第27話 怪奇現象

 休憩を終えた後も馬車は休みなく走り続けた。

 森を抜けた頃には、もう太陽が沈みかかっていた。


「今日はメレオラまで進みきる。

 暗い中でも用心は怠るなよ」


 エルが馬車の中に向かって呼びかける。

 その後、エルは自身の座っている場所の両端に設置された丸い物体に、それぞれ近づくと、それらに力を込めた。

 丸い物体から光が照射される。

 前方に踏みならされ道になった地面が照らし出された。

 手綱を大きくしならせるエル。

 馬車の速度が上がる。


 俺は窓から外を窺った。

 辺りには何もなかった。

 ただただ同じような景色が繰り返され、過ぎ去っていくだけだった。


ーーーーーーーーーー


 メレオラに到着する。

 初めの街スカンビアと違い、メレオラは小さな街だった。

 いや、これは街というより村だ。

 あちこちに点在する木で作られた家。どれも簡素な作りで、大きな家は一軒も見当たらなかった。代わりに家には隣接する畑があり、どこの家も自給自足をしているのが伺えた。お店もみる限り、片手で数えられるほどしかなかった。


 馬と馬車を預け、宿をとる。

 その後、俺たちは夕食を済ますため、メレオラに一店舗しかない食事処へと向かった。


「出発は森で話したとおりの時間。

 メレオラをでた後は、長い旅になる。

 各自、ここでしっかりと休息をとるように」

 

 エルが俺たち一人一人の顔を見ながら話す。

 俺たちは食べ物を口に運びながら頷いた。


 出発は明後日の朝、五時四十分。

 明日は特にやることがない。

 各自、自由行動となっている。

 この旅の難所は次のドロイドの谷。

 大量の魔物がはびこる場所で、冒険者でも普通は通らない場所らしい。


 明後日からのことを思うと今からぞっとするが、ここまでは順調だった。

 大丈夫。きっとなんとかなるはず。


 不安を心の奥に押し込め、俺は新たに運ばれてきた料理、『鹿肉の赤ワイン煮込み』に手をつけた。

 この村の食事処はその日で提供される料理が変わる仕様で、今日のメニューは鹿肉をメインにした料理だった。


 初めて食べる鹿肉。

 癖もなく意外と美味しい。

 これは明日の料理も楽しみだ。


「ねぇ、サクラ!

 明日は森に狩りをしにいかない?」

「狩り、ですか?」

「おいおい、休息を大事にしろと言ったばかりだぞ!」

「いいじゃん!

 そんなに無茶はしないからさ。

 ハルトもどう?」


 俺はほろほろと口の中で溶けていく鹿肉を慌てて飲み込む。

 魅力的な狩りへの誘い。

 だが、明日はやりたいことがある。

 桜もレジーナと一緒なら安全だろう。

 口に残った鹿肉の旨みを堪能しながら、俺はレジーナに返事をした。


「俺はやめておきます。

 明日はこの村を、少し見て回りたいと思っているので」

「そっか。

 桜はどうする?」


 レジーナの問いに桜は少し考える様子を見せた。

 しかし数秒後、桜は大きく頷いた。


「はい。わたし、レジーナさんと狩りに行ってみたいです。

 よろしくお願いします」


 レジーナは桜の言葉を聞くと、嬉しそうに笑った。

 

「決まりね!

 それじゃあ、後で打ち合わせをしましょ!!」

「はい!!」

「お前ら、自由すぎるだろ……」


 エルが大きなため息を吐いた。


ーーーーーーー


 次の日の朝。

 俺はもう一度、ミリオムからの手紙を読み返していた。


『        ハルトへ

 君にお願いしたいことがあり手紙を書いた。

 君ならばうまくやってくれると、嘘だと思うか

もしれないが私は信じている。

 さっそくだが本題に入る。

 君にはこのメンバーをうまくまとめてほしい。

 サクラ君は控えめ。レジーナは少々、乱暴。エ

ルは真面目。皆、協調性があるとは言いがたい。

戦闘の技術があるだけで旅はできない。技術の高

いコミュニケーション力も、旅には必要だ。

 それは君が一番高い。

 理由は私がそう感じたから。それ以外に、理由

はない。あとは任せたよ。この任務はある意味君

の手にかかっている。あと、ルートの変更はせず

そのまま目的地へ向かってくれ。

 君のこれからが幸せであることを願っている。

 読み終わった後は、この手紙をすぐ燃やすよう

に。

         ミリオム』


 やはり何度見ても、この手紙はミリオムから俺への脅迫文にしか見えなかった。

 俺にあのメンバーたちの仲を取り持てと?

 冗談じゃない。そんな余裕、俺にはない。


 だが、俺はこの手紙に対して一つ気になることがあった。

 昨日、森でこの手紙を読み終わった後、俺は手紙を燃やそうと火に近づけた。

 しかし、この手紙は燃えなかった。

 少し黒ずみはしたが、そこから火があがらなかったのだ。

 俺はすぐさま手紙から火を遠ざけた。

 読み終わった後はすぐ燃やすように、と書かれているのに、燃えにくい紙を使う事なんてあるのか。いや、そんな非効率なことをミリオムがするとは思えない。何か、他のメッセージがあるはず。

 それから、俺はこの手紙のことをずっと考えていた。


 宿屋を出て、メレオラを歩く。

 じっと部屋の中にいるより、動いた方が頭も回るはず。

 メレオラの爽やかな風が、俺を迎え入れる。

 ここは空気も澄んでいておいしい。

 思っていたよりも、ずっと落ち着ける。


 昨日は見られなかったメレオラに住む人たちと、軽く挨拶をかわす。

 畑作業をこなす彼らは、皆、屈強な体をしていた。


「むむ? こんなところに客人かい?

