第24話 衝突

 パイプを通り、シャワーヘッドから飛び出してくる温かい水。

 その水は、冷え切った俺の体を一瞬にして暖めていく。

 俺は久方ぶりの休息に、身を委ねていた。


 桜はレオンと共に、これから俺たちが旅をする上で必要な物を買いに出かけている。俺はレオンから風呂を借り、疲れた体を癒やしていた。

 この世界のお湯は魔石によって温度が調節がされている。パイプに設置されたピンポン球くらいの三つの魔石。左の魔石は熱が弱く、真ん中が普通、右が強い。それぞれ熱量が違う魔石のどれに力を込めるかで、温度の調節ができた。一番熱いのが、三つの魔石に力を込めること。俺にとってのいい温度は、一つ目と三つ目の魔石に力を込めた時だった。試しに込めた力も合わせて、消費したMPは4。魔石を使えば、ほとんどMPを使わずに熱を生みだせた。魔石の便利さに、思わず感嘆の息が漏れる。

 いい匂いのするシャンプーを手にのせ、頭を洗う。泡立つ髪にお湯を当て、次にリンスを手にとった。どれも高価そうなもので、レオンのお店が美容室だと、あらためて実感する。


 そういえば、桜は服を着替えていたな。

 顔も綺麗になっていたし、もしかしたら、桜もレオンに風呂を借りたのかもしれない。


 ……。


 俺はよこしまな気持ちを振り払うように、急いで体を洗い、風呂をでた。 


ーーーーーーーーーー


 短い時計の針が五を過ぎた頃。

 お店の扉が開き、桜とレオンが帰ってきた。


「悠人さん。これで旅もきっと問題ないですよ!」


 珍しくテンションの高い桜。

 買い物が相当楽しかったのか、桜は買った物をいくつかアイテム欄から取りだし、俺に紹介してくれた。レオンはあたたかい目でそんな桜を見守っていたが、道具が突然、目の前に現れることに疑問を持っている様子はなかった。どうやら、こちらから申告しない限り相手が気づくことはなさそうだ。これが勇者、いや異世界人のこの世界でのルールなのかもしれない。


 桜も魔石の便利さには大変驚いた様子で、様々なアイテムと一緒に、レオンから教えてもらった魔石を俺に紹介してくれた。時折、桜の言葉に挟まれる聞き覚えのない単語。この世界の言葉だろうか。そろそろ、俺もこの世界について勉強しなくてはいけない。桜に教えてもらおう。

 桜は魔石の説明を終えると、次に折りたたみのテントを広げた。

 そのテントの良さと使い方を説明し始めた、その時。

 突然、お店の扉が開いた。


「やぁ、レオン。

 お店は順調かな」


 現れたのは、先ほど俺と対峙し俺を追い詰めた、この街のギルドマスター、リベア・ミリオムだった。

 俺は急いでテントの裏に隠れ、姿を隠す。


 突然の出来事に、心臓が大きく鼓動する。

 ミリオムは俺を捕まえにきたのか?

 もしや、俺を庇ったレオンも捕まってしまうのか?

 とにかく、今はミリオムに俺と桜が共に行動していることがバレないようにしなければ。

 桜と目が合った。

 俺は口に人差し指を当て、桜に状況を伝えた。

 桜は小さく頷いた。


「あらリベア!

 あなたがこのお店に来てくれるなんて!

 明日はギルベルでも現れるのかしら?

 なに? 私にセットでもお願いしにきたの?」

「いや、ちょっとした用があってね。

 セットはまた今度、お願いしようかな」

「ふふ、楽しみに待ってるわね」


 柔らかな笑みを浮かべ対話する二人。

 だが、二人から放たれる圧に、『イリーガルセンス』は激しく反応していた。これは腹の探り合いだ。今までなぜ気づかなかったのだろう。レオンから放たれる圧は、明らかに強者のもの。レオンなら、俺を倒すなんて簡単にできるかもしれない。


 冷や汗が滲み出る。

 緊迫した状況。

 レオンとミリオムは、お互い一歩も退く気がないようだった。


「いや、なに。

 ここにお尋ね者がいるという噂を耳にしてね。

 市民にそう言われれば、確認しなくちゃあいけないだろう?」

「そうなの?

