メレオラ

第26話 長生きの秘訣

「……え? いや、なんで桜がここに?」


 思考が追いつかない。

 目の前に桜がいる。

 本当に?

 これは現実か?

 敵の能力で、幻覚を見せられているとかないよな??


「サクラさん。彼の名前はハルトだ。

 慣れるまで時間がかかると思うが、気をつけるように」

「そうでした。すいません」


 そうでした?

 なぜ桜が俺の偽名を知ってるんだ??


「あぁ!? ちょっとサクラ!!

 もう出てきちゃったの!?」


 先ほどまでいびきをかいていたレジーナが飛び起きる。

 もしかして、何も知らされていないのは俺だけ?


「もうエル!!

 ネタばらしするなら起こしてよ!!」

「お前が寝てたのが悪い。

 それにこれは、ネタばらしでもなんでもない。

 しっかりとした作戦だ」

「はぁ。あんたってほんと頭がかたいよね。

 サクラ、ハルトはどんな顔してた?」

「その、とても驚いてました。

 ……今も」


 レジーナが急いで俺の顔を覗き込む。


「あっはっはっ!!

 ハルト、あんたやっぱ最高だよ!!!」


 レジーナはそれから数分間、腹を抱えて笑い転げていた。


ーーーーーーー


「すいません。こんな騙すようなことをして」


 森に入った馬車。

 木が太陽の光をまばらに遮り、そこかしかに涼しげな木陰を生んでいる。

 先の道とは違う荒れた道を、馬車は少しスピードを落として進んでいた。


「いや、いいんだ。

 それよりも、桜とまた一緒に旅ができて嬉しいよ」

「わ、わたしもです」


 桜は全てを知っていた。

 昨日の夜、ミリオムから教えてもらったらしい。

 その上で、桜はこの旅に同行したいと申し出た。

 きっと役に立ってみせると。

 ミリオムはそれを許可し、昨夜、レジーナとエルに桜を会わせた。

 俺にこのことを秘密にし、木箱の中から現れて驚かそうと提案したのは、予想通りレジーナだった。


 だが、俺に怒りはない。

 桜とまた旅ができる。

 それだけで充分だった。


 先ほど、俺はエルに桜がついてくると言ったら全力で止める、と言った。

 しかし、本心は桜と旅がしたかった。

 俺は結局、自分の決断で桜が傷つくことが嫌だっただけだ。

 卑怯で醜い心。

 俺はもしかしたら、本当に魔王の手先なのかもしれない。

 そう思った。


ーーーーーーーーーー


 馬車は順調に進んでいく。

 不安だった刺客の気配もない。

 レジーナも笑い転げた後、また眠っていた。

 桜とかわす談笑。

 のどかな旅に、思わず気が緩みそうになる。


 それにしても、ミリオムが桜の同行を許可したのは意外だった。

 てっきり断ると思っていたが……。


 突如、『イリーガルセンス』が反応する。

 右から何かがくる気配。

 窓から外を窺う。


「ゆ……ハルトさん?

 どうしたんですか?」

「何か来る。

 桜は『ディファンド』をいつでも使えるよう、準備してくれ」

「わかりました」


 俺は急いで馬車の前に移動した。


「エルさん! 右から何かが来ます!!」

「……そうか。

 まずはレジーナを起こしてくれ」

「はい!」


 振り返る。

 だが、馬車の中にレジーナの姿はなかった。

 おかしい。さっきまでそこで寝ていたのに。


「エル!

 このまま走り続けな!

 後で追いつく!!」


 いつの間にか馬車の上に登ったレジーナ。

 彼女は叫ぶと、こちらの返事も聞かずに馬車から飛び降りた。


「え、ちょっと!?

 レジーナさん!!」


 あまりに突飛なレジーナの行動に、呆気にとられる。

 そんな俺と対象に、エルはとても冷静だった。


「気にするな。

 あいつの行動をいちいち気にしていたら身がもたない」

「で、でも、一人で大丈夫なんでしょうか?」

「あいつの通り名、知ってるか?」

「いえ、知らないです」

「戦闘狂。

 戦闘狂レジーナだよ」

「それは……すごい通り名ですね」

「だから、あいつのことは気にするな」


 馬車はスピードを緩めることなく進んでいく。

 背後を確認する。

 遠くから雄叫びのような笑い声が聞こえた気がした。

 俺は黙って前を向いた。


ーーーーーーーーーー


 一日の半分が終えた頃。

 俺たちは森の中で休息をとっていた。

 レジーナは馬車から飛び降りた後、三十分ほどで戻ってきた。

 俺たちを狙っていたのはジャガーだったらしい。

 レジーナの恐ろしいところは、馬車に走って追いついたこと。

 レジーナなら、馬車なしでもこの世界を旅できそうだ。


 馬に水を与える。

 この休息は俺たちよりも、馬のためのものだった。

 何時間も休むことなく走り続けた二頭の馬。

 おかげで俺たちは、初めの目的地であるメレオラまで、あと半分のところに来ていた。


「サクラの作るサンドイッチ、めっちゃ美味い!」


 レジーナの前からサンドイッチが消えていく。

 俺は急いで自分の分を確保した。


「おい、はしたないぞ!

 もっと行儀よく食べろ!!」

「あ、そうだ。ミリオムさんからハルト宛てに手紙を預かってたんだ」

「なに!? ミリオムさんからの手紙だと!?」


 レジーナがカバンから一通の手紙を取りだし、俺に投げる。


「おい! ミリオムさんの手紙だぞ!!

 もっと大事に扱え!!」


 俺は回転して飛んでくる手紙を、なんとかキャッチした。


「お、おいレジーナ!

 俺への手紙は預かってないのか!?」

「ないよ。ハルトの分だけ」

「くそっ! 俺ももっと頑張らなければ」


 エルは突然、手に持っていたサンドイッチ置くと、小声で一人ぶつぶつと喋り始めた。

 豹変したエルの態度に、俺と桜は驚きを隠せなかった。


「ハルト、サクラ、気にしなくていいよ。

 エルはミリオムさん信者だから。

 ミリオムさんが関わると、急にポンコツになるの」


 レジーナがエルのサンドイッチに手をつける。

 だが、エルがそれに気づく気配はなかった。

 それを見た桜が、追加のサンドイッチを作り始める。

 レジーナの目が、鋭く光った。


 俺は混沌とした状況に目を背けるように、手紙の封を開けた。


『        ハルトへ

 君にお願いしたいことがあり手紙を書いた。

 君ならばうまくやってくれると、嘘だと思うか

もしれないが私は信じている。

 さっそくだが本題に入る。

 君にはこのメンバーをうまくまとめてほしい。

 サクラ君は控えめ。レジーナは少々、乱暴。エ

ルは真面目。皆、協調性があるとは言いがたい。

戦闘の技術があるだけで旅はできない。技術の高

いコミュニケーション力も、旅には必要だ。

 それは君が一番高い。

 理由は私がそう感じたから。それ以外に、理由

はない。あとは任せたよ。この任務はある意味君

の手にかかっている。あと、ルートの変更はせず

そのまま目的地へ向かってくれ。

 君のこれからが幸せであることを願っている。

 読み終わった後は、この手紙をすぐ燃やすよう

に。

         ミリオム』


 ふと、ミリオムと初めて会ったときにかけられたあの言葉が、俺の頭をよぎった。


『時には折れて、相手に合わせること。

 これが長生きの秘訣だよ』

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