第25話 新たな仲間

「それでは、任務の内容をあらためて説明する」


 机を挟み座る俺とミリオム。


 レオンとミリオムの衝突の後、俺はミリオムと様々なことを話し合った。俺が異世界の人物であること。平民で、魔王の手先かもしれないこと。ミリオムは大方の予想がついていたのか、驚くことなく俺の話を聞いていた。

 その後、あらためて依頼を申し込んできたミリオムに対し、俺は桜の安全を保証するという条件でその依頼を承諾した。


 ミリオムの隣には、先ほど店の外で待っていた女性と男性が連なり座っていた。


「まずは共に任務を行うメンバーの紹介から。

 この女性がレジ-ナ・フランベ。前衛職だ」

「レジーナよ。よろしく!

 あなたがあのカイトを倒した人?」

「まあ、はい」


 少し癖のある、赤みがかった髪をした女性。

 歳は二十代前半くらい。

 第一印象は明るい人。頬のそばかすが印象的だ。


 海斗を慕っていたのだろうか?

 あいつはイケメンで話し上手なやつだ。

 女性からはたいそう人気だったに違いない。

 初めから悪印象なのはつらいな。


「へぇ~。やるじゃん!

 あたし、あいつのこと気にくわなかったんだよねぇ。

 なんか人を見下してる感じがしてさ。

 あんたがカイトをボコボコにしたって話を聞いて、スカッとしたよ!

 これからよろしくね!!」 


 想像と違って好感触。

 よかった。

 これから旅をするのに、気まずい関係は嫌だった。


「よろしくお願いします」


 手を差しだしてくれたレジ-ナに応える。

 レジーナはにっこりと笑った。


「もう一人が、エル・ハボリック。

 後衛職だ」


 ミリオムが男性を紹介する。

 レジーナ同様、男性は俺に手を差しだした。


「エル・ハボリックだ。

 よろしく」


 座っていても分かる身長の高さ。

 百八十は優に超えている。

 歳は三十歳くらいか。彫りの深い顔が、彼の年齢を引き上げて見せる。

 がたいもしっかりしており、後衛職とは到底信じられなかった。


「よろしくお願いします」


 手を握る。

 エル・ハボリックは小さく微笑んだ。

 本当に小さく。

 見間違いでないことを願いたい。


「そして彼が、ハルト・ヤマダ。

 前衛職だ」

「ハルト・ヤマダです。

 よろしくお願いします」

「あれ?

 カイトがうるさく言ってたのって、ユウトじゃなかったっけ?」


 レジーナが不思議そうに首を傾げた。


「まあ、いろいろあって、彼にはこの名前を名乗ってもらうことになった。

 冒険者登録も、この名前で行う」


 偽名を使うのはミリオムからの提案だった。俺は迷うことなく、その提案を受け入れた。これなら、他の勇者と出会ってもごまかすことができるかもしれない。それに、俺の顔が割れているのは勇者だけだ。冒険者としてこの名前で有名になれば、勇者以外はそう簡単に俺が魔王の手先だと信じなくなるだろう。冒険者登録も、ミリオムの力でこの名前で登録してもらう。


「そっか。まぁ、事情の一つや二つ、冒険者ならあるよねぇ」

「ミリオムさんが承諾したのなら、俺から言うことは何もないです」

「よし。では、話を進める。

 任務の内容は、この封蝋ふうろうした文書を、無事にジークリード王国まで届けることだ」


 ミリオムが机の上に、一枚の手紙を置いた。

 手紙は、凝った絵柄が施された円形の蝋で封がされていた。


「これを……届けるだけですか?」

「ああ、そうだ。

 だが、ジークリード王国までの道中、多くの刺客がこの手紙を狙って君たちを襲ってくるだろう」


 重々しい表情で言うミリオム。

 なぜ、刺客が襲ってくるのか。

 俺が質問すると、ミリオムは丁寧に教えてくれた。

 

「これがジークリード王国まで届けば、この街、スカンビアも晴れて都市として認められるからだ。都市になれば、この場所は今よりも多くの人が訪れるようになり、人口も増える。