 あら残念。ここにお尋ね者なんていないわよ。

 いるのはかわいいモデルの女の子だけ。

 それに、もしお尋ね者がいたとして、わざわざあなたが来る必要はないんじゃない?」

「それがだね。そのお尋ね者は勇者カイトを倒した奴なんだよ。

 中途半端な者がいけば返り討ちに遭いかねない。

 だから私が来た」

「なるほどね。

 それでお店の外に、レジーナとエルがいるのね」


 一瞬、ミリオムの目が細くなった。

 それはほんの一瞬で、悠人も『イリーガルセンス』が反応しなければ、気づけないほどだった。


「まだまだ『熾烈のレオン』は健在だな。

 どうだ? もう一度、冒険者に戻る気はないか?」

「何度言ったら分かるの?

 私はもう冒険者はやらない。

 美容師として皆を綺麗にするのよ」

「悪い悪い。俺はここに喧嘩をしに来たわけじゃない。

 ただ、そこにいるユウト君と話をしに来ただけなんだ」


 桜が俺を庇うようにテントの前に立った。


「ほぉ、その後ろにいるのか」

「うっ」

「ちょっと、私の友達をからかうのは止めてくれる!

 喧嘩なら私が受けて立つわよ!!」


 レオンが一歩、前に踏み出した。

 ミリオムは動じない。

 ミリオムは胸元に手を入れると、一枚の三つ折りにされた紙を取りだした。

 ミリオムがレオンに近づき、その紙を手渡す。

 レオンは明らかに不服そうな表情でその紙を受けとると、紙を開き、その内容に目を通した。


「これって……」

「ああ。私はユウト君にある依頼を申し込みに来た」


 テント越しにミリオムと目があった。

 その目は深く、何を考えているのか悠人には見当もつかなかった。


「依頼の内容は、ある文書をジークリード王国まで届けること」

「ちょっと待って! こんなの……」

「ある文書とは、私が国王様宛てに封蝋ふうろうした文書だ」

「ちょっとリベア! あなた分かってるの!?」

「ユウト君には、この街を一つの都市として認めてもらうための最重要文書を、国王様に無事に届けてほしい!!」

「リベア・ミリオム!!!」


 レオンの怒号が建物を揺らす。

 怒りで体を震わすレオン。

 そこに、あのいつも明るく優しいレオンの姿はなかった。

 もし、対峙しているのが俺なら一目散に逃げている。

 それほどの圧が、レオンから放たれていた。

 だが、ミリオムは怯むことなく、正面からそのレオンの圧を受け止めていた。

 冒険者としての格が違う。

 ミリオムの、俺や海斗には本気を出さない、と言った意味を今初めて理解した。


「あなた、これがどれだけ危険なものか分かって言ってるのよね!」

「ああ、分かってる。

 だが、彼に選択肢がないことも分かってる」


 レオンが右手を振り下ろす。

 椅子が粉々に砕け散った。

 桜が小さい悲鳴をあげた。


「まだ経験の浅い子に、こんな危険な依頼をさせるですって?」

「君もユウト君がカイト君と闘うことを見逃したじゃないか?」

「あれは……彼らには戦う理由があったから。

 他に手出しはさせなかったでしょ」

「これも一緒さ。

 彼は生きるために戦わなければならない」

「違うわ!! こんなの……」

「それとも、君はユウト君に皆から敵視されたこの街で生きていけって言うのかい?

 その方がよっぽど酷だと私は思うがね」

「そ、それは……」

「近くの街へ行くとしても、馬車はどうする?

 彼を乗せてくれる馬車なんて、この街に一つも無いぞ」

「……でも」

「それに、魔王の手先だなんて話、何もないところから立つはずがない。

 各地から強い若者が突然現れだしたことは、既に有名な話だ。

 おそらく皆、勇者だろう。今回は何人送られてきたか分からないが、もし、その勇者たち全員にユウト君が魔王の手先だと知らされているとしたら? もしそうなら、ユウト君の状況は最悪だ。だからこそ、早い段階で冒険者として大きな成果を挙げなければならない。先手は早く打ってこそ意味があるんだ」


 レオンが何か言おうと口を動かす。

 しかし、どれもが言葉にならず、ただミリオムの前で消え去っていくだけだった。


「もちろん、この依頼を任せるのはユウト君だけじゃない。

 レジーナとエルもこの依頼に帯同する。

 いや、二人のサポートにユウト君がついていく形だ。

 元々は、当然だがユウト君なしでいくつもりだった。

 いわばユウト君は保険だよ」


 ミリオムがレオンの肩に手を置いた。


「それに、君も薄々感じてるだろう。

 ユウト君の成長速度の速さを。

 、ユウト君なら任せられると判断したんだ。

 分かってくれるな。

 そして、これは彼がこの世界で生きていくためにも、必要なことだ」


 レオンは何も言わなかった。

 レオンはただただ呆然と、無残に砕け散った椅子を見つめていた。

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