 珍しいことがあるもんじゃ。お兄さん、どっからきたんじゃ」


 いつの間にかメレオラの端まで歩いていた俺は、突然、髭の白い腰の曲がった老人に話しかけられた。


 男に怪しい気配はない。

 『イリーガルセンス』の反応もなし。

 よかった。刺客ではなさそうだ。

 

「スカンビアからです」

「ほう。あの最近できた街かい」

「スカンビアって最近できた街なんですか?」

「そうじゃよ。たしか三十年前くらいじゃったと思うなぁ。

 名のある冒険者パーティーがあそこにスカンビアという村を作ったんじゃ。

 そこから街に発展したのは、たしか……二十年前くらいかのぉ」


 知らなかった。

 ミリオムって、もしかして俺が想像しているよりも凄い人なのか?

 やはり、この手紙には何か意味がある。

 早く解き明かさなければ。


「そうだったんですね。

 全然知らなかったです」

「お主は若いからのぉ。

 わしなんて最近は腰が痛くて痛くて」


 老人が腰をさする。

 その様子を見かねてか、女性が一人、畑から飛び出してきた。

 二十代後半くらい。つばが一周している帽子を被った女性。上は薄手の白いシャツに黒いアームカバー。下は動きやすそうなデニムのパンツに長靴を履いていた。


「おじいさん! もう、部屋でゆっくりしてないと」

「おお、すまんすまん。すぐ戻る」

「ごめんなさいね。最近この人、腰を痛めちゃって。

 暇を持て余してるのよ」

「いえいえ。いい話を聞けましたし、楽しかったです」

「話ならもっとあるぞ!

 わしの冒険者時代の話はどうじゃ?

 今、メレオラを騒がせておる幽霊の話でもよいぞ!」

「はいはい。お兄さんが困っちゃうから、早く部屋に戻りましょうね」


 女性は俺に軽く会釈すると、老人を家の中へと連れていった。

 俺も軽く頭を下げて、もう一度、足を動かし始める。

 推測が確信に変わり、俺の足は自然と速く動いた。


ーーーーーーーーーー


 数少ない街灯に光が灯り始める。

 メレオラは夜になると、中心地を除いて闇が辺りを支配する。

 その中心地も、日を跨げば真っ暗だ。


 そろそろ桜とレジーナが帰ってくる頃か。

 一日中、にらめっこをした手紙を懐にしまい、部屋を出ようと立ち上がる。


 結局、何も分からなかった。

 火を文字に近づけても、裏から光を当ててみても、変化なし。

 縦に読んでも、文字を入れ替えても、意味をなさない文章が生まれるだけ。

 エルに相談してみようと何度も考えたが、それをすれば俺宛てに書いた意味がなくなってしまう。

 そもそも、なぜミリオムはこの手紙を俺に渡したんだ?

 なぜ、俺じゃなきゃ駄目だったんだ?


 今日、何度も行き着いた考えにまたも行き着き、思わず溜息が零れた。

 本当に俺はこの依頼を達成できるのだろうか。

 不安がどんどん膨らんでいく。


 突然、俺の腹から低い音が響いた。

 そういえば、昼にご飯を食べてからだいぶ時間が経っている。

 まずはご飯だ。

 腹が減っては思考も鈍くなる。


 俺はドアノブに手を掛け、それを捻った。

 ゴトッ!

 何かが動いた音が室内に響いた。

 思わずその場で振り返る。

 当然だが、部屋には誰もいなかった。

 『イリーガルセンス』も反応していない。

 刺客……ではないな。


 よく見ると、窓が開いたままだった。

 俺は部屋に設置された魔石に力を込め明かりを灯し、すぐに窓を閉めた。

 魔石の光に煌々と照らされた室内。

 おかしな点は見当たらない。

 きっと窓からの風で何かが動いたのだろう。

 自分にそう言い聞かせ、もう一度ドアノブに手をかける。

 カタン。

 部屋に飾られていた一枚の絵が落ちた。

 いやいや偶然だ。

 ドアノブから手を離し、絵を元の位置に戻す。

 この宿屋は汚くなかったが、人の少ない村にあることもあり、さすがに老朽化の見られる点が多くあった。さっきの音も、この絵が落ちたことも、きっとそのせいだろう。

 少し駆け足でドアへ向かう。

 ドアノブをつかむ。

 だが、俺はすぐにドアノブから手を離した。

 ドアノブが、なぜか濡れていた。

 いやいやいや。

 足に何かが当たる。

 花の入っていた花瓶が床に落ちていた。

 なるほど。花瓶の水がドアノブにかかったのか。

 もともと花瓶は二メートルほど離れたところにあったが、何かの拍子でこのドアまで飛んでしまったのだろう。

 間違いない。

 俺は今度こそもう一度、ドアノブに手を掛け右手を捻った。

 だが、ドアノブが動くことはなかった。

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