 そうなると、生物から微かに漏れる魔力の総量も、今より大きくなる。それによって、空気中の魔力密度が増加し、強靱なモンスターが多数生まれるだろう。我が街は都市になることで、各地から優秀な冒険者が多く集まり、これに対処できる。だが、周辺の街はそうもいかない。モンスターの処理はかなり難しくなる。さらに、周辺の街は、人や物の流れが都市中心になることで、都市に逆らえないという力関係も築かれてしまう」

「なるほど。その状況を避けるために、周辺の街はこの手紙を消そうと考えるんですね」

「そうだ。都市ができることで周辺の街も活性化はする。だが、人口を規定以上に増やすことは禁止されているから、限界がくると、街は都市に頼らざるをえなくなってしまう」

「街の人口に制限があるんですか?」

「ああ、ある。そうしないと、知らず知らずのうちに、手に負えないモンスターが生まれてしまうからだ。この地域一帯は、ジークリード王国が村、街、都市の数と位置関係を管理し、モンスターの出現を抑えている。そして今まで、このジークリード王国が都市の近くにある街を、都市にしたことはない。つまり、都市になる許可を得るということは、広く見れば周辺の街の統治を任されるということ。

 だから、どの街も自分たちが都市になろうと必死なんだ」

「それは……だれかを殺してでも、ですか」

「もちろん」


 ミリオムは仰々しく頷いた。


 俺は自分が今まで、異世界を甘く見ていたことに気がついた。

 異世界なんて、冒険者になってモンスターを倒すだけでいいと思っていた。誰が見ても悪いと分かる悪党を、懲らしめるだけでいいと思っていた。でも、違う。この世界だって、一人一人に掲げる正義があるんだ。誰が正しくて、誰が間違いなんてない。この世界も、俺たちがいた世界となにも変わらない。勝者が正義となるだけだ。


「説明は以上だ。他に質問はあるか?」


 ミリオムが俺を見る。

 俺は静かに首を振った。


「よし。それでは、依頼の詳細に入る。

 エルとレジーナにも初めて話す内容だ。皆、心して聞いてくれ。

 君たちは明日、ここスカンビアから北東へ出発し、メレオラ、ドロイドの谷、ペイリンツリーを通り、ジークリード王国へと向かってもらう」

「ええぇ!? ドロイドの谷を通るんですか?

 あそこはめっちゃ危ないって聞きますよ!?」

「ああ、危ない分、刺客も少ないだろう」

「そっかぁ。ドロイドの谷かぁ」


 顔に手を当てるレジーナ。

 恐ろしいところなのだろう。

 出発前から不安が募っていく。

 一瞬、手の隙間からレジーナの顔が見えた。

 その顔は、満面の笑みだった。


 ……見間違いだと信じたい。


「君たちの肩に、この街の未来がかかっている。

 失敗は許されないことを、肝に銘じてくれ」


 ミリオムは俺たちそれぞれに顔を向けた。

 覚悟の決まった、まっすぐな目。

 彼も生半可な覚悟でこの依頼を申し込んでいるわけじゃない。

 そのことが、その目からも伝わってきた。


「まぁ、やれるだけ頑張ります!」


 両手を頭の後ろに当て、レジーナは陽気に応えた。


「はっ! お任せください。

 不肖、エル・ハボリック。

 ミリオムさんの期待に必ずや応えて見せます」


 エルはまたも立ち上がり、レジーナとは対極に、仰々しく応えた。

 俺は……。


「はい、頑張ります。

 ただ、一つ依頼内容ではないことで、気になることがあるんですが……いいですか?」

「なんだい。初対面の時の再演かな?」

「いえ、あの。

 なんで俺に依頼したんですか?」


 ずっと気になっていたこと。

 こんな大事な依頼を、今日あったばかりの俺に申し込むなんておかしい。

 カイトに勝ったとはいえ、俺より強い冒険者なんていくらでもいるだろう。

 なのに、なぜ俺なんだ?

 なぜ実力も信用も足りていない、俺なんだ?


「それはだね」


 全てを見透かしているかのような瞳が、俺を包み込む。

 この時、俺はある恐怖に駆られた。

 だが、何に恐怖したのかは分からなかった。


「君が一番、信用できるからだよ」


 ミリオムから放たれた予想外の言葉に、思わず耳を疑った。

 俺が一番信用できる?

