!!」


 黄色い声をあげる桜。

 レジーナが落ちた弾を拾った。


「でも、これって鉄じゃないよね」

「はい。それはプラスチックで作られた弾です。

 敵が使う銃は本物ではなく、本物を模したエアガンだと思います」

「威力は?」

「食らったことがないので分かりませんが、ちょっと痛い程度だと思います。ただ、もしあのエアガンをスキルで出現させているのなら、俺の知識は意味をなさないと思います」

「そう。ジュウダンの軌道は途中で変えられるの?」

「俺が知るかぎりでは、変えられません」

「なるほどね。つまりハルトは、ジュウダンが発射される瞬間のジュウの角度から、軌道を予測してると」


 レジーナは銃を構える敵を見ながら、にやりと笑った。


 この一瞬で銃弾の止め方を理解したのか。

 さすがレジーナだ。


「次のジュウダンはあたしが止める。

 ハルトは右の敵が妙な動きをしないか見張ってて!」

「わかりました!」


 レジーナと立ち位置を入れ替える。

 俺たちの前に立ったレジーナは、腰につけた鞘から二本の刀を引き抜いた。刃渡り三十センチを超えた、湾曲した刀が姿を現す。分厚く幅の広いその刀は、刃が刀身の短孤側についていた。

 この刀、見たことがある。ある漫画のキャラクターが使っていた。これはククリ刀だ。


「さぁ!! ジュウダンとやらをどんどん撃ってきな!!!

 全部止めてやるよ!!!」


 レジーナの絶叫が響き渡る。

 それは森を揺らし、耳にした鳥や小動物たちは恐れをなして逃げ出した。

 だが、敵は怯まなかった。

 変わらず照準を合わせ、引き金を引く。

 発射される弾。

 BB弾といっても、速いことに変わりはない。

 弾は一直線にレジーナの腹に向かっていった。

 それを見て手首をかえすレジーナ。

 二本の刀が、腹の前で交差する。


 弾がレジーナに命中することは、なかった。


「すげぇ……」


 思わず声がこぼれた。

 レジーナが弾を止めることは分かっていた。

 だが、未知の武器を一瞬で理解し、かつスキルなしであの攻撃を余裕で受け止めるなんて。実際に目の当たりにして理解した。レジーナの実力は底が知れない。


「ハルト!! 集中しな!!

 右の敵が動くよ!!!」

 

 レジーナの言葉で、意識が戦場に戻ってくる。

 急いで顔を上げる。


 敵の一人が、静かに距離を詰めていた。

 手綱を握る姿に怪しい動きはなかった。

 だが、距離は確実に縮まっていた。


 ナイフを出現させ右手に握る。

 この距離なら大丈夫だ。

 心を落ち着かせ、馬の体に狙いを定める。

 右腕を上げ、振り下ろす。

 ナイフがレジーナと馬車の間を通り、敵に向かって飛んでいく。

 完璧な投射。

 だが、ナイフが馬に当たることはなかった。

 馬に当たる直前、なぜかナイフは馬の腹をそうような軌道を見せ、そのまま地面に突き刺さった。


 直後、加速する敵。

 今までにないスピードで、馬車との距離を一気に詰めてくる。

 やられた。敵の方が明らかに一枚上手だった。

 敵は既に、馬車と並走する形で走っていた。


「桜! エルさんの護衛を頼む!!」

「は、はい!!」


 桜がエルの元へ走っていく。

 桜の『ディファンド』があれば、前方はなんとかなるだろう。そうなると、この状況で敵にやられて困ることは車輪の破壊だ。敵がどうやってナイフをかわしたかまだ分からないが、このまま何もしないわけにいかない。敵が攻撃する隙を与えないよう、こちらから攻め続けなければ。


 予備のナイフを出現させ、窓を開ける。そのとき、『イリーガルセンス』が脳を激しく揺さぶった。思わず頭を下げる。直後、窓から敵の足が飛び出してきた。そのまま敵が、馬車の中に乗り込んでくる。


 振り向く。敵が立ち上がる。両者構える。静寂。それも一瞬。敵の右パンチ。かわす。次は左。いなす。悠斗のナイフの突き。敵はかわし、悠斗の手首をつかみ、勢いそのまま壁に押しつける。ナイフが壁に刺さる。敵のパンチ。ナイフを離しかわす。両者、攻撃は止まらない。狭い馬車全体を使いながら、攻防が激しさを増していく。


 第三者の介入。

 敵に重い蹴りが入った。

 レジーナだ。


「なんだぁ!? おもしれぇことやってんじゃねぇか!! あたしも混ぜてくれよ!!!」


 二対一。均衡が崩れる。蹴りの後、すぐに体勢を立て直す敵。だが遅い。もう一発、レジーナの蹴りが入る。敵が壁に打ちつけられる。ガードしていたが、ダメージは大きそうだ。ドンッ! 発砲音が響いた。


「それにはもう慣れた」


 レジーナの前に弾が落ちる。

 銃を持った敵は先ほどよりも距離を詰めていたというのに、レジーナはなんということもなく銃弾を止めた。敵が続けて銃を撃つ。その瞬間、壁に打ちつけられた敵が、レジーナに向かって拳を繰り出した。銃弾を止めるレジーナ。レジーナの前に立ちふさがる悠人。拳をいなす。悠斗のカウンターが入る。


「がはっ!?」


 再度、壁に打ち付けられる敵。頭がガクリと下がる。もう戦う気力が残っていないのか。敵が立ち上がることはなかった。


 レジーナが敵に近づく。

 彼女は敵の髪を掴むと、強引に引き上げた。


「てめぇらどっから来た?