 この人は何を言ってるんだ??


「君の世界がどんなものか知らないが、この世界では内通者や裏切りは当たり前なんだ。だからこそ、皆から敵視されている君は信用できる。これより最悪な状況はそうそうないからね。何度も言うが、君はこれからこの世界で生きていくために、この依頼を成功させるしかない。つまり君は、選択肢がないということ。最も信頼できるだろ? あとは私の感覚だ。私は人を見る目には自信があるんだ」


 この二人も私が選んだ、とミリオムが二人をさしながら言う。

 二人は誇らしげに胸を張った。


「ということだ。納得してくれたかな?」

「……はい、わかりました。

 精一杯、頑張ってみます」 


 ミリオムが右手を前に出す。

 俺はミリオムと、握手をかわした。


ーーーーーーーーーー


 明け方。まだ太陽が姿をみせていない時間。

 肌寒い風を浴びながら、俺は馬車に乗り込んだ。

 二頭の馬を操るのはエルだ。

 馬車に積まれた荷物は、人が一人入れるサイズの大きな木箱のみ。他の荷物は、俺のアイテム欄に収納している。レジーナとエルが持っているのはそれぞれの武器とバッグだけ。おかげで馬車には、三人がゆったりと座れるくらいのスペースが生まれていた。通常ならば、旅に必要な物を馬車に積むので、こんなスペースが生まれることはないのだそう。

 レジーナは広々とした馬車の中で、気持ちよさそうに寝転がっていた。


「ハルト~。あんた、あたしの荷物持ちとして働かない~。

 お金はいっぱい出すからさぁ~」

「この依頼を無事に達成できたら、考えてみます」

「頼んだよ~」


 幸せそうに目を閉じるレジーナ。

 彼女は馬車いっぱいに手を広げると、大きないびきをかき始めた。

 この人、女性なのにあまりに無防備すぎる。


「ハルト君。準備はいいか?

 そろそろ出発するぞ」

「ああ、はい」


 昨日、俺はレオンとミリオムが対峙した後、すぐにミリオムたちと依頼の内容を話し合い、そのまま誰とも会うことなく、レオンの部屋を借り眠りについた。俺の情報を少しでも敵に与えないために、ミリオムが俺に指示したのだ。


 そのせいで、俺は桜とあれから会うことができていなかった。

 まさか、こんな形で桜と別れることになるとは。

 後悔ばかりが募る。

 もっと桜と話がしたかった。

 もっと桜と一緒に冒険がしたかった。


「あのレオンさんの店にいた女の子か?」


 エルが振り上げた手綱をゆっくり下ろす。

 目が合った。エルは優しいあたたかい目で俺を見ていた。


「ええ、まあ。

 離れるのが……その、残念で。

 でもしょうがないです。

 この旅は、勇者だけでなく全ての人が、自分たちを狙っている可能性を秘めています。

 こんな危険な旅に、やっぱり彼女は連れて行けません」

「そうか。

 だがもし、彼女がついてくると言っていたら、お前はどうした?」

「その時は全力で止めます。

 彼女の幸せが、俺の一番の願いなので」

「ふっ。聞いたとおりの男だな」


 エルが手綱をしならせる。

 馬が動き始めた。


 馬車はあっという間にスカンビアの街を出た。

 太陽が俺たちを迎えるように光を放ち始める。

 

 一面に広がる草原。

 遠ざかっていく外壁。

 ここから、俺の新たな異世界生活が始まる。

 心残りはあるが、これが最善の選択だと信じている。

 もう、街は見えない。

 後戻りはできない。

 俺は覚悟を決めた。


ーーーーーーーーーー


 馬車が走り始めて、三十分ほど。

 前方に森が見えてきた。


「もういいぞ」


 突然、エルが馬車に積まれた大きな木箱を叩いた。

 エルの合図に反応するように、木箱の中からごそごそと音が鳴る。

 木箱の蓋が、中から開かれた。


「すいません。悠人さん。

 ついてきてしまいました」


 そこには、いるはずのない桜の姿があった。

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