 誰の指図であたしらを狙った?」


 敵は答えない。

 銃弾が飛んでくる。

 悠人が反応し、銃弾を止める。


「もうおめぇらに勝ち目はねぇよ」


 レジーナから放たれる凄まじい圧。

 敵は静かに両手を挙げた。

 馬に乗った敵も、銃を下ろした。


「ほら、さっさと持ってる情報全部吐きやがれ!」


 レジーナが敵の髪を更に引っ張り上げる。

 痛みを堪える敵。髪の毛が何本か床に落ちた。

 敵は抵抗するように、右手でレジーナの手を掴んだ。

 左手は変わらず挙げたまま。だが、その左手は指が三本しか立っていなかった。


「レジーナさん!!」


 俺の声と同時に、馬に乗った敵が引き金を引いた。咄嗟に構えを取る。だが、敵の狙いは俺でもレジーナでもなかった。敵が狙ったのは馬車内の角だった。不自然な狙い。しかし、弾は壁に二、三度跳ね返ると、レジーナめがけて飛んでいった。


「うぐっ!?」


 突然、レジーナが腹を押さえた。そこから血が流れ始める。


「嘘だろ……」


 レジーナが右手を離したことで敵の拘束が解ける。その瞬間、敵はすぐさま腰に携えた袋から拳大の石を取り出した。何か分からないが止めないと。俺は敵に殴りかかった。敵に拳が当たる直前、拳の軌道が変わった。いや、変えられた。俺は勢いそのまま前方につんのめる。敵はその隙に馬車の真ん中に行き、拳大の石を床に埋め込んだ。敵が馬車から飛び降りる。ふわりと地面に着地する。


「待て……」


 敵との距離が広がっていく。

 敵の姿がどんどん小さくなっていく。


 今までエルの護衛をしていた桜が、馬車内に姿を現した。


「エルさん! 敵はいません!!

 二人が追い払ってくれたみたいです!!」


 後方に見える敵を見て、桜が叫んだ。


「よくやった!

 このままドロイドの谷に入る!!

 皆、覚悟を決めろ!!!」


 珍しくエルが高い声をあげた。

 馬車が加速する。

 罪悪感が胸いっぱいに広がった。


 まずい。このまま進んでは駄目だ。

 この石を取り除かないと。


「待って……」

「え? そんな……レ、レジーナさん!!」


 血を流すレジーナに気がついた桜。

 一気に青ざめた桜は、慌ててレジーナに駆け寄った。


「『ヒール』! そんな!? レジーナさん!!

 『ヒール』!! 眠っちゃ駄目です!!!」


 少しずつ傷が塞がっていく。

 だが、桜はそのことに気がつかない。


「『ヒール』! 『ヒール』!! 『ヒール』!!!」

「斜面に入った!!

 着地の衝撃にそなえろ!!!」


 エルの声が響く。

 急いで窓の外を窺う。

 眼下に広がる木々。

 馬車は空を走っていた。


 エルのスキル『正道への道オン・アワ・ウェイ』。

 三本の矢印を出現させる能力。それぞれの矢印は進行方向に働く力を持っており、それを自在に配置することで様々な力を発揮する。三本を同じ場所、同じ向きに配置すれば、その方向に強大な力が生まれ、外を向いた三本の矢印で三角形を作れば、強固な盾になる。


 この矢印を馬と馬車の下に配置することで足場を作り、俺たちは斜面の上空を走っていた。この間、エルはスキルに集中するため一切身動きがとれなくなる。つまり、ここまできた今、最も大事なことはエルの集中を切らさないこと。もし矢印が消えれば、みんな真っ逆さまに落ちてしまう。馬車に埋め込まれたこの石は、俺一人でなんとかするしかない。


 石をはずそうと手を近づける。だが、石に触れられない。石から放たれる風が俺を拒絶した。更に、その風はどんどん強くなっていく。全力の攻撃で壊すか? 剣を抜き考える。今の風の力なら、まだ石に届きそうだ。しかし石が壊れて、もし石に溜まっている風が一気に放出されてしまったら。それで馬車が壊れれば、落下する未来が待っている。


「うぅ……」


 レジーナが小さな声をあげる。


「レジーナさん!!」


 歓喜の声をあげる桜。

 俺はその状況を見て、石に攻撃することを止めた。

 レジーナの力なら、石を壊さずに取り出せるかもしれない。

 レジーナが完全に回復するまで様子を見よう。


「ハルト!!!」


 レジーナが突然叫んだ。

 直後、石が光り輝き、馬車内に凄まじい威力の風が吹き荒れた。

 馬車は壊れ、俺たちはそれぞれちりじりとなって、谷へと落ちていった。

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